先輩からこんな話を聞いた。
天気のいい日に自転車に乗って丸太町通りを一路西へ、午後の陽を浴びて京都御苑のベンチでゆっくりと読書をしていると、少し年上と思われる男が声をかけてきた。「京都大学で数学を専攻している」ところから自己紹介が始まり、数学という学問について、自身の研究テーマについて、一生懸命に説明されたのだという。聞いていても訳がわからないし、本を読みながら適当にあしらっていたら、名前よりも先に住所を聞かれた。なんだろうと思っていると文通をしてくれと言われて、気持ち悪いし気分も悪い、こう言ってその場を去ったそうだ。
「日暮れが美しいから帰ります」
後輩からこんな話を聞いた。
友達とふたり、京都御苑でのんびりと喋っていたときのこと、ジャージ姿の男が現れて「自分は同志社大学のアメフト部の者である、今から腹筋のトレーニングをしたいので、足の上に乗って押さえてほしい」ということを言ってきた。友達とふたり恐くなって逃げ帰って来たのだという。
この違いである。ナンパ(なのか?)のあしらい方ひとつ取ってみても「日暮れが美しいから帰ります」という美しくも決然としたフレーズを残して去ることができるのと、ただうろたえて逃げ出すことしかできないのと、ここに大きく了見の差が出てしまう。3年間の経験値の差は大きい。
同期からこんな話を聞いた。
バイト先のエライさんがスケベったらしいヒヒ爺ぃで、なんだかんだと贈り物をちらつかせて言い寄ってくる。同じ専攻で同じ授業を取っているどっかの社長のボンが、親の金にあかせて贈り物をちらつかせて言い寄ってくる。付き合っている彼氏は一生懸命バイトをしていて、誕生日に何かプレゼントを買ってあげたいと言ってくる。そこで一計を案じ、3人にとある高級ブランドの腕時計がほしいと言い、その上で希望の商品に印をつけたカタログを一部ずつ渡したのだという。手元に全く同じ腕時計が三つ、ヒヒ爺ぃとヘナチョコぼんぼんはまだしも、一生懸命バイトをしている彼氏の稼ぎには限界がある。「だからロレックスはやめといた」という気遣い(?)を見せながら、そのうちの二つを売り飛ばし、「会うときに残ったひとつをつけてたらみんな自分が贈ったもんだと思うでしょ」。
「残してるのは彼氏にもらった分だよ」と嘯(うそぶ)いてはいるが、何のフォローにもなりはしない。ナンパどころか男のあしらい方の発想そのものがバブリーな悪魔の所業である。それはないだろうと思ったが、珍しく居酒屋でおごってもらった分がそのときの「売り上げ」から出ていたことを後になって聞かされ「あんたも共犯だよ」と言われた。そういわれたら、しょうがない。彼氏に悪いと思いながら、その件については口を閉ざすことにした。
かくも女はしたたかなのである。
同じところで資材搬入のバイトをしていた髭もじゃの埴生は学外サークルで映画を撮っていた。同女だか京女だかの短大生何人かに出演してもらうことになり、その顔合わせで飲み会をするのだという。それがどうした、と思っていたら、スタッフの一部の都合が悪くなって人数が合わないので、同じバイト仲間の羽井戸くんと一緒にちょっと顔を貸してくれと言われた。もっと適任がいるだろう。「ほんでそれ、いつなん?」「今日の6時」「何ぃ?」そりゃそうだ、当日でなければほかを当たっとるわな。全部おごるから、お前ら一銭もいらんで、というひと言で折れた。
当時祇園にインドの王様みたいな名前のディスコがあって、そこらあたりに出没する女たちはボディ・コンシャスなスーツを身にまとい、ぶっとい眉毛で背中まで伸ばしたストレートの黒髪の前髪を壁のようにおっ立てていた。身近にそんな格好をした女がいなかったので、テレビとかでは目にしたけれど、そんなのがほんとにいるのかと思っていた。羽井戸くんとふたりで教えられた待ち合わせ場所に行って見ると、そんなのがかたまってにぎやかなことになっている。いたんだ、こういうの。その真ん中に嬉しそうににやけた髭面と、見覚えのある何人かの男が立っている。その場に行って改めて場違いであることに気づく。それはいいけど、後姿が全部一緒やぞ、これ。
