千本通から仁和寺街道を西に入った南側に古い散髪屋があった。木造の白いペンキ塗りの建物に入ると、正面の壁にくっつけるように白く塗られた木製のラックが置いてあって、薄手のガラスがはめ込まれた扉の奥に段を分けてバリカンやはさみ、櫛、かみそりなどの道具が整然と並んでいる。テレビもラジオも置かれていない、散髪屋というよりも診療所といった雰囲気の内装で、水色のタイルと白い壁が涼やかな清潔感を出している。東側の壁に大きな鏡が並んでいて、そちらを向いて一つきり置かれている椅子に腰を掛けて髪を切って髭を剃ってもらった客は、西側奥に据えつけられた流しまで移動して髪を洗ってもらう。古風な店主の着る白衣まで古風な感じの古風な店である。店主は寡黙なおじさんで、最初に「どんなふうにしますか」と尋ねたきり、洗髪を促すために「どうぞ」と言うまでひと言も口を利かずに仕事をする。ラジオやテレビの音も、話し声もない状態なので、手動のバリカンのスプリングがきしむキュイキュイという音、バリカンが髪を刈るショリショリという音、はさみを使うシャキシャキという音、切られた髪の毛が前掛けに落ちるぽそっという音、シェイビングフォームをあわ立てる器の中にお湯を入れるときのとぷとぷという音、陶器とブラシが立てるさわさわという音、顔に塗られた小さな泡がはじけるときのぷち、ぴちという音。段階ごとにいろいろな音が聞こえて、髭を剃る前に木製ラックの横に吊るされたなめし皮で剃刀を研ぐ、これがまた古風な中折れ式の一枚刃の剃刀で、その音が妙に冴えて聞こえる。ここのおじさんに髭を剃ってもらうと、自分で剃ったときと比べて髭の伸び具合が半日違うほどしっかりと剃刀を当ててくれる。大変にさっぱりとするが、金属アレルギーを持っているのでその後2日間ほどは痛くてさわることすら出来なかった。なので、静かでゆったりとした時間の流れる大好きな店だったが、そうおいそれと通うことはできない。
仁和寺街道を千本通まで出て少し北に行った西側に理髪店ができた。理髪師が何人かいて、いちどきに三人の客を捌く。表に出ている料金表を見ると、カット+髭剃り+洗髪で、上のおじさんの店よりも随分と安い。安いので入ってみると、結構なボリュームの歌謡曲が有線で流れていた。北向きに三つ並んだ椅子の両端はふさがっていて、真ん中に座ると瀬戸わんや師匠そっくりの職人に当たった。三人並んで仕事をする職人たちは、それがサービスと心得ているのか店の方針なのかは知らないが、頭をいじりながらのべつ客に話しかけている。自分の当たった職人は、髪を切りながら漢方の話を滔滔(とうとう)と語っている。漢方薬の名前と効能を並べ立てているうちは別段気にもならなかったが、髭を剃りながら頬や首の皮膚をつまんで「硬い」と言い出した。若いのにこんなに硬くなっているのはいかん、と言い、しまいにはこんなに硬いのは不摂生をしているからだとか何とか説教じみたことになって、漢方を飲め、と勧める。なんだかカチンときて、半分そり残して泡をつけたまま帰ろうかと思うほど気分を害した。そこはそれきり。
仁和寺街道から下宿の前を通る名のない路地を南に下り、突き当たったところで千本通りに向かってクランク状に曲がりくねった道なりに進んでいくと、南側にガラス張りのこぎれいな理髪店がある。東側の壁に鏡が取り付けてあって、鏡の下には折りたたみ式の洗面台ユニットが収まっている。散髪用の椅子が2台並んでいて、その間はたっぷりと取ってある。店そのものはそれほど広くはないが、広々と感じられる。店は静かで、たまに薄くラジオが流れている。表向きに大きく取られた窓からシェード越しにやわらかい陽光が入ってきて、最初のおじさんの店が涼しい感じがしたのに対して、この店は暖かい感じがする。店が新しいわりに年季の入ったおばさんが2人でやっておられて、聞けば西陣京極華やかなりし頃からある古い店だけれど、リフォームして間がないのだという答えだった。カットも髭剃りもやわらかくていねいにしてくれる。特に髭剃りあとの耳かきをしてもらっていると「ふあぁっ」と遠いところに行ってしまいそうになる。一度、髭剃りの最中に気持ちよくなって、ふと気づくと店に入ってから2時間以上経っていたことがあった。驚いているとおばさんは「目ェ覚めたか」と言って「お兄ちゃんがあんーまり気持ちよさそに寝てたもんやから」と笑った。それから「ほな、続きしよか」と言って残りの髭を剃り、耳かきをして髪を洗ってくれた。ここでもゆったりとした時間が流れる。
