和医輪癒

季節による日本薬膳の継承&野菜たっぷりセルフメディケーションのすすめ

心と体の中から健康に~

東北関東大地震 3月11日 14時46分

2011-03-16 20:20:53 | Weblog

三陸沖を震源とするマグニチュード9.0(8.8から訂正の)の巨大地震がありました。

私は富沢駅から地下鉄に乗り3分くらいたったころに地下鉄走行中にスゴい揺れを感じ、3分ほど揺れたらしいのですが、体感は恐怖を感じるのでとても長かったです。
その後も余震が何回も続きこのまま地下鉄に閉じ込められるのではなどいろいろな良くないことが頭をよぎりました。いっぽうでは、とまれとまれと念じて。そして自分は死なないことを信じて~亡娘の分も生きなくてはならない自分だから死ぬはずはないと祈っていました。

駅員さんが車内をまわり、怪我している人はいますか?今から応援がきて脱出します。しばらくおまちください。その言葉にほっとしながらも余震にびくびくしてまっていました。
30分ほどで、となりの駅から応援隊がきて地下鉄を降り暗い線路を乗客みんなで歩いて地上にでました。

地上は予想がつかないほど沢山の人がいて、道路はあちこち地割れを起こしお店のガラスはこなごな、タクシーは1台もいない、バスは時間どうりにきていないらしく、長蛇の列。。。

震度はいくつあったのですか?7です。え?そんなに。

バスがなかなかこないみたいなので、歩いて帰ろうと思いましたが、ちょうど仙台駅からきた秋保温泉いき(うちの近くまでいくので)に飛び乗りました。
主人は大丈夫だろうか?叔母は?家は?当然携帯も公衆電話も通じず。。。

バスのなかでは地震の怖さを知らない人同士で話ていました、これは、意外と心身に大事なこと!お互いの恐怖感をわかちあうのは、恐怖が和らぎ同じ思いだと感じると少しでも心が安らぐことが多いです。

70歳くらいの男性がお孫さんをだっこしていました、イスにすわっていた人が席を譲りました。
この状況でもそういう心の余裕があることに和みます。おまごさんは、恐怖のあまり泣きつづけていたそうですが、バスに乗ったとたん すやすや寝てしまいました。

お家はどちらですか?ときたら、ひより台です。ひより台は、バスを降りたら坂道を登らなくてはいけないし、おとなでも40分はかかります、男性はこまったなぁ、起こしても起きないし、だっこして帰れるかな?歩いてくれるかな?雪が降ってきているので心配そうでした。私とおしゃべりをしていたもう一人の女性70代のかたは、左目に眼帯をしています。

バスの中ですが携帯で主人に電話をしたら、タイミングよくつながりました!
おまごさんをつれた男性と眼帯女性に送りますよといったら遠慮しましたが、いいから一緒に帰りましょうと言い車でおくりました。

我家に帰ったら、食器が少しわれるだけでたいした被害もなく安心しましたが、すでに停電になりラジオで状況を確認したら、ものすごいことになっていました。

本当に想定外の出来事です。悪夢のようです。津波が仙台の荒浜をこえてくるなんて。。。

テレビがみれないぶんショックは少なかったと思います。次の日の新聞をみるまでは。

どこへも電話が通じません。メールもできません。ひとりくらしの人はどんなに心細かったことか。

東京の娘には公衆電話からかけれるようになり、お互い無事なことを喜び余震がまだあることに注意するように話ました。

青葉区にいる叔母や、妹甥っ子も無事で安心しました。(12日に確認できました)

被災した1日目のことをつづりました。

 

 

 

 


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