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八丈島の庭 八丈の街並み
八丈島の道路は、数字の8の字のように島を周っています。
運転の好きな人たちには、快適なドライブを楽しめそうですが、何しろ海からいきなり切り立った場所が多く、車のトラブルがあっても、携帯電話がつながらないと聞いていたので、私は三原山側と、八丈富士側をそれぞれ半周しただけでした。
人口8000人が住む島には、一通りなんでもありますが、なくても別に困らないような、コンビニとか、娯楽施設、レストランなどはありませんでした。銀行もみませんでしたが、郵便局だけは、どんな小さな集落でも必ずあり、銀行の役割をしているのかなと思いました。
(写真下)八丈島にひとつだけあるスーパーマーケット。島中の人たちが、ここに買い物に来ます。そのほかに、ちょっとした食料品などを置いている、〇〇商店という小さな店が、何軒かあります。
例によって、住宅地を歩きました。
期待していた、庭らしい庭はなく、どこの家でも、庭にヘゴを植えているに違いないという私の予想も、大きく外れました。
ヘゴは、まったく目にしませんでしたが、その代わりといってはなんですが、ロべと呼んでいる(正式には、フェニックス・ロエベレニ)、小型ヤシの栽培が盛んで、道路わきの空き地や、住宅地の空き地や、裏庭に、びっしりと列を作って、植わっていました。八丈島の産業は、くさやの干物くらいしかないところへ、近年になってロべ栽培が盛んになってきたようです。
でも、観葉植物の“ロべ”程度では、八丈経済の支えにはならず、結局、同じ東京という地の利を生かした観光産業に支えられています。
こんな寒い時期に来たので、わからなかったけれど、春の連休や、夏のシーズンには島中、東京の人でいっぱいになるのかもしれないなと思いました。何しろ、東京に住んでいる人は、1時間ほど飛行機に乗るだけで、気軽に南国旅行の気分が味わえます。実際、日本のハワイともてはやされた時期があったそうです。
八丈島特有の景観は、やはり溶岩を使った、石垣や、石塀です。何しろ火山島だから、溶岩ならいくらでもあります。
とはいっても、国立公園内での、溶岩の採取、採掘は許されるのかなというのが、以前から抱いていた疑問です。ハワイみたいに、溶岩を取り扱う業者がいて、建築材料として今も使われていますが、ただし、溶岩の中にはハワイの神様が住んでいるので、島外に持ち出すことは、禁じられています。
一方、八丈島の溶岩は、本来なら掘ったり、拾ったりしてはいけないけれど、地元で使う分に限って、許可されているのでしょうか。あるいは、昔はよくて、今はいけなくなったのでしょうか。その辺のところを、聞いてくればよかったなと思っています。
溶岩が海に流れ込んだ海岸
大きな溶岩を一列に並べた石組塀
溶岩を崩れ積にする
溶岩を切り石にして間知積にする
(写真上)末吉の集落にある、八丈島で一番古い末吉小学校です。歩いているようにみえる人影は、当時どこの小学校にもいた、二宮金次郎です。明治5年創立で、開校140周年の記念碑が建っていました。実はその翌年、平成12年に閉校になり、閉校記念碑になってしまいました。余談になりますが、私の通った小学校も、144年の歴史を閉じたことを友人から聞いて知りました。昔は人の移動が少なかったので、親も、その親も、そのまた親も、同じ小学校というケースが多かった良き時代でした。ともに二宮金次郎を範として、勉学にいそしんだものです。
ハイ、この人です。
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八丈島の庭 八丈の街並み
八丈島の道路は、数字の8の字のように島を周っています。
運転の好きな人たちには、快適なドライブを楽しめそうですが、何しろ海からいきなり切り立った場所が多く、車のトラブルがあっても、携帯電話がつながらないと聞いていたので、私は三原山側と、八丈富士側をそれぞれ半周しただけでした。
人口8000人が住む島には、一通りなんでもありますが、なくても別に困らないような、コンビニとか、娯楽施設、レストランなどはありませんでした。銀行もみませんでしたが、郵便局だけは、どんな小さな集落でも必ずあり、銀行の役割をしているのかなと思いました。
(写真下)八丈島にひとつだけあるスーパーマーケット。島中の人たちが、ここに買い物に来ます。そのほかに、ちょっとした食料品などを置いている、〇〇商店という小さな店が、何軒かあります。
例によって、住宅地を歩きました。
期待していた、庭らしい庭はなく、どこの家でも、庭にヘゴを植えているに違いないという私の予想も、大きく外れました。
ヘゴは、まったく目にしませんでしたが、その代わりといってはなんですが、ロべと呼んでいる(正式には、フェニックス・ロエベレニ)、小型ヤシの栽培が盛んで、道路わきの空き地や、住宅地の空き地や、裏庭に、びっしりと列を作って、植わっていました。八丈島の産業は、くさやの干物くらいしかないところへ、近年になってロべ栽培が盛んになってきたようです。
でも、観葉植物の“ロべ”程度では、八丈経済の支えにはならず、結局、同じ東京という地の利を生かした観光産業に支えられています。
こんな寒い時期に来たので、わからなかったけれど、春の連休や、夏のシーズンには島中、東京の人でいっぱいになるのかもしれないなと思いました。何しろ、東京に住んでいる人は、1時間ほど飛行機に乗るだけで、気軽に南国旅行の気分が味わえます。実際、日本のハワイともてはやされた時期があったそうです。
八丈島特有の景観は、やはり溶岩を使った、石垣や、石塀です。何しろ火山島だから、溶岩ならいくらでもあります。
とはいっても、国立公園内での、溶岩の採取、採掘は許されるのかなというのが、以前から抱いていた疑問です。ハワイみたいに、溶岩を取り扱う業者がいて、建築材料として今も使われていますが、ただし、溶岩の中にはハワイの神様が住んでいるので、島外に持ち出すことは、禁じられています。
一方、八丈島の溶岩は、本来なら掘ったり、拾ったりしてはいけないけれど、地元で使う分に限って、許可されているのでしょうか。あるいは、昔はよくて、今はいけなくなったのでしょうか。その辺のところを、聞いてくればよかったなと思っています。
溶岩が海に流れ込んだ海岸
大きな溶岩を一列に並べた石組塀
溶岩を崩れ積にする
溶岩を切り石にして間知積にする
(写真上)末吉の集落にある、八丈島で一番古い末吉小学校です。歩いているようにみえる人影は、当時どこの小学校にもいた、二宮金次郎です。明治5年創立で、開校140周年の記念碑が建っていました。実はその翌年、平成12年に閉校になり、閉校記念碑になってしまいました。余談になりますが、私の通った小学校も、144年の歴史を閉じたことを友人から聞いて知りました。昔は人の移動が少なかったので、親も、その親も、そのまた親も、同じ小学校というケースが多かった良き時代でした。ともに二宮金次郎を範として、勉学にいそしんだものです。
ハイ、この人です。
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