大体月イチのペースで髪を切っていたが、なんだかんだでばたばたと忙しく、しばらく散髪に行けないときがあった。いいかげんうっとおしくなって無性に髪を切りたいと思ったのはこれから夏に向かおうかという晴れた暖かいお午ごろで、久しぶりに恋人と部屋にいて、何をするでもなく一緒に畳の上でうつらうつらと、西の窓からお向かいの葉桜を見上げていたときだった。デッサンがちゃんとできる人だから、任せてみても差し支えなかろう。切ってくれというといいよ、と言ったので、新聞紙とゴミ袋とはさみと櫛とを持って、共同炊事場を通り抜けて物干し台に出た。はさみといっても一般の事務用である。物干し台は建物の南側のひさしの上に据えつけられていて三畳分ほどの広さがある。町並みが古く、周りにあるのは日本家屋で裏手が駐車場になっているので、陽を遮るような高い建物はない。一面に陽を浴びてぽかぽかとしている床の上に新聞紙を敷き、その上に胡坐をかいてゴミ袋の底を丸くくりぬいた穴から頭を出す。「集中するからあまり話しかけんといて」と言うので、日光を反射してキラキラとまぶしい周りの屋根瓦を見渡しながらはさみの音を聞いていた。髪が落ちてもあとでまとめられるようにと思って新聞紙を敷いていたが、下に庭があって建物が密集していないから風が吹き抜けてゆく。切った端から飛ばされて行った。日向でビニール袋をかぶっていると少し汗ばむくらいの陽気で、うとうとしかけていると「んー、こんなもんか」と聞こえた。頭の後ろをなでてみるとかなり短い。そのまま炊事場の水道で髪を洗ってさっぱりする。さっぱりしてから食事に出かけた。
千本通から中立売通を少し東に入ると、老夫婦がやっている太陽軒という中華料理屋があった。古い店で、古い製麺機を使って作る自家製麺がとても美味い。ラーメンを食べて、天気はいいし、時間はあるし、そのまま東向きに知恵光院通まで歩き、南に折れてぶらぶらと散歩をした。Tシャツを替えてあるが、髪の切れ端でちくちくする。途中で晩の食材を買って、午後の残りいっぱいをかけて料理を作ってもらって、その間に銭湯で体中の髪の切れ端を洗い流してきて、ゆっくりと食事をした。終電前に彼女を送って、部屋に戻ってぼんやりとビールを飲んでいると、壁に映る自分の影が目に入った。影法師の頭から長い毛が一本だけにゅーっと伸びている。形はきちんと整っていたけれど、こういうところがやっぱり素人だわな。はさみを持ったが、後ろの方なので鏡で見てもわからない。結局翌日にその一本を切ってもらって、足掛け2日がかりの長い散髪が終わった。
仁和寺街道を千本通まで出て少し北に行った西側に理髪店ができた。理髪師が何人かいて、いちどきに三人の客を捌く。表に出ている料金表を見ると、カット+髭剃り+洗髪で、上のおじさんの店よりも随分と安い。安いので入ってみると、結構なボリュームの歌謡曲が有線で流れていた。北向きに三つ並んだ椅子の両端はふさがっていて、真ん中に座ると瀬戸わんや師匠そっくりの職人に当たった。三人並んで仕事をする職人たちは、それがサービスと心得ているのか店の方針なのかは知らないが、頭をいじりながらのべつ客に話しかけている。自分の当たった職人は、髪を切りながら漢方の話を滔滔(とうとう)と語っている。漢方薬の名前と効能を並べ立てているうちは別段気にもならなかったが、髭を剃りながら頬や首の皮膚をつまんで「硬い」と言い出した。若いのにこんなに硬くなっているのはいかん、と言い、しまいにはこんなに硬いのは不摂生をしているからだとか何とか説教じみたことになって、漢方を飲め、と勧める。なんだかカチンときて、半分そり残して泡をつけたまま帰ろうかと思うほど気分を害した。そこはそれきり。