結局前に回っても見分けがつかないまま連れて行かれたところはなじみの薄い甘いお酒中心の店で、チーズの盛り合わせだとかオードブルみたいな皿盛りだとかポッキーを氷の入ったグラスに突っ込んであるやつだとか、を前にして星座とか血液型とか心理テストとか、ドーでもええわ、そんなもん。居心地が悪くて適当に返事をしていたら話しかけられなくなったので、もっとこうさっぱりとしたもので冷酒でも呑んでいたい派の羽井戸くんとふたりバーボンのロックを注文して眺めていた。無論一番高いやつである。女の一人がコースターか何かでちょっと指を切ったらしく、ねぶっとったら治るわ、そんなモン。という程度でしかないのだが、埴生をはじめとした『こんなの大好き組』の男たちも一緒になって大仰に騒いでいる。
「ああん、もぅ。イタいーゆうねん、血ィ出てるぅーゆうねん、死んでまうーゆうねん」
「死んでまえ!」小声でつぶやく羽井戸くんに1票。
その後二次会にという話になったが、もう埴生への義理は果たした。これ以上いたらどうにかなりそうな気がしていたし、今にも暴れだしそうになっている羽井戸くんは極真空手の有段者で、暴れだすと恐い。ふたりで木屋町通のおでんやでじっくりと「おとこの呑み会」をした。結局どれだけ呑んだのか、気がつくと羽井戸くんの部屋にふたりでぶっ倒れていた。
のちに現場で一緒になった埴生によると、顔合わせの飲み会のあとプールバーに行ってからカラオケに行き、撮影資金とするはずのお金の1/3以上を費やしたうえに撮影をすっぽかされ、挙句の果てには出演を断られてしまったのだという。結局そのときの企画は頓挫し、飲み会に参加しなかったスタッフからの突き上げを食らって資金調達のバイトに精を出しているのであった。
かくも男はおろかなのである。
天気のいい日に自転車に乗って丸太町通りを一路西へ、午後の陽を浴びて京都御苑のベンチでゆっくりと読書をしていると、少し年上と思われる男が声をかけてきた。「京都大学で数学を専攻している」ところから自己紹介が始まり、数学という学問について、自身の研究テーマについて、一生懸命に説明されたのだという。聞いていても訳がわからないし、本を読みながら適当にあしらっていたら、名前よりも先に住所を聞かれた。なんだろうと思っていると文通をしてくれと言われて、気持ち悪いし気分も悪い、こう言ってその場を去ったそうだ。
「日暮れが美しいから帰ります」
後輩からこんな話を聞いた。
友達とふたり、京都御苑でのんびりと喋っていたときのこと、ジャージ姿の男が現れて「自分は同志社大学のアメフト部の者である、今から腹筋のトレーニングをしたいので、足の上に乗って押さえてほしい」ということを言ってきた。友達とふたり恐くなって逃げ帰って来たのだという。
この違いである。ナンパ(なのか?)のあしらい方ひとつ取ってみても「日暮れが美しいから帰ります」という美しくも決然としたフレーズを残して去ることができるのと、ただうろたえて逃げ出すことしかできないのと、ここに大きく了見の差が出てしまう。3年間の経験値の差は大きい。
同期からこんな話を聞いた。
バイト先のエライさんがスケベったらしいヒヒ爺ぃで、なんだかんだと贈り物をちらつかせて言い寄ってくる。同じ専攻で同じ授業を取っているどっかの社長のボンが、親の金にあかせて贈り物をちらつかせて言い寄ってくる。付き合っている彼氏は一生懸命バイトをしていて、誕生日に何かプレゼントを買ってあげたいと言ってくる。そこで一計を案じ、3人にとある高級ブランドの腕時計がほしいと言い、その上で希望の商品に印をつけたカタログを一部ずつ渡したのだという。手元に全く同じ腕時計が三つ、ヒヒ爺ぃとヘナチョコぼんぼんはまだしも、一生懸命バイトをしている彼氏の稼ぎには限界がある。「だからロレックスはやめといた」という気遣い(?)を見せながら、そのうちの二つを売り飛ばし、「会うときに残ったひとつをつけてたらみんな自分が贈ったもんだと思うでしょ」。
