まちみちふうけい

間もなく10年目も通過点

No.670 和歌山の旅(1)・プロローグ編

2017-02-08 08:54:11 | 旅行記
おはようございます。





今回より新シリーズとして、昨年末12月29日に和歌山へ行って来た時の話をお送りすることにするのですが、ここでは度々話させてもらいました、年末から年始にかけてある方面からの連絡に縛られたこと、この旅はその影響をモロに直撃されてしまいました。最初に連絡があったのがこの日の3日前、しかし状況は落ち着いているとのことで予定通りこの日は走りに行くことにしたのですが、途中で電話が鳴りその時点で旅は終了、消化不良気味で未練が残る終わりとなってしまったが、すぐに和歌山から電車を乗り継いで木津に向かうことにしました。その日は一応状況は落ち着いたとのことでしたが、またいつ連絡があるか分からないので、年末年始に予定していた鳥取方面(大晦日)と神戸(2日)への旅は断念、近場を走る予定に変更しました。今回よりお送りする和歌山の旅(と言う程大したものではないが)はいくつかの目的を決めての走りでした、その模様は中途半端になるかも知れないですがこれからお伝えしていこうと思います、と言うことで前置きが長くなってしまいましたが、和歌山の旅、始めていきたいと思います。






旅の始まりはまずは乗換えのJR天王寺駅から、朝は何とか予定通りの時間に出ることができてここまで来たのですが表示の案内板には載るはずの電車の時間が出ていない。おかしいな~と思いながら時刻表を見ると、この日はまだ平日ダイヤでの運行、自分(一人称)が休みだから勝手に休日ダイヤだと思い込んでいた。休日ダイヤだと阪和線ホームから始発の快速だったが平日となると環状線からやってくる電車、しかも日根野で切り離しなので待つ場所にも注意しなければならない。案の定ホームには長い列ができていた、こりゃ座れないかな・・・と思いながら待っていると電車はピポパポ~と鳴きながら到着、4人席の一角を何とか陣取ることができた、これでもう少しだけ寝ることができる。









終点の和歌山駅に到着、ここからは地下道を通ってわかやま電鉄に乗り換える。わかやま電鉄のホームはJR駅の外れ、一番東側にある、時刻表を確認するとここも平日ダイヤ、と言うことは本来乗る予定だった電車は貴志行だったが屋って来た電車は伊太祁曽止まり、時間が惜しい旅なのにこれは結構なロスだ・・・と言っても仕方ない。ここは考えを変えて、この電車に乗って終点の伊太祁曽駅で次の電車を待つことにしよう、伊太祁曽駅には車庫や登録有形文化財もあるみたいなのであきることはないだろう。
切符は自動販売機ではなく駅員さんが手売り、硬券ではなくペラッペラの紙切れのようで、ポケットに入れていたら手袋に紛れてしまって一瞬紛失したのかと思って焦ってしまった。やってきた電車は真っ赤な車体のうめ電車、見るからに唾が出て来そうな電車だ、車内は写真5枚目にある感じ、もう見ても分かる通り有名な自己満足のデザイナーの設計、お客さんがこれで満足してると思うのも何か、何かなあ~ってな感じ、何でシンプルな車内にしてくれないのだろう。電車は和歌山駅を発車するとすぐに線路を軋ませるようなカーブに入ってすぐに次の駅に到着、これから停まって行く各駅はこの後各駅巡りで走って行く予定なので、詳しいことについてはその項でのお伝えとします。交換駅では反対の線に最後の写真にあるたま電車が入って来た、わかやま電鉄と言うとたま駅長、ニャンコさんを鉄道のPRの前面に押し出すのはちょっとやったもん勝ちな気もするが、それでもこの電鉄がニャンコさん効果で生まれ変わったのはもう周知のこと、それはそれでいいことだと思う。車内広告にはニャンコさんで電鉄が甦ったことを書かれた本がPRされていて、もうたま駅長様様と言った感じ、ただ他の鉄道会社がそれを後追いするような感じで生き物で客を釣るやり方はどうかな・・・と思ってしまう、何かザリガニで集客を目論んでいる駅もあったよな、どうなんでしょうかねえ。












伊太祁曽駅での乗り継ぎを挟んで終点貴志駅に到着、ここまで乗って来た電車は写真1枚目にある元々南海で走っていたお馴染みな感じの電車、やっぱりシンプルな電車の方が落ち着くわ、自己満足なデザイナーさんにはその辺りをもうちょっと分かってもらわないと。この駅に来るのは2度目、前に来た時は写真3枚目、4枚目にあるような祠はなかった、まあ功労者と言うか名誉駅長だからそれはそれでいいのだが、ニャンコさんを祀ってしまうのはちょっとやり過ぎな気も。駅は落ち着いた色調の内装で、ここもたま駅長一色と言った感じ、今は2代目が就任されていると言うことだが、この日はお目にかかることはできなかった。
最初は売店の方が飼っていた猫が話題になってそこから駅長就任~話題となって現在に至るわけだが、きっかけなんて単純なものなんですね、でも当のニャンコさんはどんな気持ちだったでしょうかねえ、周りで騒いでいる人や自分を見に来る人に対して案外「こいつらうっとうしいなあ」と思っていたかも、まあニャンコさんは喋らないから人間が勝手に思い込んでしまうことで運命が決まってしまう、そう考えるとちょっと気の毒な気もするけど。自分(一人称)は仕事で南海沿線のいろいろな駅を回っていたが、高師浜駅の売店の隅にはいつもニャンコさんが佇んでいておとなしくしているのでよく頭を撫でてやった。しかしニャンコさんはあまり反応してくれない、ノドをゴロゴロ鳴らしてもくれない、店の人に聞いてみると来た人が皆頭を撫でていくので慣れてしまって無反応になってしまったらしい。もうお歳を召されていたので頭の毛もだいぶんと薄くなってしまっていた、よぼよぼで歩くのもしんどそうだった、それを思うとたまの本意はどうだったんだろう?人間のはしゃぎっぷりをどう見ていたのだろう?
さて、貴志駅前のちょっと不気味な駅舎の前で相棒を立ち上げて、和歌山での走りはここから始まります。まずは今電車で通り過ぎてきた各駅を巡って再度和歌山の中心地へと戻り、その後は登録有形文化財を巡りながら和歌の浦へ、更に折り返して南海加太線を各駅巡りへと・・・と行きたかったんだがダメだったんだな、途中で断念せざるを得なくなった、その顛末についてはこの先追々お送りしていきたいと思います、そんなわけで次回もお付き合いよろしくお願いします。         まちみち