ちいちゃんのひとりごと

ちいちゃんのひとりごとを勝手気ままに書いています。

病気に対する理解の無さ

2021年10月22日 | 介護
世の中の人々は他人の病気に対する理解の無い他人があまりにも多いことに驚きました。
特に普段健康な他人は尚更ですね。
相手と同じ病気になって初めて辛さや苦しみを知るのです。
例えば私などは心臓が悪いので、エレベーターやエスカレーターの無いところでの階段を上る下る等は建物の4階まで行くのがやっとです。
登山などはする気もありません。
マラソンや走ると言うことは命懸けなのです。
主人に至ってはもっとひどく関節リウマチもあるのです。
互い違いに階段を上る下る等は苦痛でしか無いのです。
私たち夫婦は低身長とは言われたことはありませんが、かなり身長が低いのです。
電車のつり革がほぼ懸垂状態です。
荷物を持って電子に乗る。
親切な他人が網棚に乗せたらどうですかと?
網棚に乗せることすら難しいのです。
乗せてくれても降ろせないのです。
乗せてくれた相手は途中の駅で降りるのです。
すっかり病気のデパートのようになった主人に対して世間は何と理解者が少ないことでしょう?
私に至っては心療内科に通っています。
心療内科に通っている。
すなわち変な他人に見られがちです。
昨今は学生からサラリーマンから主婦や老人までも心療内科に通う時代です。
心療内科=精神科みたいな捉え方がいまだにあることも事実です。
そして精神科=気ちがいのレッテルが付いて回るのです。
刃物を持って暴れる。
人前でおかしな言動をする。
突然大声を出して暴れる。
そういう他人はほんの一部でしか無いのです。
産後うつ病の他人や更年期うつの他人もいます。
また、学生で何らかのいじめから病気を併発する他人やサラリーマンのリストラや窓際俗から病気を発症する他人や五月病もあるのです。
病気でなくても障がい者に対する理解の無さも挙げられます。
自閉症や学習障害や発達障害や知的障害等も世の中の他人には理解者が少ないのも現状です。
私の友達の娘さんは高次脳機能障害です。
これに対する理解の無さも挙げられます。
わがままである。
自分勝手である。
物事を理解できない。
覚えられない。
これらは高次脳機能障害から来るものです。
また、一つのことに集中出来ない等も挙げられます。
私は多くの病気を抱えながらも前向きに生きている他人は好きです。
芸能人では堀ちえみさん等が挙げられます。また、私の尊敬している浪曲師の五代目天中軒雲月師匠等も多くの病気を克服しながら、今なお病気を抱えながらも前向きに頑張っておられます。
私はそういった多くの人達から元気をもらっています。

些細なことで母を泣かす

2021年10月22日 | 介護
些細なことで母を怒らせ、泣かせてしまった。
自分が生きていることに、この世に私と言う存在がいることに嫌気がさしている。
さりとて死ぬ勇気は持ち合わせていない。
キッチンのテーブルに伏せて涙した。
母を泣かせた私が悪いが、私の存在がこの世にいることの方が悪いような気がする。
もしも勇気があればとっくに命は絶っていたと思う。
しかし私にはその勇気さえ持ち合わせてはいないのだ。
どうしようもない行き場のない私は、母の介護で行き詰まり、頼
あてのない私は自分をいつも責めている。
つかの間の幸せははらはらと指の間からこぼれる砂のようでもあるのだ。
海岸で作った砂山が波にさらわれてゆく。
いっそのことその波に自分もさらわれて行けたらいいなと思う。
私と言う存在をこの世から消し去りたいのだ。
多くの迷惑をかけた人達に死んでお詫びが出来るとは思ってはいないが、この世から私と言う存在自体がいなくなれば、おのずと喜ぶ他人もいることだろう。
私は63年生きてきて多くの他人に迷惑をかけてきた。
何の罪滅ぼしも出来ずにこの世を去るのだ。
もしも私が母より先に死んだら母のことは誰が看るのだろう?
いっそのこと母も主人も道連れにしようと、バカなことを思う。
人間は何んと嫌な生き物だとつくづく思うのだ。
たった一人の母の介護も満足に出来ない自分を責めています。

高齢者大学の音楽芸能祭の練習

2021年10月22日 | 介護
朝から持病の腰痛が出て湿布を貼りコルセットをして地元の高齢者大学の音楽芸能祭の練習に参加しました。
帰ってきて疲れて着替えたらお昼の支度もせずにごろんと横になりました。
だましだまし腰痛と付き合っています。
いろいろ忙しくて整形外科に行く時間も無い有り様です。
母ことも地域包括支援センターになかなか相談には行かれません。
何もかもほったらかしで、日々を送っています。
私の腰椎すべり症ですが、知り合いからほおっておくといずれは車椅子になるかもと?脅かされました。
得てして他人は自分のことしか考えないし、自分が一番かわいいので、他人の心配はしませんね。
私は全てを犠牲にしてまで何かをやると言うことはしんどいです。
ましてや心の病もあるのです。
他人は理解してくれませんね。
私は相談する場所も時間もありません。
日々の生活にも疲れています。
少し横煮なったら家事が待っているんですよ。
主婦に休日はありませんね。
ましてや介護に休日はありません。