解説―1.「紫式部日記」筆者の揺れと成長
山本淳子氏著作「紫式部日記」から抜粋再編集
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筆者の揺れと成長
「紫式部日記」は、女房であることを強く意識した筆者によって書かれている。
筆者の紫式部は、後宮女房という存在が、政治権力の中枢に関わっていかに重要な役割を担うものであるかを、はっきりと自覚している。それは摂関制の先端を担うキサキを支え、彩る女たちである。だがいっぽうでその生き方が、父や夫に守られて自邸の奥に生きるいわゆる「里の女」とは遠く異質なものであることをも、認識している。
女房は一所に落ち着くことなく、露わに見られ、異性と渡り合わなくてはならない。二つの意識の間で紫式部はとまどい、しかしやがて女房として成長してゆく。
女房が主家のためにその繁栄の様を記しとどめた記録を、総じて「女房日記」と言う。「紫式部日記」は、主人彰子の皇子出産とそれに続く祝い事を記事の中心に置く点、「女房日記」の性格を多分に有している。
だが、その書き手である紫式部は、必ずしも常に心の底から女房であるとは限らなかった。ある時は女房の目で、またある時は女房になりきれない者の目で、彼女は記している。
このことが「紫式部日記」に、「女房日記」とは異質の奥行きを与えている。「紫式部日記」を読み味わうためには、まずこうした筆者の状態を理解し、その心の過程に寄り添うことが必要だろう。
つづく