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(第31話) 縄文時代 東京国立博物館特別展に行く

遠い昔、中学で日本の歴史を習った。
木の実を採取したり、貝を拾ったり、動物を狩ったりしていた縄文時代が1万年ほど続いた後、稲作文化を携えて大陸から日本列島にやってきた、農耕騎馬民族が、縄文人にとって代わり、弥生時代を築いた。やがて村ができ、権力者が生まれ、日本の歴史が記録に残り始める。
授業としてはつまらなかったが、今思うと、たいへん面白い時代だったと思う。

縄文式土器というのは、粘土にそこら辺の余った縄を押し付けて模様らしきものをつくったと習ったが、どうしてどうして、模様つくり用のためのしっかり編んだものだったらしい。しかも、縄目はともかく、その土器にほどこされた装飾やデザインはすばらしく、縄文人はすべからく芸術的センスを持った人種だった。日本人が、どことなく秀でているのは、この縄文人の血を引いているからかもしれない。
土器の他に、埴輪と土偶がある。
土偶の中で有名なのが、特別展のシンボルに使われた「遮光器土偶」である。片足が欠けたまま出土したものだが、何体か出てきた中で、素人目にもこれが一番いい。
この遮光器土偶は、東急ハンズなどで、ミニレプリカとして売られているのを見たことがあるが、元々の寸法が40センチ足らずなので、ミニチュアと言ってもそれほど小さくしたわけではない。だから、机に飾るにはいいが、庭に据えるには小さい。
ところが2年前のある日、施主さんが昔手に入れたこの土偶をもってきて、これを庭の中に置いてほしいという依頼があった。足はないけど、大きなものだった(写真)。

その後、インターネットなどでいろいろ調べたが、この遮光器土偶より大きなものを製作、販売しているところがなかった。
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(第31話) 縄文時代 東京国立博物館特別展に行く

遠い昔、中学で日本の歴史を習った。
木の実を採取したり、貝を拾ったり、動物を狩ったりしていた縄文時代が1万年ほど続いた後、稲作文化を携えて大陸から日本列島にやってきた、農耕騎馬民族が、縄文人にとって代わり、弥生時代を築いた。やがて村ができ、権力者が生まれ、日本の歴史が記録に残り始める。
授業としてはつまらなかったが、今思うと、たいへん面白い時代だったと思う。

縄文式土器というのは、粘土にそこら辺の余った縄を押し付けて模様らしきものをつくったと習ったが、どうしてどうして、模様つくり用のためのしっかり編んだものだったらしい。しかも、縄目はともかく、その土器にほどこされた装飾やデザインはすばらしく、縄文人はすべからく芸術的センスを持った人種だった。日本人が、どことなく秀でているのは、この縄文人の血を引いているからかもしれない。
土器の他に、埴輪と土偶がある。
土偶の中で有名なのが、特別展のシンボルに使われた「遮光器土偶」である。片足が欠けたまま出土したものだが、何体か出てきた中で、素人目にもこれが一番いい。
この遮光器土偶は、東急ハンズなどで、ミニレプリカとして売られているのを見たことがあるが、元々の寸法が40センチ足らずなので、ミニチュアと言ってもそれほど小さくしたわけではない。だから、机に飾るにはいいが、庭に据えるには小さい。
ところが2年前のある日、施主さんが昔手に入れたこの土偶をもってきて、これを庭の中に置いてほしいという依頼があった。足はないけど、大きなものだった(写真)。

その後、インターネットなどでいろいろ調べたが、この遮光器土偶より大きなものを製作、販売しているところがなかった。
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