特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

雪どけ

2014-02-12 13:28:14 | 特殊清掃 消臭消毒
今月の8日、大雪が降った。
何日か前から、天気予報では、大雪が降る可能性が大きいことを伝え、注意を呼びかけていた。
だから、ある程度の覚悟はできていた。
しかし、実際は、その覚悟を超えた量が降るものだから、大雪を喜ぶ子供心と仕事を心配する大人心が交錯して、私のテンションは妙に上がった。

当日の8日、私は、外での作業予定をもっていた。
休むことはもちろん、遅刻することも許されない状況にあった。
そこで、私は、大雪で出社が阻まれる可能性があることを考え、会社に泊まることに。
一度、帰宅し、夜になって再出社。
その日は、事務所で眠れない夜を過ごした。

予報の通り、8日の大雪。
早朝(夜中?)から降り始めた雪は、ひたすら降り続いた。
それでも、湿気の多い雪は、降る量に比して積もらず。
「何とか行けるか?」という期待感をもたせた。
しかし、時間が経つごとに雪は降るペースを上げ、周囲はみるみるうちに真っ白に。
とても外で作業できるような状況ではなくなり、会社に前泊した努力もむなしく、結局、予定していた作業は中止(延期)となった。

雪は、その日の夜まで降り続いた。
積雪量は、私の中で伝説になっていた昨年1月の大雪のときをはるかに超え、私の記憶の中では最大。
私は、甦った童心に動かされて、用もないのに外にでた。
そして、普段は気にも留めない当り前の景色を白い雪が覆う様をしみじみと眺め、季節の機微と夢幻を味わった。

東京では、年に何度かは、積もるくらいの雪が降るけど、そのほとんどが薄っすらと積もる程度。
だから、ほとんどの人はスタッドレスタイヤを履く習慣を持たない
タイヤチェーンを持っている人も少ないと思う。
ただ、うちは、車を使う仕事。
車を使わなければ仕事にならないわけで、冬場はほとんどの車両にスタッドレスタイヤを装着している。
お陰で、渋滞に巻き込まれたことと、運転に神経をすり減らしたことが問題だったくらいで、私自身も会社の仲間も事故やケガもなく済んだ。

その雪。
とけつつありながらも、まだ街の至るところに多く残っている。
更に、次の金曜・土曜にも降雪の可能性があるよう。
生活や仕事に支障をきたす雪だけど、どうせ降るなら、その美しさと儚さを楽しもうかな。


亡くなったのは、40代の男性。
現場は、老朽アパートの一室。
死後経過日数は3日。
依頼者は二人。
一人は、年老いた故人の母親。
もう一人は故人の妻。
故人とは別居状態にある女性。
二人とも現場には行っておらず、また、行く予定もないとのことだった。

故人の死を発見したのは勤務先の会社。
故人は、体調不良で木曜に会社を休んだ。
翌金曜は無断欠勤。
会社は、「体調が戻らないのだろう」と、たいして気にも留めず。
ただ、故人は、土日の休日を経て週が明けても出社してこず、また携帯電話にもでず。
さすがに妙に思った会社は、故人のアパートを訪問。
そこで、動かなくなった故人を発見したのだった。

私が最初に話したのは母親の方(以降「姑」と表記)。
用件は、特殊清掃・消臭消毒・遺品チェック・家財処分等の依頼。
それから、「息子の嫁だった人に電話してほしい」と頼まれ、そっちにも電話。
そして、故人の妻(以降「嫁」と表記)からも、作業についての要望等をきいた。

二人は嫁・姑の関係。
血はつながっていないけど家族は家族。
しかし、二人が醸し出す雰囲気は、その関係が険悪なものであることを感じさせた。
そして、二人が発する言葉は、その予感を確信に変えた。
それぞれお互いに対し、かなりの不満を抱えているようで、アカの他人の私にでさえ姑は嫁の悪口を、嫁は姑の悪口をぶちまけた。

