家庭犬としてどの程度までのお手入れをしておけばよいのか ・・・
送り出すブリーダーさんと、それを受け入れる私達との間には多少のずれがあります。
しかし、それは受け入れを決意した時からそれぞれの事情や環境の違いから想像されることと思います。
先ずは、始めてみなければ様子は分かりません。
一生懸命分からないなりにも始めなければなりません。
一つ言える事は、送り出す側の気持ちはいつも送り出した仔の事を気に掛けられておられるという事です。
業者と言われる方々は別として、真の意味でのブリーダーと言われている方々は
常に優秀な血統の維持や、新しく優秀な血統の作出に想いをよせ日々御努力されています。
そして、仔犬の生後数カ月の間に優秀な血統や新しい血統の代表を取捨選択しなくてはなりません。
どの仔を残しどの仔を出すのか ・・・
これは回を重ねる毎に、歳月を重ねる毎にブリーダーにとって大きな重圧となっていきます。
自らの判断が今までの苦労を水泡に帰してしまうからです。
また一からの出直しをしなくてはなりません。
生後一定の期間は、どの仔も同じ条件のもと手を掛け、目を掛けてあげる事は同じなのです。
そして、ある日決断をする時がやってくるのです。
性格・容姿の長所・短所を見極め、最終的な決断を下すのです。
残すべきか出すべきか ・・・
残す仔にしても出さざるを得なかった仔にしても全ての仔にかけられた想いは
等しかったのではないかと思われます。
もしかしたらあの仔の方が ・・・
そんな思いが全く無かったとは言い切れないと思います。
全て良い子だけを手元に残すばかりでもないのです ・・・ 。
世の人々の中には、ブリーダーと呼ばれる方々は冷酷無慈悲と思われておられる方がおられるようですが
そんな事は無いのです。
交配させては、一喜一憂し
出産をむかえては、一喜一憂し
無事に母犬のもとから仔犬を離す時期が来ては、一喜一憂し
仔犬たちを無事に送り出しては、一喜一憂する。
母犬の体内に生命が無事に宿り、無事出産し、何事も無く元気に育ち、
可愛がって下さる飼い主さんに手渡し、その仔が元気に成長してくれる姿を見届ける。
全てがこう上手くいくわけではないのです。
時には受胎する事も無く、時には死産があったり、時には早産があったり、
時には原因不明の発育不全で亡くなったり、時には不慮の事故があったり ・・・
歳月を重ねる毎に楽しかった思い出ばかりでなく辛い思い出も積み重なっていくのです。
そうした中での救いは、我が理想の血統の固定化と
送り出した仔達の健やかな成長 だと言われています。
しかし、血統の固定化は自らの意思でその手を止めない限り維持する事が出来ますが
いったん送り出した仔達には手を差し伸べるすべもないのです。
ブリーダーとして腕に包みこむ余裕には限界があるのです。
ペットミル ( ペット工場 )を経営する方達とは全く違う存在なのです。
単純な繁殖専門業者とは違うのです。
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そこには、想いや想い入れ・拘り・理想があり、優しさがあるのです。
決して商業主義には走らず、犬が 趣味 でとか、この犬種が 好きだから といった世界なのだと思います。
プロの世界とは隔絶した純粋な趣味の世界の方々と思ってほしいのです。
何の肩書も名誉も必要とせず、ひたすら我が理想の犬を追い続ける方々たち
私はある方から諭されたことがありました。
彼らを飼う事によるリスクを受け入れる覚悟なしに彼らを飼うべきではない
可愛いだけで彼らを飼う様な事はすべきではない
彼等と共に暮らす事を決めたのならばとことん彼らの面倒を見なくてはならない
手入れを必要とする犬種を飼う以上最低限の手入れを怠ってはならない
このような方々が冷酷で無慈悲な方々と言えるのでしょうか。
私達の側の方が考えなくてはならないのではと思っております。
本来お手入れをしてあげなくてはならない仔達を何もせずそのままにしておく
ただ食べ物を与え、自分達が困らない様な躾を教え込み
決して私達を裏切らない彼ら をおもちゃのように扱う。
私達の言う事を聞かなければどんなところでも彼らを 虐待 する。
冷酷で無慈悲なのはどちらなのだろうか ?
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真のブリーダーさん達の殆どの方々はこう思っておられるに違いありません
自信を持って送り出した我が仔が可愛がられ
十分なお手入れを施された姿を見る事が唯一心の救いである
と ・・・ 。
家庭犬としてのお手入れとして
これだけはして上げたい事とは
毎日の十分なブラッシングと1週か2週に一度程度のシャンプー
出来れば2カ月に一度ぐらいはトリミングをしてあげて欲しいものです。
特にトリミングが必要と言われている犬種は、こまめなトリミングをして上げたいものです。
飼い主自らが彼らのお手入れをしてあげてこそ彼らはいつでも安心してその身を委ねます。
そして、彼らと暮らす事の最も大切な事がお手入れにある事に 気が付いてほしい と思います。
真摯な彼らへの私達の想いは、こうした日常の世話と言う形で彼らに伝わっていくはずです。
彼らは、そうした私達の想いを決して裏切りません。
もの言えぬ彼ら・もの言わぬ彼ら は、私達の彼らへの想いに対して 従順 と言う態度で応えてくれます。
だから常日頃の お手入れ は、彼等と私達の関係の基礎だと私は思っています。
もの言えぬ・もの言わぬ 彼らが最後の警告 ( 私達への最後の決別の言葉 ) を発するとき
それは、彼らが私達に 『 その牙をたてるとき 』
私達は、彼らの私達への想いを裏切り続けていた事に気付かなければならない。
私達は、私達が自分勝手で冷酷無慈悲であった事に気付かなければならない。
そのとき彼らの黒く澄んだ瞳は、きっと涙で一杯になっていることと思います ・・・ 。
サ ・ ヨ ・ ナ ・ ラ って声にはならない声が聞こえてくるような気がします ・・・ 。
絆 とは、お互いの心の拠り所となる為に長い時を掛けて紡ぎ綯っていき続けるものであり
途中で断ち切ってしまう為のものではない。
今は亡き叔父 が教えてくれた お手入れ を想い出しながら ・・・ 綴る ・・・ 。
by ちぃ君 & もっ君 のパパ