札幌・北海道のレトロ建物大好きおぢさん日記

札幌(北海道)のレトロでモダンな建物を見たり撮影するのを趣味としています。

美唄の建築探訪② 沼東小学校 沼東中学校 三菱美唄記念館

2021-11-05 11:23:46 | 美唄市

④「旧美唄市立沼東小学校」

 

所在地:美唄市東美唄町
開校:明治39(1906)年
建設年:昭和34(1959)年
閉校:昭和49(1974)年

市立沼東小学校は前記の「炭鉱メモリアル森林公園」より車でわずか5分以内にある
「美唄国設スキー場」に駐車をしてから出発する。


ここは「廃墟の中のモダン探訪」になります。

 

国設スキー場のレストハウスの向かって左にある林道が
かつての登校路であった。

 

 

ここを徒歩で行くか、車で行くかはそれぞれの事情で
私は13年前に来た時は最深部まで車で行った。

左右から草木が伸びているので車の横を擦るし、道は概ね落ち着いているが
ぬかるみや段差があるので、新車や車高の低い車、車長、車幅の大きい車は止めたほうが良い。

 

これは帰途の写真で、突き当り左折で橋 を振り返って。

 

道の左に我路の沢川が流れている 季節によって違うが流れは結構ある
徒歩でも数分で木々の間から校舎が見える

 

ここはちょうど校舎への橋が架かっていた場所で、橋はもう無い
よく見ると対岸の両側に校門、左に鉄塔がある
校門に校名のプレートは無い様だ。

 

 

この位置から校舎に行けたら非常に楽な話だが
次の橋にたどり着くのは、ここまでの約2倍の距離を進まなければいけない
ここでUターンするものアリだ。

さらに進むのなら熊と探索の対策が必要
私の場合は目立つように発光色のキャップ、オーバーウェアにオーバーパンツ
特長靴、カメラとスマホはウェストポーチで両手を自由にし草除けと、もしもの場合(役立つかは?)のために登山ポールのゴムキャップを外したもの もちろん熊除けの鈴を振り回しながら
後は汚れてもいいものを着用 いわゆる山へ山菜を採りに行くスタイルで行った。

 

橋はしっかりしており先行車のタイヤ跡もあった
橋の手前に1台分のスペースがあるのでスィッチバックし駐車すると帰途が楽。

 

渡り切るとTの字で学校校舎は左へ(戻るように)

この時点で車は進めない 降りる時にクラクションは熊に有効だと思う。

細い倒木もあるので足元や枝葉に目をやられないように注意したい
やがて赤さびた鉄骨が見えてくる これが体育館であった。

 

 

 

 

 

校舎も見えた

 

廃車が1台 無残な姿で

 

 

3階建ての校舎にシャッターが見えるが、以前はもう1棟校舎があり連絡通路で繋がっていた名残りだろう
ガラスはすべて割れていた


この錆びた梯子を登るのは危険すぎる

 

まず周りを廻ってみる 右側はすぐに敷地が水没

 

中も同様で、1階はすべて膝くらいの水があった

 

左側へ廻ってみるが、こちらもまもなく水没

 

 

おそらく内部へは一か所のみ 手やパンツが汚れるのは必須
最上階の3階に目的の螺旋階段とトップライトがあった

 

 

 

 

 

これは自然光である
以前に旧石狩小学校でも見たが硬化ガラスが埋め込まれているのだろう
晴天の時で良かった 冬は雪が積もり暗いらしい。


校舎内は、ほとんど何もない
学校であったと思わせる、机や椅子はまだしも例えば黒板や教員台とかも一切見受けられなかった

これは手洗いか

 

別の階段

 

 

 

 

 

棚だけはいくつかあった

 

床が濡れている教室もあり 天井から漏れているのだろう

 

 

ここは2階のシャッター 近づくのも怖い

 

2階の螺旋階段は落下防止は鉄棒である

 

 

 

よく見えないだろうが2階の一部にテラスがあった
草ぼうぼうでインフィニティのようだ

 

教室のドアが狭い

 

最後に1階へ降りてみる

 

 

 

