「なんだ、帰ってきてたのか?」
相変わらず、ぶっきら棒。口調も、態度も。
ただ、ニヤリと笑ってくれた。
少しだけ安心した。
歓迎するぜ、という意味合いだ。まだ「ブンヤ」の一員として迎えてくれているらしい。
「世のため、人のため」。
この会社に入った動機は、それに尽きる。
先輩も、おれも。
みんなもそうだった。
自分の生活のためになんて、はしたない精神はなかった。
会社のために。そんな下卑た精神は、いまも持ち合わせてはいない。
「社会のために」
男に生まれた時点で、人のために生きてなんぼ、という宿命を背負っていると思っていた。それは、いまでも変わらない。
そのために、力を振り絞ってきたつもりでいる。
先輩は、そのために働いてきた。
気がついたら、命も体も削っていたようだ。
おれは?
いまの部署は決して「社会のため」の仕事はしていない。「会社のため」。
20年ほど前、いつも高く掲げていた拳は、今は下げっぱなし。
義をみてせざる、ということができない性質なのに、せざるを通している。
理由はいつも、「子どもと妻をもった今は、昔とは違う」。
20年で言い訳だけがうまくなった。
先輩は、働きっぱなしで、気がついたら癌。
最前線では指揮を執れないから、この4月から「論説委員」という閑職に就いた。
ほかの「論説委員」を見ても、いかにも閑職ぞろいだ。
しかし、彼は闘っている。
「Mさんとこ、行ったのか?」
「いえ」
「行け。喜ぶから」
「はい」
20年前には、怖くて話もできなかった先輩。
できるだけ、たくさん話をしたい。
先輩は、もうすぐいなくなる。
「Mさんへの礼は欠かすな。男だからな」
「男だからな」
理由は、それで充分である。
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