先日、実家から持ち帰ってきた玄米を炊いた。
やたら茶色いから栄養価が高いと思い、4食分くらい、まとめて炊いた。
硬そうだったので水を多めにして圧力鍋で。
…そして失敗した。
昔スペインで食べた米芯の硬いパエリアを思い出しながら、もう一度火にかけた。
…今度はまぁまぁ、いいんじゃないですか。
別途、大根のクリームシチューをつくってご飯にぶっかけ、食べた。
…口の中でシャリシャリ音がする。
…なんだろう。
それはまぎれもなく、籾殻だった。
あぁ、やっぱりダメだったんだ、と私は思い、気づかないフリをして全て飲み込んだ。
籾殻は結構な量まじっていて、口の中でシャラシャラ、シャラシャラ、と涼し気な音を立てていた。
米を炊く段階でもしやと思っていたけれど、まさか母が食べられない米をよこすわけはないと信じていたし、籾だって米の一部なんだから、と高をくくっていたのだ。
農学部出身であるにも関わらず。
それで、それはクリームシチュー飯となって私の口に入り、シャラシャラという音でもって「バカじゃないの?」と嘲ってきた。
…そうか、やはり私がバカだったのか。
1杯目は無理矢理飲み込んだものの、2杯目は私の喉が拒否を示した。
ご飯はやはり、美味しく食べたい。
飲み込むんじゃなくて。
そういうわけで、私は西陽があたたかい夕時の台所で、籾殻取りにとりかかった。
籾付き米は思いのほか多く、というより思った通りに多くて悪戦苦闘となった。
まずご飯がにちゃにちゃしていて手から離れない。
籾がパカッと空いているものは中から玄米が飛び出していて、もったいないからプチュッと出して食べる。
ひと粒ひと粒、その繰り返し。
ようやく籾が見えなくなっても、ご飯の固まりをくるっと裏返すと、再びつぶつぶが大量に現れる。
…ありえない。
…こんな作業を延々としている自分がありえない。
そこで、私は「普通とは何か?」ということについて思いを巡らせ始める。
まず玄米に籾殻が付いているにも関わらず炊飯した自分は、明らかに普通ではない。
ではそんな玄米を娘に持たせた母親はどうだろうか。
家には家庭用の精米機があって、前回はそれでウィーンとドでかい音を出して精米してくれた。
今回はなぜそれをしてくれなかったのか。
私が「いいよ、そのままで」と言ったからだろうと容易に想像はつくけれど、だからといって娘が籾殻まで食べられるとは思うまい。
…でも、そうなんだよね。「いいよ、そのままで」と言った私は、籾だって柔らかくすれば食べられるんじゃないか、と心のどこかで思っていたんだ。
そのことの方がよほど普通ではない。
そのうち、自己否定がつらくなった私は、自分の回りにいる普通ではない人たちの顔を思い浮かべた。
普通ではない人ナンバーワンは、台湾の友達。アークンという。
恐らくまだ50代なのに歯がなくて、いつも真っ赤なビンロウの実を噛んでいる。
そして主に漁に行く時に使うポンコツのワゴン車には、なぜかリカちゃん人形みたいな裸の女の子の人形が乗っている。
彼の「普通じゃなさ」を挙げれば切りがないけれど、私はそんな彼がなぜか大好きで、台湾に行ったら絶対に会いたい人の一人になっている。
ナンバーツーは、以前つきあっていた彼。
SM作家の団鬼六さん(故人)に気に入られて、SM雑誌の編集なんかをやっていたらしい。
そっち方面の武勇伝も数多く、団さんのエッセイにも「変な弟子たち」みたいなうちの一人として何度も登場している。
かといってエッチが凄いのかといえばそうではなかったけど、彼の雑学ネタに私はいつも感心させられた。
エロ話から知的な話まで本当に幅の広い、ステキな人だった。
ナンバースリーは、そうね、うちの母かしら…と思う。
今年還暦を迎えたのを祝ってもらうために、自ら還暦コンサートを開いて100人だったか150人だったかを呼んだらしい。
で、大好きな着物やドレスを披露するために10着以上を早変わりして、「歌舞伎みたいに楽しんで」もらったそうな。
あ、ちなみに彼女は歌をうたうんです。声楽をやってまして、地元のママさんコーラスの指揮もやってるの。
母の発言に度肝を抜かれることは、35年つきあってきた今でさえしばしばある。(むしろ増えている)
昔はそんな母にウンザリしていた感もあるけれど、ここまできたらアッパレというか…本当に面白い人なんだなぁと思って尊敬している昨今。
何より、出る杭ガンガン打たれる福井の田舎でさぞ生きにくかったろうに、何一つ「我」を変えずに突っ走ってきたことに心底尊敬の念を覚えるのです。
今となっては、母は私のプライドだな、と思う。
そんなことを考えながら籾殻をひと粒ずつ弾き飛ばしていたら、さすがに腰が痛くなってきた。
陽もすっかり傾いて籾と玄米が見分けにくい。
電気をつけると全てが(自分の落ち目も)曝け出されてしまいそうなので、とにかく暗くなるまでにやり遂げようと決心する。
で、一通り終わったものを味噌汁の中にぶち込んで、食べてみた。
まだ少しシャカシャカいうけれど、それくらいは口から出して捨てられる量だ。
舌や歯や頬の内側の神経を研ぎすまし、口から異物を出す能力がどんどんアップしていくことを実感する。
ご飯は、あんなに米粒を取り除いたのに全体としてはさほど減っておらず、それもまたすごいなぁと感心する。
稲から米を出して食べようと考えた人は、本当にすごい。
さて、残りの籾付き玄米をどうするか、というのが次の課題として重くのしかかっています。
…どうしよう。
杵つきの要領で少しずつ突いてみようかな、とか。
どんだけ暇人なんだろうか、私は。
35にもなって、本当にありえない。
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