「そなんことあるはずおえん」と、おせんは必死にゆきの胸にすがりつきながら空っぽのあるかないか分らないような忍び声で呟くように言います。
「おせんさん、しっかりして」という、ゆきの声も心には届いてはいません。頭の中はぐるぐるとなにか大きな、かって政之輔から聞いた渦のようなものの中に体ごと吸い込まれて、奈落のそこに落ちていくようです。
「政之輔さまがおせんをほっといて何処かへ行きはることはおへん」
懸命に何かを掴もうとしているのですが。自分も渦の中に引きずり込まれてぐるぐると夢の中で廻っているように思われるのでした。
ゆきが何回目かの「しかりして」と、抱いているおせんの背を揺するようにとんとんと数回叩きます。それでも、おせんはうつろに目を半眼に見開いて、意識はもうろうとして力なく、ただ、ゆきの腕の中に横たわっているだけです。
「おのぶさん、来てー」
と、奥に助けを呼びます。その声とおせんを抱きかかえている体を引くようにした小さな動きがおせんの意識を、ふっと元に呼び返しました。
「すいません」と、まだ、うつろの目をしながらでも、おゆきの手の中から離れ一人でようやく心もとなく座ります。目からはいっぱい涙が行く筋も行く筋も、おせんの心を洗い流すかのように零れ落ちて来ます。
「政之輔さまは、本当にもう、おせんの元には戻ってこないのでしゃろか。どうしてでっしゃろ」
その声はこの世のものとは思えない悲語の響きがありました。
ゆきは何も言わないで、再び、しかりとおせんを抱きしめまます。そして、涙といっしょに、これも、また、声にも何もならないような「ううー」とでも表現してもいいかと思われる声が、ゆきの体を伝わっておせんに伝わっていきました。
どれだけ時間がたったでしょうか。おせんにもゆきにも、それはそれは大変に長い時間のように感じられました。
お店からでしょうか、「がちゃん」というけたたましい茶碗か何かが割れたような音が響きます。その響きに、おせんは、再び、はっとしたようにゆきの腕から退いて一人で座ります。
「すいません。おかみさん」
消え入るそうなおせんの声。一筋の涙がおせんの頬を這うように長く流れました。
ゆきの目からも涙が頬を伝わり落ちてきました。
「できることなら、話さんでおきとうおます。悲しいけど・・・・こんな話しとうおまへんねやけど、お話しせにゃならんのどす。おせんさんに」
「おせんさん、しっかりして」という、ゆきの声も心には届いてはいません。頭の中はぐるぐるとなにか大きな、かって政之輔から聞いた渦のようなものの中に体ごと吸い込まれて、奈落のそこに落ちていくようです。
「政之輔さまがおせんをほっといて何処かへ行きはることはおへん」
懸命に何かを掴もうとしているのですが。自分も渦の中に引きずり込まれてぐるぐると夢の中で廻っているように思われるのでした。
ゆきが何回目かの「しかりして」と、抱いているおせんの背を揺するようにとんとんと数回叩きます。それでも、おせんはうつろに目を半眼に見開いて、意識はもうろうとして力なく、ただ、ゆきの腕の中に横たわっているだけです。
「おのぶさん、来てー」
と、奥に助けを呼びます。その声とおせんを抱きかかえている体を引くようにした小さな動きがおせんの意識を、ふっと元に呼び返しました。
「すいません」と、まだ、うつろの目をしながらでも、おゆきの手の中から離れ一人でようやく心もとなく座ります。目からはいっぱい涙が行く筋も行く筋も、おせんの心を洗い流すかのように零れ落ちて来ます。
「政之輔さまは、本当にもう、おせんの元には戻ってこないのでしゃろか。どうしてでっしゃろ」
その声はこの世のものとは思えない悲語の響きがありました。
ゆきは何も言わないで、再び、しかりとおせんを抱きしめまます。そして、涙といっしょに、これも、また、声にも何もならないような「ううー」とでも表現してもいいかと思われる声が、ゆきの体を伝わっておせんに伝わっていきました。
どれだけ時間がたったでしょうか。おせんにもゆきにも、それはそれは大変に長い時間のように感じられました。
お店からでしょうか、「がちゃん」というけたたましい茶碗か何かが割れたような音が響きます。その響きに、おせんは、再び、はっとしたようにゆきの腕から退いて一人で座ります。
「すいません。おかみさん」
消え入るそうなおせんの声。一筋の涙がおせんの頬を這うように長く流れました。
ゆきの目からも涙が頬を伝わり落ちてきました。
「できることなら、話さんでおきとうおます。悲しいけど・・・・こんな話しとうおまへんねやけど、お話しせにゃならんのどす。おせんさんに」