Chef's Note

『シェフの落書きノート』

思い出のU.S.A 『prologue』

2005-11-08 | 思い出のU.S.A
16歳の夏…横須賀『どぶ板通り』
(横須賀の米軍基地のゲートの前にある通り、あの頃は米軍兵相手のバーが立ち並んでいた。今では数軒を残すのみとなり、あの頃の『どぶ板通り』の面影はほとんどない)

友達とふたりで汐入方面へ歩いていた…

友達がオイラに声をかけた…
「将来さぁ…。何になろうと思ってる?」

「将来…? …出来れば…音楽やりたいなぁ…」
とオイラ。

「音楽って…ミュージシャンになる?」
と友達。

「ん…。うん…なりたいよねー! でも…ギターもベースも、まだ下手だしなぁー」
とオイラ。

「そっかー…いいなぁー! 練習してさ…夢かなえろよ! バンド組んでるし、詩も曲も書いてるじゃん。頑張ればなれるよ…だから夢かなえろよ!」
友達のこの一言が嬉しかった。

「おまえは何になる?」
とオイラが聞いた。

「俺? …俺はさぁ…車好きだし、18になったら免許とって、車をいじりたいなぁ… 整備工になりたいんだよね…」
と友達が呟いた。

「整備工か…いいかもね。機械とかいじるの好きだもんね。家のスイカ畑はやらなくていいの?」
とオイラが聞いた。

彼の家は、三浦スイカを作っている。
夏に彼の家に行くと…いびつなスイカを何個もくれる。

「スイカ畑は、兄貴がやるか…親の代で終わりかな…。俺…やっぱ車をいじりたいんだよね」
と友達が何かふっ切れたように答えた。

「俺…ボブ・ディランが好きじゃん…だからさ…アメリカに行きたいんだ…行ってさ住んでみたいんだけど…出来るかな?」
と独り言のように呟いた。

「えっ!アメリカに行くの?……んん…行けるんじゃないかな…だってさ、アメリカ人だって日本に住んでるじゃん…頑張れば行けるよ」
何を言っても前向きな答えが帰ってくる親友。

彼の言葉で16歳のオイラに目標が出来た。

「俺は、絶対にアメリカに行って住む!…そして頑張ってアメリカでミュージシャンになるんだ。ボブ・ディランに会いに行く」
…夢あふれる夏だった。



あとひと月で23歳になろうとしていた22歳の2月29日、成田からL.Aへと飛び立った。

あの時の友達は、18歳で車の免許をとり、19歳の時に大きな事故を起こし…片目を失った。それから、しばらくして念願だった自動車の整備工になった。

オイラが22歳になって数ヶ月がたった秋から冬。

結婚しようかアメリカに行こうか…迷いに迷った。
好きな彼女を選ぶか…
夢だったアメリカを選ぶか…

「若い時に行ってきなさい…若い時の感動は一生を左右するよ。だから今、行ってきなさい…後悔したくないでしょ?」
…とある先輩が言った。

「ずーと行きたかったのはわかってる。私と結婚しても、あなたの心にアメリカが残っているなら…私は辛いよ。後悔してほしくないから、行ってきて…待ってるから…」
彼女が言った。

涙が出た。

胸が締め付けられて…熱くなった。

涙が止まらなかった…。


思い出のU.S.A #2『LosAngeles 上空』
思い出のU.S.A #3『別れ』
思い出のU.S.A #4『別れ (追記)』
思い出のU.S.A #5『ここL.Aなの?』




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