街も人も浮き足立って見える12月にはいって、
写真家大森克己さんが動き出した。
もう先週の金曜日の話になるが、
原宿VACANTで行われた写真家3人による鼎談。
高橋宗正さん、田附勝さん、それぞれのお話も非常に興味深く、
ここに書き記すべき内容ではあるのだけれど、長くなるので割愛させてもらう。
「すべては初めて起こる」
非常にポエティックなタイトルだ。
写真も以前の大森さんらしからぬ細工が施されている。
写真家の高橋さんも感想で述べていたが、
ボクはその写真に触れたとき、足下が揺れるような感覚になった。
今回の鼎談で大森さんは開けっぴろげにも
この写真表現に至った経緯を技術的な面もふくめ丁寧に述べていたが、
作品として昇華された写真はまさに、写真家大森克己の眼が定着されていた。
そこに提示されていた写真群は、
すこしオカルティックな言い草になるけれど、
なにかを暗示しているような印象を観る者に与える。
鍛えられた写真家の眼だけが顕現できる「徴」のようなものを印画紙に定着し、
ここに提示しているような、「ご託宣」に近いモノを感じるのだ。
2011年3月11日に興った出来事を、
そのような大きなうねりの「徴」と捉えた作家は、おそらくいない。
リアルな現実を、まったく違った視点で捉えることで
「普遍的なメッセージ」を投げかける行為…それが写真表現の真骨頂ではあるのだけれど、
こと、この大震災の現状を目の辺りにした写真家たちは、「撮らされてる感」が拭えないまま、
表層的な事実にうっちゃられてしまっている。
しかし、大森克己はちがった。
しかも、大きく跳躍したメッセージを「すべては初めて起こる」に押し込めた。
昨日までの何気ない光景が、0311以降大きな「ズレ」を伴ってしまった事実を、
有象無象…生きとし生けるもの、森羅万象など顕現された事象から、
けはい、あわい、もののけ…など未分化だが感じることの出来るファントム領域、そして、
われわれを含んでいるこの宇宙…とその外の不可思議な領界をも呑み込んだ
大きなうねり…生命が突き進む「時間」というマッシブな流動体…が示した
ひとつの「顕れ」だと創造主の視点で捉えることで、
いま自分たちが直面している現実を、実存的に提示しているように思う。
写真がすべてタテ位置なのも、写真家曰く「その場所を指し示す“場所”感が欲しかった」。
足下が揺らぐような「実存」を揺るがす感慨があったからこそ、
超マクロな視点でこの現実を捉え直す必要があるのではないか?
「すべては初めて起こる」は、エッジに立つ写真家ならではの仕事だと感入った。
来年13日に行われる中沢新一氏との対談が非常に楽しみ。
どでかい写真集も12/15発売予定。
写真家大森克己さんが動き出した。
もう先週の金曜日の話になるが、
原宿VACANTで行われた写真家3人による鼎談。
高橋宗正さん、田附勝さん、それぞれのお話も非常に興味深く、
ここに書き記すべき内容ではあるのだけれど、長くなるので割愛させてもらう。
「すべては初めて起こる」
非常にポエティックなタイトルだ。
写真も以前の大森さんらしからぬ細工が施されている。
写真家の高橋さんも感想で述べていたが、
ボクはその写真に触れたとき、足下が揺れるような感覚になった。
今回の鼎談で大森さんは開けっぴろげにも
この写真表現に至った経緯を技術的な面もふくめ丁寧に述べていたが、
作品として昇華された写真はまさに、写真家大森克己の眼が定着されていた。
そこに提示されていた写真群は、
すこしオカルティックな言い草になるけれど、
なにかを暗示しているような印象を観る者に与える。
鍛えられた写真家の眼だけが顕現できる「徴」のようなものを印画紙に定着し、
ここに提示しているような、「ご託宣」に近いモノを感じるのだ。
2011年3月11日に興った出来事を、
そのような大きなうねりの「徴」と捉えた作家は、おそらくいない。
リアルな現実を、まったく違った視点で捉えることで
「普遍的なメッセージ」を投げかける行為…それが写真表現の真骨頂ではあるのだけれど、
こと、この大震災の現状を目の辺りにした写真家たちは、「撮らされてる感」が拭えないまま、
表層的な事実にうっちゃられてしまっている。
しかし、大森克己はちがった。
しかも、大きく跳躍したメッセージを「すべては初めて起こる」に押し込めた。
昨日までの何気ない光景が、0311以降大きな「ズレ」を伴ってしまった事実を、
有象無象…生きとし生けるもの、森羅万象など顕現された事象から、
けはい、あわい、もののけ…など未分化だが感じることの出来るファントム領域、そして、
われわれを含んでいるこの宇宙…とその外の不可思議な領界をも呑み込んだ
大きなうねり…生命が突き進む「時間」というマッシブな流動体…が示した
ひとつの「顕れ」だと創造主の視点で捉えることで、
いま自分たちが直面している現実を、実存的に提示しているように思う。
写真がすべてタテ位置なのも、写真家曰く「その場所を指し示す“場所”感が欲しかった」。
足下が揺らぐような「実存」を揺るがす感慨があったからこそ、
超マクロな視点でこの現実を捉え直す必要があるのではないか?
「すべては初めて起こる」は、エッジに立つ写真家ならではの仕事だと感入った。
来年13日に行われる中沢新一氏との対談が非常に楽しみ。
どでかい写真集も12/15発売予定。