「別居中とはいえ、長年連れ添った人だし・・・」
「子供の父親でもあるし・・・」
と、嫁は、形見として、故人が使っていた小物類を欲しがった。
しかし、それを知った姑は猛反発。
「アノ女(嫁)に渡すものなんか何一つありませんから、絶対に渡さないで下さい!」
と、テンションを上げた。

二人の間に挟まれた私が困惑したのは言うまでもない。
一方は「形見がほしい」、もう一方は「渡してはならぬ」と言うものだから。
しかも、二人は直接話すことをせず。
お互いに、「顔も見たくなければ、口もききたくない」とのこと。
だから、いちいち私を介してのやりとりとなり、私は、二人の間を、伝言ゲームのように言葉を運搬。
「面倒くさいなぁ」とボヤく自分と、「これも仕事のうち」と割り切る自分が交錯する中で、私は妙なストレスを抱えながら、その雑用をこなしたのだった。

故人と嫁の別居原因は、故人のルーズな金銭感覚。
故人には、深刻な浪費癖があった。
仕事はマジメにやっていたのだが、その浪費癖は、収入に見合わないくらいのもの。
ちょっとした趣味のものから車のような高額なものまで、故人は、何か欲しくなると我慢できない性格。
一度「欲しい!」と思ったら手に入れないと気が納まらず、家の蓄えを勝手につかうこともしばしばで、子供のために積み立てた保険を家族に内緒で解約したこともあった。
もちろん、現金がないときはカードを使い、カードが使えないときは借金までして。
しかし、そんな調子で返済が滞らないわけはない。
故人は、姑(母)や嫁(妻)に金を無心することもあった。
もちろん、そんな故人を姑(母)や嫁(妻)は叱責。
そして、何度となく自制を約束させた。
しかし、故人が反省するのはそのときだけ。
ほとぼりが冷めると、再び同じことを繰り返した。
そんな人が家庭を守れるわけはなく、結局、子供の面倒をみれない故人が家をでていくかたちで、故人と嫁(妻)は別居することになったのだった。

「甘やかして育てた姑が悪い!」
と嫁。
「キチンと家計を管理しない嫁が悪い!」
と姑。
二人は、互いを罪人扱い。
故人の過ちをよそに、互いを罵倒。
家族の一人が亡くなったことに対する悲哀も感じさせないくらい、激しい非難を展開した。

故人の部屋は1K。
床に敷かれた布団には見慣れた軽汚染が残留し、狭い部屋には嗅ぎなれた軽異臭が充満。
故人の経済力を表すかのように、家財道具は極めて少量。
金目のモノも見当たらなかった。
ただ、嫁が欲しがっていた小物の類はいくつかあった。
私は、嫁の要望を無視する気にはなれず、結局、「お義母さんにはナイショですよ」と言って、メガネやライター等をこっそり嫁に送った。

請け負った作業が完了して後、私が二人の女性との関わることはなくなった。
だから、その後、二人の関係がどのようになったのか、知る由もない。
遺産相続の手続きもしなければならないわけだから、あの後、一悶着・二悶着あったかもしれない。
どちらにしろ、故人の死熱をもってしても、二人が抱える蟠り(わだかまり)が、雪がとけるように消えていくことは想像しにくく、時が、その関係を険悪なまま消していくのだろうと思った。


多くの人は、何事にも寛容で、大らかな心を持ちたいと思うだろう。
しかし、人間の心には限界がある。
人を、ありのまま受け入れ、赦すのは難しい。
自分を、ありのまま受け入れ、赦すのも難しい。
事(相手)によっては、おそろしく了見が狭くなることがある。
些細なことでも、寛容になれないことがある。

心は、そのどこかに氷よりも冷たくて固い、かたくなな部分を持つ。
自分ではどうにもできない、理屈で解決できないものを持つ。
それが、自分も、誰も幸せにしないとわかっていても、雪のようにとかすことができない。
私にも、その自覚がある。

あれほど大騒ぎした雪も、時とともに消えてなくなる。
白銀の世界は夢幻と化す。
その趣と儚さは、命と重なり、また人生と重なる。
同じように、かたくなな心は、かたくななまま消えていくしかないのか・・・
そう思うと、少し寂しい溜息がでるのである。


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