仁和寺街道から下宿の前を通る名のない路地を南に下り、突き当たったところで千本通りに向かってクランク状に曲がりくねった道なりに進んでいくと、南側にガラス張りのこぎれいな理髪店がある。東側の壁に鏡が取り付けてあって、鏡の下には折りたたみ式の洗面台ユニットが収まっている。散髪用の椅子が2台並んでいて、その間はたっぷりと取ってある。店そのものはそれほど広くはないが、広々と感じられる。店は静かで、たまに薄くラジオが流れている。表向きに大きく取られた窓からシェード越しにやわらかい陽光が入ってきて、最初のおじさんの店が涼しい感じがしたのに対して、この店は暖かい感じがする。店が新しいわりに年季の入ったおばさんが2人でやっておられて、聞けば西陣京極華やかなりし頃からある古い店だけれど、リフォームして間がないのだという答えだった。カットも髭剃りもやわらかくていねいにしてくれる。特に髭剃りあとの耳かきをしてもらっていると「ふあぁっ」と遠いところに行ってしまいそうになる。一度、髭剃りの最中に気持ちよくなって、ふと気づくと店に入ってから2時間以上経っていたことがあった。驚いているとおばさんは「目ェ覚めたか」と言って「お兄ちゃんがあんーまり気持ちよさそに寝てたもんやから」と笑った。それから「ほな、続きしよか」と言って残りの髭を剃り、耳かきをして髪を洗ってくれた。ここでもゆったりとした時間が流れる。
大体月イチのペースで髪を切っていたが、なんだかんだでばたばたと忙しく、しばらく散髪に行けないときがあった。いいかげんうっとおしくなって無性に髪を切りたいと思ったのはこれから夏に向かおうかという晴れた暖かいお午ごろで、久しぶりに恋人と部屋にいて、何をするでもなく一緒に畳の上でうつらうつらと、西の窓からお向かいの葉桜を見上げていたときだった。デッサンがちゃんとできる人だから、任せてみても差し支えなかろう。切ってくれというといいよ、と言ったので、新聞紙とゴミ袋とはさみと櫛とを持って、共同炊事場を通り抜けて物干し台に出た。はさみといっても一般の事務用である。物干し台は建物の南側のひさしの上に据えつけられていて三畳分ほどの広さがある。町並みが古く、周りにあるのは日本家屋で裏手が駐車場になっているので、陽を遮るような高い建物はない。一面に陽を浴びてぽかぽかとしている床の上に新聞紙を敷き、その上に胡坐をかいてゴミ袋の底を丸くくりぬいた穴から頭を出す。「集中するからあまり話しかけんといて」と言うので、日光を反射してキラキラとまぶしい周りの屋根瓦を見渡しながらはさみの音を聞いていた。髪が落ちてもあとでまとめられるようにと思って新聞紙を敷いていたが、下に庭があって建物が密集していないから風が吹き抜けてゆく。切った端から飛ばされて行った。日向でビニール袋をかぶっていると少し汗ばむくらいの陽気で、うとうとしかけていると「んー、こんなもんか」と聞こえた。頭の後ろをなでてみるとかなり短い。そのまま炊事場の水道で髪を洗ってさっぱりする。さっぱりしてから食事に出かけた。
千本通から中立売通を少し東に入ると、老夫婦がやっている太陽軒という中華料理屋があった。古い店で、古い製麺機を使って作る自家製麺がとても美味い。ラーメンを食べて、天気はいいし、時間はあるし、そのまま東向きに知恵光院通まで歩き、南に折れてぶらぶらと散歩をした。Tシャツを替えてあるが、髪の切れ端でちくちくする。途中で晩の食材を買って、午後の残りいっぱいをかけて料理を作ってもらって、その間に銭湯で体中の髪の切れ端を洗い流してきて、ゆっくりと食事をした。終電前に彼女を送って、部屋に戻ってぼんやりとビールを飲んでいると、壁に映る自分の影が目に入った。影法師の頭から長い毛が一本だけにゅーっと伸びている。形はきちんと整っていたけれど、こういうところがやっぱり素人だわな。はさみを持ったが、後ろの方なので鏡で見てもわからない。結局翌日にその一本を切ってもらって、足掛け2日がかりの長い散髪が終わった。