特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

黙視録

2015-12-31 09:29:14 | 特殊清掃
2015年12月31日木曜日。
今年も今日でおしまい。
ここ数年は不定期で更新頻度も低いこのブログだけど、毎年、大晦日には必ず更新している。
人の最期を締めている者の習性か、年の最後も締めないと、何かやり残したような気がして落ち着かないのだ。

例によって、私の仕事納めは今日。
似たような毎日を繰り返すばかりだったけど、何だかんだと、今年も色々なことがあった。
凄惨現場での過酷作業に疲労困憊した日も多かった。
それでも、今日という日を平和のうちに迎えることができていることに喜びを感じている。
そして、明日の元旦は仕事始め。
長期休暇がとれない生活にはもう慣れている(願望はあるけど)。
何かにつけ不平・不満が先行しやすい私だけど、まずは、こうして達者に働けていることに感謝したい。


呼ばれて出向いたのは公営の団地。
そこは大規模団地で、同じ造りの棟が無機質にいくつも並んでいた。
依頼者の女性とは、現場の棟下にある駐車場で待ち合わせ。
女性は、時間厳守がモットーの私より先に来ていた。
当然、初対面なのだが、互いのことは醸し出す雰囲気でわかるもの。
視線が合った我々は、軽く会釈をしながら歩み寄り、挨拶の言葉を交わした。

亡くなったのは女性の父親。
発見までしばらくの時間がかかり、腐敗はかなり進行。
女性は苦悶の表情を浮かべながら、
「警察から、“見ないほうがいい”って言われまして・・・」
「顔も見ないまま火葬したんです・・・」
「ただ、亡くなった部屋くらいは見たいんです・・・」
「そうでもしないと、父に申し訳なくて・・・」
と言って、声を詰まらせた。

死体検案書は「○○欠損」と書かれた箇所がいくつもあり、遺体の状態がかなり悪かったことを示していた。
と言うことは、部屋の方も軽症ではないはず。
「部屋の方も悲惨なことになってるんだろうな・・・」と、私は内心で憂いた。
しかし、女性は、部屋の状況までは想像しておらず。
「遺体を搬出すれば、その跡には何も残らない」とでも思っているのか、警察の説明によって、いくらかの虫と異臭が発生していることは承知していたものの、やはり素人の想像には限界があるのだろう、大して深刻には捉えていない様子。
また、腐敗によって遺体が変容することは理解できても、肉体が液化して残留するなんてことは想像できないよう。
「ヒドイ」と言っても頑張れば耐えられる範囲内のことで、耐えられないほどの悪臭と惨状が広がっているとは夢にも思ってないようだった。
しかし、現実の凄惨さは、そんな覚悟なんか瞬時に打ち壊してしまう。
結果、「入らなければよかった・・・」「見なければよかった・・・」とショックを受けるのである。
そして、深刻な場合、そこで受けたダメージが後々にまで波及し、心に陰を落とし続けていくのである。

現場は、階段を上がった上階の一室。
螺旋状の階段をゆっくり上っていくと、目的階に近づくにつれ、鼻に例の異臭が感じられてきた。
そして、目的の部屋前に到着すると、その玄関ドアの隙間には、長方形の目張り。
異臭漏洩が激しいものだから、管理会社が貼ったようだった。
それは、見るまでもなく、ドアの向こうが重症であることを物語っていた。

私は、女性の承諾をもらい、目貼りテープをベリベリと剥がした。
すると、下のほうから何者かが顔を覗かせた。
そして、それは次から次へと、滴のようのこぼれ落ちてきた。
そう・・・それは、遺体に涌いたウジ。
栄養を充分に摂り丸々と肥え太った彼らが、玄関ドアの隙間から続々と這い出てきた。

「キャーッ!!何ですか!?」
女性は、それを見て驚愕の声をあげた。
そして、それが故人の身体から発生したモノであることがわかると、腰を抜かしたようにその場にしゃがみ込み、
「お父さん・・・お父さん・・・」
と、人目もはばからず泣き始めた。

目を覆いたくなるような凄惨な光景でも、仕事を進めるうえでは、それを見て・憶えて・伝える必要がある。
見たくないものを見、憶えたくないものを憶え、口にしたくないことを口にすることも大事な役割。
私は、まず一人で室内に入ることを女性に提案。
それで室内の状況を報告し、その上で女性自身に入室の可否を判断してもらうことにした。

ドアを開けるといきなり汚染痕。
確かに、倒れていたのは台所だったが、その頭部は玄関の土間に落下。
そこには、丸型痕があり頭皮と大量の頭髪が付着。
更に、隅には無数のウジ群が大きな塊をつくっていた。

残念ながら、部屋は相当に悲惨なことになっていた。
私にとっては、珍しい光景ではなかったが、女性にとってはショッキングな光景に違いなく、トラウマみたいになって今後の人生に影を落とすようなことになったらよくない。
私は、迷わず「見ないほうがいい」と判断し、この厳しい状況を少しでも優しく説明するため、汚れた頭にきれいな言葉をかき集めた。