予定通りというか、1階は全面水浸しであった
特長靴なら大丈夫と思ったが片方の靴が裂けているのである

前回履いた時は6月のタケノコ採りに使ったので、その時よく確認したりメンテしておけば気づいたはずだ 
大きなミスをした。

教室内部まで行けたらもっときれいな写真が撮れたろうに…
階段からズーム撮影するしかなかった。

 

 

 

最も緊張したのは校舎から出る時で、汚れも必須で注意が必要だ
最後にもう一度外観や体育館を撮影して橋まで戻った。

 


レトロモダンから脱線ついでに
校舎と反対側に13年前に行ったことがある
もちろん今回は行かなかったが終点まで車で行けたのだ。


学校が現役のころ、左側には炭鉱住宅が並んで建っていたそうだ。

 

 

当時でさえ廃屋があり浄水場施設であったようだ *ここから2008年10月撮影

 

終点がグーグルマップにも載っている「歌音の滝」


この滝の滝つぼなどで沼東小学校の生徒らが泳いだり遊んだりしたらしい
格好の遊び場であった。

 

さらに沢沿いに上流に行った 今思えば単独行は危険だ

 

2つめの滝は「美唄の滝」と滝マニアには言われる

 

さらに上流に通称「我路沢川の滝」

 

当時はここで引き返し、沼東小学校校舎には見向きもしなかった
趣味が変わって、再度ここに来るとは自分でも驚く

校舎の螺旋階段とトップライトのデザインが素晴らしく、もしまた美唄へ行く機会があったら
図書館で誰がデザインしたか調べたい。

結局、橋から校舎~駐車場まで50分をかけてしまった
改めて山に慣れていない人の単独行は止めたほうがよいと思った
泥地にはくっきりと大きな足跡があった。

冬は熊は冬眠、1階の水は氷になるので道さえ確保出来たらだが
建物の損傷激しく何かあっても助けも呼べない、自己責任であることを理解ください。

 

国土地理院を使用しました *地図で見ると近く見えるが
上部の黄色道路が道道135線

緑〇〇が「沼東小学校」 赤〇が「歌音の滝」 水色〇「美唄の滝」
黄〇「我路沢川の滝」

学校の左に川沿いに道線が続いているが、この橋は無い

 

*美唄市史より 草木は無く奥や右手に炭鉱住宅がたくさんあった
左奥の校舎と校門、鉄塔が現存し手前の校舎は取り壊し済 右奥に体育館が見える 

 

 

 

 

⑤「旧美唄市立沼東中学校」

 

所在地:美唄市東美唄町
開校:昭和22(1947)年
建設年:昭和22(1947)年
閉校:昭和48(1973)年

沼東中学校は昭和22年開校で閉校の中では新しいほうである
地区の人口の増加につれて必要となり、三菱美唄炭鉱の閉山によって閉校した。

現在は体育館が現存しており、前面を増築し「我路レストハウス」として隣接している「美唄国設スキー場」のレストハウスとして現在も活用中だ。


増築部分が明確にわかる


この辺は旧学校の体育館

 

現在はこのような名称でもある

 

校舎はどこかというと体育館の横に道路に対し一直線にあった

*美唄市100年史より

2階建ての立派な木造建築のようだ
特筆すべきは学校の裏手斜面に炭鉱住宅がびっしりと並んでいる
現在は跡形もなくスキー場のゲレンデで、このような斜面によく建てたものだ。

さて校庭は、写真の道路と川を渡ったところにあった。

現在は我路ファミリー公園になっている

 

 

ここに閉校の碑があった

 

碑には卒業生が6,660余名とある 
26年間でこの卒業生はいかに美唄でこの学校に生徒が多かったかを物語る。

炭鉱の学校とは開山すると爆発的に増え、閉山すると一気に居なくなる
そんな悲喜こもごもがある。

 

2021年11月撮影

 

 

 

⑥「三菱美唄記念館」

 

所在地:美唄市東美唄町
建設年:昭和52(1974)年

11月訪問なので、今期の開館は終了しており残念だった。

三菱美唄炭鉱の記録や資料などの展示をしている
我路ファミリー公園の沼東中学校閉校の碑と並んで
その特異なデザインで建っている

前後左右のデザインは同一である

 