「残してるのは彼氏にもらった分だよ」と嘯(うそぶ)いてはいるが、何のフォローにもなりはしない。ナンパどころか男のあしらい方の発想そのものがバブリーな悪魔の所業である。それはないだろうと思ったが、珍しく居酒屋でおごってもらった分がそのときの「売り上げ」から出ていたことを後になって聞かされ「あんたも共犯だよ」と言われた。そういわれたら、しょうがない。彼氏に悪いと思いながら、その件については口を閉ざすことにした。
かくも女はしたたかなのである。
同じところで資材搬入のバイトをしていた髭もじゃの埴生は学外サークルで映画を撮っていた。同女だか京女だかの短大生何人かに出演してもらうことになり、その顔合わせで飲み会をするのだという。それがどうした、と思っていたら、スタッフの一部の都合が悪くなって人数が合わないので、同じバイト仲間の羽井戸くんと一緒にちょっと顔を貸してくれと言われた。もっと適任がいるだろう。「ほんでそれ、いつなん?」「今日の6時」「何ぃ?」そりゃそうだ、当日でなければほかを当たっとるわな。全部おごるから、お前ら一銭もいらんで、というひと言で折れた。
当時祇園にインドの王様みたいな名前のディスコがあって、そこらあたりに出没する女たちはボディ・コンシャスなスーツを身にまとい、ぶっとい眉毛で背中まで伸ばしたストレートの黒髪の前髪を壁のようにおっ立てていた。身近にそんな格好をした女がいなかったので、テレビとかでは目にしたけれど、そんなのがほんとにいるのかと思っていた。羽井戸くんとふたりで教えられた待ち合わせ場所に行って見ると、そんなのがかたまってにぎやかなことになっている。いたんだ、こういうの。その真ん中に嬉しそうににやけた髭面と、見覚えのある何人かの男が立っている。その場に行って改めて場違いであることに気づく。それはいいけど、後姿が全部一緒やぞ、これ。
結局前に回っても見分けがつかないまま連れて行かれたところはなじみの薄い甘いお酒中心の店で、チーズの盛り合わせだとかオードブルみたいな皿盛りだとかポッキーを氷の入ったグラスに突っ込んであるやつだとか、を前にして星座とか血液型とか心理テストとか、ドーでもええわ、そんなもん。居心地が悪くて適当に返事をしていたら話しかけられなくなったので、もっとこうさっぱりとしたもので冷酒でも呑んでいたい派の羽井戸くんとふたりバーボンのロックを注文して眺めていた。無論一番高いやつである。女の一人がコースターか何かでちょっと指を切ったらしく、ねぶっとったら治るわ、そんなモン。という程度でしかないのだが、埴生をはじめとした『こんなの大好き組』の男たちも一緒になって大仰に騒いでいる。
「ああん、もぅ。イタいーゆうねん、血ィ出てるぅーゆうねん、死んでまうーゆうねん」
「死んでまえ!」小声でつぶやく羽井戸くんに1票。
その後二次会にという話になったが、もう埴生への義理は果たした。これ以上いたらどうにかなりそうな気がしていたし、今にも暴れだしそうになっている羽井戸くんは極真空手の有段者で、暴れだすと恐い。ふたりで木屋町通のおでんやでじっくりと「おとこの呑み会」をした。結局どれだけ呑んだのか、気がつくと羽井戸くんの部屋にふたりでぶっ倒れていた。
のちに現場で一緒になった埴生によると、顔合わせの飲み会のあとプールバーに行ってからカラオケに行き、撮影資金とするはずのお金の1/3以上を費やしたうえに撮影をすっぽかされ、挙句の果てには出演を断られてしまったのだという。結局そのときの企画は頓挫し、飲み会に参加しなかったスタッフからの突き上げを食らって資金調達のバイトに精を出しているのであった。
かくも男はおろかなのである。