室内の見分を早々に済ませた私は、異臭と共に外へ。
そして、一緒に出てきたウジ達を捕獲し、それ以上の脱走を防ぐため、再びテープで密閉。
それから、下まで降り、人目のつかないところで女性に室内の状況を説明。
できるだけグロテスクな表現は避けながら理解しにくいことを理解しやすいように話し、できるだけ遠慮しながら言いにくいことも話した。
やはり、自身が抱いていた当初の想像は甘かったようで、女性は、私の身体が発する異臭と口が発する言葉に眉をひそめながら、また、止まらない涙をハンカチで拭いながら固い面持ちで私の説明に耳を傾けた。

「結構なことになってるので、見ないほうがいいと思いますよ・・・」
「後々まで精神的なダメージを引きずることになってはいけませんし・・・」
意見を求められた私は、そう応えた。
しかし、女性は簡単には同調せず。
どうも、女性は、父親の死に気づかなかったこと、そして、酷く腐乱するまで放置してしまったことに強い罪悪感を抱いている様子。
私の目には、入室を諦めない女性の向こうに自分自身に罰を与えようとしている姿が映り、その心の内に同情を越えた不快感のような感情が涌いてきた。

そもそも、孤独死というものは、そんなに否定的に見るべきことではない。
生まれて間もない赤ん坊だっていつかは死ぬし、鍛え抜かれた肉体だって死ねば朽ちる。
人が死ぬことが摂理なら、肉体が朽ちることもまた道理。
どんな凄惨な状況であれ、死を覚えることを罰にするなんてもってのほか。
私は、少しテンションを上げながら、かねてから持っている自論を展開し、僭越なことと知りつつも懇々とその考えを説明した。
女性のほうは、目を伏せたまま黙ってそれを聞き、しばしの沈黙の後、部屋に入るのは断念する旨を口にした。
そして、玄関ドアに向かって手を合わせ、涙しながら故人に詫びたのだった。


これまで、多くの遺体を目にし、多くの現場に遭遇してきた私。
腐敗した遺体、損傷した遺体、変容した遺体、
血まみれの部屋、ウジだらけの部屋、元肉体が覆う部屋、異臭激しい部屋、
目を覆いたくなるような現場、直視することが躊躇われるような遺体が私の脳裏に焼きついている。
そして、それらは人々に嫌われ、怖れられる。
人の死も、肉体が腐って変容することも自然なことなのに、そのプロセスにはおぞましい光景がともなうため、嫌悪を通り越して、恐怖される。
ただ、それも仕方がない。
あまりに嫌悪されていると故人を気の毒に思うこともあるけど、人が抱く自然な感情だと思う。
しかし、生跡も死痕も、嫌悪感だけで簡単に片付けてはいけない。
私は、これに人生の多くの時間を懸けてしまっている。
だから、ただ機械的に作業をこなすだけの木偶の坊(でくのぼう)になるのはイヤ。
こんな仕事でも、その中から、自分(人)に必要な善性と自分(人)が大切にしなければならない正義を見つけたいのだ。

私(人)は、自分が思っているほど高等ではない。
私(人)には、自分が思っているほどの力はない。
色々な出来事や人間模様の中に人間悪が垣間見えることも多い。
しかし、
悪性の中に善性を持ち、
愚かさの中に賢さを持ち、
弱さの中に強さを持ち、
非情の中に情を持ち、
不義の中に正義を持ち
冷たさの中に温かさを持ち、
厳しさの中に優しさを持つ。
少なかろうが小さかろうが、人は、そのような良いものも持っている。
そして、それがわずかでも輝いたとき、それに呼応することによって人間悪を覆す人間美が生まれ、自分(人)が必要とし大切にしなければならないものが現れるのである。

この先も、私は色んな光景を目にするだろう。
この仕事を続けていくかぎり、一般の人が目にしえないような汚れた景色を目の当たりにすることも多いだろう。
仕方がない・・・愚かなことかもしれないけど、自分が選んだ道だから。
大切なのは、その中に何を見るか、何を見つけることができるか。
そして、それを一つ一つ拾い集めてそれを自分にどう適用させるかなのである。

さて、明日から始まる新しい年。
一年を生き通せるかどうかもわからないけど、来年もまた、現場を走り回る日々において、色んな場面に遭遇し、色んな人々と出会うだろう。
そんな中で増えていく私の黙視録のページには、これまで同様、「現場凄惨、作業過酷、疲労困憊」の文字が連なるだろう。
しかし、その次には「されど心晴々、気分爽快、闘志満々」と書いてみたい・・・そう書けるような人間になりたい。
そして、厚みを増していく黙視録と同じように、人間としての厚みも増していきたい。

曇多くとも晴れ間も見える大晦日。
一年を締め括るにあたって、そんな夢のようなことを願いながら新たな年に想いを馳せている私である。


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