 

 

 

公園内には熊が出没するので、あまり奥へ行かないほうが…

 

 

実際、公園内にはライオンがいるのは何故か

 

 

ここは沼東中学校の校庭であった。

 

<開館情報>

5月~10月 平日:13時00分~16時30分 土日祝:9時00分~17時00分
月曜日・火曜日(月・火曜日が祝日の場合は翌日休館)

2021年11月撮影

 

 

 


美唄の建築探訪① 炭鉱メモリアル森林公園

2021-11-02 18:00:32 | 美唄市

 

空知の美唄市に行って来ました

美唄市は空知の中心部にあり国道12号線とJR函館本線を中心に
東西に広がる町です。

地形は東が山、西が平野になり炭鉱遺産などの殆どは国道、JRの東側になる。

人口は北海道の「市」全35市の中で26位で
ちなみに30位から35位まですべて空知地区の町

それはこれらの地区は炭鉱によって開発され、栄え
炭鉱が閉山になれば人も居なくなるから

人が居なくなれば空家が増え廃墟になる
美唄市でも廃墟が多く、今回の探訪もそういうものが多くなった
しかしレトロものとして魅力があるものが多いのも事実。

時間がかかりそうなので順に紹介して行きます。

 

①「旧三菱美唄炭鉱 竪抗巻揚櫓」 道央の建築探訪139


所在地:美唄市東美唄町一ノ沢 炭鉱メモリアル森林公園内

建設年:大正13(1923)年
閉山:昭和47(1972)年
指定:平成19年11月に経済産業省が指定する「近代化産業遺産」に選定


竪抗巻揚櫓とは石炭を運び出すのに用いた立坑巻き上げ機で
2基の竪抗巻揚櫓が綺麗に塗装されて立っているので道路からも目立つ

最もこの先は美唄ダムで通行止めになっており
工事関係者かダムカードが欲しい人以外は中々行かないであろう。

公園内は駐車場も広く見学がしやすい
ただ熊が出るようなので単独での見学は時間等に注意を

 

 

 

櫓(やぐら)は道内で2番目に古い立坑で閉山まで使われた
櫓高20m・深度約170m、上風坑(上流側:排気/人員)と、
下風坑(下流側:入気/石炭・資材・ズリ)の2本からなりたっていたとのこと。

立坑廻りは様々な施設があったようで、当時を知っている人からすると現在の状況はまるで別の場所にいるようだろう。

 

 

 

 

 

 

②「旧三菱美唄炭鉱 原炭ポケット」

 

所在地:美唄市東美唄町一ノ沢 炭鉱メモリアル森林公園内
建設年:大正14(1924)年
閉山:昭和47(1972)年
指定:平成19年11月に経済産業省が指定する「近代化産業遺産」に選定


公園駐車場から歩いていくと最初にコンクリートの壁が立ちはだかるように見えるのが
原炭ポケット。

原炭ポケットとは炭鉱から採掘したばかりの不純物が含まれた石炭を
精炭するまでの間一時的に保存する施設である。

昔の写真では上部に上屋があったので上部だけ取り壊したようだ
中々見ることがない施設だけに内部から外を見てみたいものだ。

 


また公園内にある彫刻作品は美唄出身の彫刻家、安田侃氏の作品である。

 

 

③「旧三菱美唄炭鉱 開閉所」

 

所在地:美唄市東美唄町一ノ沢 炭鉱メモリアル森林公園内
建設年:大正14(1924)年
閉山:昭和47(1972)年


立坑の横にある小型の施設でコンクリートの廃墟感が逆にいい感じに見える
開閉所は電気の開閉のことで、入・切をこちらでしていたみたいだ
炭鉱は専用の変電所が必要なくらい電力を使用するので電気関係の施設は重要であろう

 

 

建物の上部に電線があったと思われる穴がある

 

公園は10月までの開放なので、冬支度のため開閉所は入れなくなっていた
(ただ中には安田氏の彫刻が1つ置いてあるだけのよう)

公園自体が11月からどうなるかは不明だが駐車場は閉鎖されると思う
来年は5月から。

2021年11月撮影