場面のある恋の歌
馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」一部引用再編集
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離婚したのにまた再婚 (場面のある恋の歌)
離婚をしたけれど、「あれは本心からではなかった」とか、「周囲の事情があって仕方なかったのだ」というようなことで、しばらくしてから「もう一度、元の妻と再婚する」ーーそんなことが、昔もよくあったらしい。そういう時の橋渡しはやはり歌が一番効果的だったと思われる。
あひすみける人、心にもあらで別れにけるが、「年月を
へても逢い見む」と書きて侍りける文を見出でてつかは
しける
いにしへの野中の清水見るからにさしぐむものは涙なりけり
「後撰集」恋四 よみ人しらず
(野中の清水は温(ぬる)いけれど、元の心を知る人はなつかしみ汲み上げるという歌がありますが、お手紙の趣を拝見するにつけて、まずは温かな涙が野中の清水のように湧いてきましたよ)
こんな消息を交換しあった後、二人は再婚したのかどうか。たぶん成功したような感じである。
「野中の清水」は「いにしへの野中の清水ぬるけれど元の心を知る人ぞ汲む」という「古今集」の「雑上」の古歌の内容を取り入れている。二人は何かのはずみで離婚したが、だいぶ長い時を経て、やはり一番似合わしい伴侶であったことに気づき再婚しようと手紙を出し、互いに本当に理解し合えた喜びの涙を流し合ったのである。
「大和物語」には、貧困のゆえに離婚した夫婦が再会し再婚する話がある。男は難波津(なにわづ)の葦苅り男にまで零落していたが、女の方は成功して貴人の家の乳母(めのと)となり、夫の安否を尋ねてようやくめぐり合い身分を回復するめでたい話だが、当時はこのように、愛情は残しながらしかたなく離婚するケースもあったようだ。
参考 馬場あき子氏著作
「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」