私の人生を振り替えれば幸せな時は無かったな?
なぜかおかしな時期に両親が引っ越しして幼稚園も保育園も入れなかった。
容姿が悪い。
頭が悪い。
これらでいじめに会いました。
友達らいし友達も出来ずに日がな一人遊びの日々でした。
学校では私の隣の席はみんな嫌がるのです。
お風呂に入っていても髪の毛を洗っていても、学校では臭いと思われてました。
洋服もそうです。
毎日同じ洋服は着ていません。
遠足のバスの席が私の隣は嫌なのです。
遠足で私とお昼は嫌なのです。
フォークダンスで私と手は繋ぎたがりません。
私と同じグルーブは嫌なのです。
修学旅行等の部屋割りも私と同じは嫌なのです。
仲間外れにされるのは当たり前でした。
遊びの輪に加えてもらえない。
放課後の校庭のドッチボールに加えてもらえない。
単に勉強が出来ない容姿が悪いだけで陰湿ないじめのターゲットにあうのです。
それは小学校を転校しても続きました。
中学校でも高校でも続きました。
社会人になってもありました。
私はひとりぼっちの寂しさを憧れの芸能人でまぎらわせていたのかも?
その憧れの芸能人も思い通りにはなりませんでした。
希望した専門学校には行かれず、その後親の反対を押しきって行った場所では話と違う仕事に自ら起こした失敗に挫折するのです。
再び就職するもそこでもいじめにあうのです。
私はとにかく誰かと結婚をしてそこに幸せを求めるのです。
何とか32歳でお見合いをした相手と結婚をしました。
子供を持ち子育てをして穏やかな家庭が家族が欲しかったのです。
親元を離れる。
親の管理下での暮らしが嫌だったのです。
ところが望んでいたような結婚生活では無かったのです。
そこには朝から夜遅くまで働く旦那がいたのです。
ほぼサービス残業の旦那がいたのです。
欲しかった子供は諦めざる得ませんでした。
その後母を引き取ったら私は元の木阿弥でした。
私は再び母の管理下のもと生活をするのです。
芸能人が嫌いな母です。
その反面私は芸能人が大好きです。
コンサートやライブやイベントや舞台を私が観に行くことは良くないと!
私はある意味憧れの芸能人に救いを求めていたのです。
そのうち私は更年期からの別の病気になりました。
辛く悲しい日々が続くのです。
病院に通い、その頃たまたまテレビで見たある芸能人にひかれていくのです。
もちろん病院に通いました。
が、ネットで探してコンサートやライブやイベントにも行きました。
そこに救いを求めていたのです。
やがてあんなにひどかった病気も少しずつ回復に向かっていくのです。
結婚した相手も病気を患うようになりました。
糖尿病に高血圧です。
その後は頸部脊柱管狭窄症や髄膜腫や慢性左硬膜下血腫を2度とてんかん発作や痙攣などを起こすのです。
胃にポリープも見つかりました。
まさかの結婚した相手が後々病気のデパートになるとは思いもしなかったことです。
私は私で更年期からの心療内科に通うようになるのです。
子供の頃からの心臓肥大に加え不整脈も患うのです。
そして同居の母の手首の骨折やペースメーカーの埋めこみや認知症等が…。