養老先生との昆虫採集のあった日、ビオトープでの水生昆虫の採集も体験した。
水辺は、生き物と人間の子供との格闘の場である。
この日も、実は、子供にとっての「お母さん」とは障害ではないかと強く感じた。
ゲンゴロウの幼虫が相当に憎たらしいこと、ヒルってやっぱり触りづらいこと、マツモムシが愛らしく泳ぎながらも実は悪食であること、などなど。
たくさん学んだ。
机上の学習では学び得ない。すばらしい「体験」という学び。
おれも「水の中って、相当に厳しい社会だなぁ」と思った。学んだ。
子供たちも、生き物に触れて、弱肉強食を見て、目を輝かせている。
しかし、お母さん方は、ゲンゴロウの幼虫がヤゴを食べているのを「残酷」「かわいくない」。
オタマジャクシがゲンゴロウに食われている。
「なんで離して、助けてあげないの?」
いやはや…。言葉にもならない。
えさ食ってるヤツに「残酷」はないだろう。
ましてや、野生で生きているものに「かわいい」だの「かわいくない」なんて…。生命の尊厳を踏みにじっている。
おもちゃじゃないんですけど…。
ああいった「女」は、産むだけ。「親」としての機能は求められていないのではないか。
ビオトープでの学習も終盤に入ったとき。
小学3年生くらいのお兄ちゃんが、腹ばいになって網を水草の下にくぐらせていた。
「いい作戦だ」と感心した瞬間、「何やってんの!」と甲高い声。
お母さんが「汚くなるでしょ」
いや、水辺の観察だから、きれいなままじゃおかしいでしょ。
あんた、洗濯しなくていいよ。
服がけがれる。
かつて、ある旅行好きの作家が残念そうに話していた。
世界で最もひ弱な生き物は「日本の子供」。
日本の「お母さん」。
子供に害を与える。
虫もいやがる「日本のお母さん」。
この国は、すでに相当に危機だ。
「子育て」の前に、「お母さん」を育てないと。
「種の存続」が…。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます