五月二十六日(金) 雨/曇り
土間コンクリート打設も雨の中、そして昨日も今日も雨が降っては止んだりの繰り返しだ。
「カッパ着てもKビルは仕事が出来るだけいいよ」
と職人さん達も何日も続く雨模様に、とうとうシビレを切らして出向いて来る。
お蔭で予定通りKビルの工程は進むので有り難い事だ。
濡れた服を乾かす為の石油ストーブが重宝がられてきた。
「所長、冬迄まだ間があるのに、夏に向かってるのに、ストーブ入れて気の早い……」
と1ヵ月前に机と一緒に持って来た時にアザ笑っていたシロモノが、休憩所の中央に鎮座(ちんざ)
ましましている。
私自身もこれほど使うとは思ってもいなかった。
雨で作業能率は多少落ちるけれど、昼飯時はニギヤカだ。
服が乾く以上に一肌脱いで花札で頭までカッカの人もいるし、小遣いカセいだというルンルン
気分の人もいる。
大工さんグループ対鉄筋工で将棋を指している時には、横でワーワー傍目八目(おかめはちもく)衆が
楽しんでいる。
ヘボ将棋、王より飛車を可愛がり・・・
「あっちだ、ここに銀打て!」
と言われた通りに駒を動かすハメになっても楽しい一時である。
午後から定例打ち合わせ会がある。
そろそろ外装のタイルの色を決めて(二~三色試験焼き)製作しておかないと、色違い、色
ムラ等のチェックが出来ない。
『この色でOKです』
の確約を取ってから工場製作にかからないと、とんでもない失敗談に発展した話も、よく耳
にしている。
A設計事務所のA所長の意見とオーナーの好みの色との調整もあるが、設計を行った段階で
建物の色のイメージもA所長は掴まれているので、オーナーに説得されるにも迫力があった。
「お任せ致しますわ……よろしく」
とオーナー奥様の一言で決まり。
簡単に決まった物ほど簡単にくつがえる事が多い。
「一応これとこれ、その中間の三色で見本を作ります。二週間先の打ち合わせ時に間に合わせ
ますので、その時に決定して下されば結構です・・・」
と要望を出す私はかなりズーズーしい奴だ。
「今日は現場はヒマだからA所長の設計された建物の見学会に行きましょうヨ」
と話がまとまった。
幸いにこの付近にもあるし、
「今までの打ち合わせ時に出て来た《建物》も見ておきましょう」
とドライブで打ち合わせ会の事となった。
―――車内での会話、
「このマンション△△建設が創ったけれど、このタイルの色より少し明るくしようヨ・・・」
「あれはバルコニーの感覚で南面にアクセントを付けた・・・」
「テナントの要望は建物のインパクトが大きい事と車が置ける事ですぐ入居者が一杯になる。
平凡な事務所では入居状況が悪い・・・」
「このくらいの色がKビルには似合ってるヨ」
と自信満々で話をされた。
(なるほど―――それが理屈と言うものか・・・)
と私の口は言いたそうだったけれど、ここは黙って相づちを打ってしまった―――
雨がまた降り出している。
雨で思い出したけれど《デザインに凝った設計》ほど雨が漏る。
屋根が有ると樋が必要なのに「不細工だから中止」と言った先生にも出会ったものだ。
ここのKビルも外観こそA所長の言われたインパクトの強い建物であると私も思う。が、
『防水工事にはキビシイ!』
と職人さんからの前評判通り、防水には大変気を配ってある設計だ。
『雨、露を凌(しの)いでこそ建物だ!』
と私は常々言っている。
私の経験からでも《雨漏れ》を直すのは最も困難な仕事だ。
雨が降っている時は補修が出来ない(水分があると材料がくっ付かない)し、晴れると
どこから漏れ伝うか分からなくなってしまう。
この辺りだったとおおよその位置をマークした付近をダイナミックに補修しても、その隣か
ら漏れ出す事も多い。
A所長も私も後から雨漏れで手直しに出向くというのは恰好悪いのは百も承知だから、過剰
防水工事となる位迄、気を配って施工しようと意見の一致をみた。
約2時間のドライブ見学会であったけれど、風景を眺めながらの打ち合わせ会も『本音』が
聞こえて、面白い趣向だった。―――
一般に設計事務所の所長さんの発言に対してゼネコン側は《絶対服従》に近いという観念が
強い。
私は誰とでも同じ様にしているつもりだったが、今日の車内打ち合わせ会でA所長とは今日
やっと『仲良し』になったという気持ちになった。
私は自分の欠点を「人見知りする、最初は取っつきにくい人だ」と分析している。
初対面から1ヶ月も経った頃に私の第一印象の話が出て来ると、
「怖い人だ、どうしよう、帰ろうかなと思ったよ・・・」
とよく聞かされたけれど、今となっては私と冗談論争で、
「所長は心臓に『毛』どころか『鉄筋』が入っている」
なンてズバッと言ってくれる。
こうなると、
(俺はここでは一番偉いンだぞ)って威張ってられなくなってしまう。
でも協力業者の世話役さん達と好き勝手放題に話が出来る、アットホームな雰囲気が私は大
好きなのだからこれでイイと感じている。
怒鳴って仕事するよりも、笑って冗談言って仕事をしたって、創(つく)るものはキッチリ創って見
せますからネ。
楽しく創って行けば、仕事も苦しいとは感じない―――そう思っている。