―――――――― 《旅 行 帰 途》
「皆様、飛行機は間もなく名古屋空港に着陸します。お座席のシートベルトを今一度お確かめ
くださいませ・・・」
この声をうつらうつらと耳にしているのはFビルの《竣工記念》として北海道旅行の帰途で
ある。
――――――
思えば名古屋の市街地での8ヵ月の工事ではあったが、工程通り順調に完成し、
無事故無災害での竣工に当たり、職長会の慰労会としての旅行である。
竣工打ち上げ兼解散式と云うと料亭か割烹で騒ぎ、二次会でつぶれてという何
時ものパターンを打破しようと、工事途中に
《無事故で竣工のアカツキには……》
と計画を練っていた時には、実現出来るとは半信半疑であった。
職長さんと言えば二泊三日も仕事場を離れられないだろうし、各々の会社の社
長さんが参加を許可するだろうか――――との不安もあった。
又、この様な旅行はかつて私自身行なった事はなく、予期せぬ所から邪魔が入
り出発直前になって企画倒れになるかも知れない、との不安もあった。
が、旅行は無事に終ろうとし、Fビルも終ったんだと感傷にふけっている。
―――――― (Fビルの工事は8ヵ月もあったンだと今思い起こせば苦労話にも
ならない様な事も沢山あったなア、最高傑作の出来事は何だったかなア、色々な
人々と新しく面識が出来たし、交際の輪が拡がっているンだ・・・・
とボンヤリ思っている。
竣工して1ヵ月過ぎようとしているが、次の現場がまだ決まらない内に骨休め
をしたつもりでいるが、そろそろ次の仕事の情報が入ってもいい頃だなァ・・・
といつしか機内で仕事の事を考え始めていた―――――
飛行機は名古屋空港に無事到着し一応解散の音頭を行なった。
これで一先ずFビルの工事仲間とのセレモニーは完了するが、また次の現場でもこのメン
バーが揃(そろ)うと楽しく仕事が出来るだろう。
「所長、この度は有り難う………。じゃァ又―――。次は何処に行くの?」とI君。
「次の仕事は決まってないが、次の旅行は海外にしようヨ、パスポート持ってる?」
(大ブロシキ拡げおってエ………)
と自分でも笑ってる気楽なお別れの挨拶をし、迎えの車やタクシーに乗って帰宅の途に
つく人々を見送りながら、
「楽しかった現場と楽しかった旅に乾杯!」
と幹事役のM君とビールを飲んで空港を後にした。
――――――――― 《次 の 現 場》
旅行から帰って2週間経っているが未だ私に《次の現場》は決まっていない。
年度替わりの季節はいつも仕事が途切れてしまう。
特に官庁工事ではお決まりの3月末日迄の工期に対して突貫工事を余儀無くされていて、
がむしゃらに働いて年度末完成を見届けると、4月1日から仕事場さえないのが
《建築現場仕事》と云うものかも知れない。
建物を創って施主に引き渡せば我々の仕事は終りで、又次の建物を創る事に翻弄(ほんろう)
される。
船ならば進水式があって船が出て行って現場(造船所)はそのままだが、建物を完成さ
せると我々が去って行き、次の仕事場が何処になるのか不安である。
通勤範囲なのか、単身赴任なのか、国内転勤、海外勤務か
『神のみぞ知る』
となっている。
若手職員ならば1ヵ月位の応援とか、竣工目前の現場へ配属変更が引く手あまたであるが、
歳を食ったオッサンの現場所長となると、簡単に割り振りが出来ない面もあるだろう。
受注目標として営業が頑張っていても《談合》だと勘ぐられる様だから、敢(あ)えて次の
入札物件情報に私が首を突っ込む迄もないと身を構えている。
(何とかなるさ・・・転勤もないさ・・・)
とボソボソ言っている今日この頃であったが、やっと電話一本で支店に呼び出されて
(釣り出されて)しまった。
一体次は何処なのだ・・・と云う不安を抱きながら、明日支店に出向く事となった。
(つづく)