「引越しをするので、不要品の処分をお願いしたい」
依頼者は女性。
一人暮らしで、仕事の合間をぬって引越しの準備を進めているよう。
特別汚損が発生している現場でもなく、通常なら、私が出る幕ではなかったのだが、現地調査の希望時刻は女性の仕事が終わった後の夜。
しかも、仕事が忙しいらしく、結構な遅い時間。
そんな時間に動きたがるスタッフはいない。
また、同じような依頼で現地に出向くと、“実はゴミ部屋だった”なんてことも珍しくない。
人が行きたがらないところへ行き、やりたがらないことをやるのが特掃隊長。
気が向こうが気が向くまいが、そんなこと関係なく私が出向くことになり、約束の日の夜、私は女性宅に赴いた。
現場は、低層小規模の賃貸マンション。
オートロックもなく、玄関までは誰でも素通りが可能。
夜遅い時刻に女性一人の部屋を訪れるのは、ちょっと抵抗がある。
自分が頼んだこととはいえ、見ず知らずの男が部屋に入り込んでくることには、女性のほうも少なからずの不安感を覚えるはず。
私は、“マジメな人間”であることを少しでもアピールするため約束の時刻ピッタリにマンション下から女性の携帯電話を鳴らし、その上で玄関前に行きインターフォンを押した。
そして、ドアの覗き窓からこちらを見られることを意識してキリッとした顔をつくった。
女性はすぐにドアを開けてくれた。
見たところ、年齢は40歳前後か・・・
そして、
「こんな時間にスミマセン・・・お疲れ様です・・・」
と、私を労ってくれ、
「どうぞ・・・」
と、玄関内に招き入れ、スリッパをだしてくれた。
「この際、使わないモノは思い切って捨てて、身軽になろうと思いまして・・・」
引っ越す理由はわからなかったが、女性は、張り切っている様子。
自分でマンションでも買ったのか、それとも、新しい仕事への転職による転居なのか、夜遅くまで仕事をしていたことを感じさせないくらいハツラツとしていた。
そして、そんな女性の姿は、夜間仕事に消沈気味の私に気を使ってくれようとしているようにも見え、私も、その日最後の仕事を明るくこなそうと気持ちを入れ替え、笑顔を浮かべた。
新居はここより手狭らしく、荷物の量を減らす必要があった。
ただ、その“要らないモノ”は、まったく分別されておらず。
引っ越しの日が近いとみえて、ある程度の荷造はすすめられていたが、それでもまだ要るモノと要らないモノが家財生活要品の中に混在していた。
例えば・・・
本棚の中に、要る本と要らない本があり、
タンスの中に、要る服と要らない服があり、
下駄箱の中に、要る靴と要らない靴があり、
食器棚の中に、要る食器と要らない食器があり、
収納ラックの中に、要るCD・DVDと要らないCD・DVDがある。
そんな具合で、その他、押入れや収納ケースにも、必要品と不要品が混在したままだった。
“この仕事、気がすすまないなぁ・・・”
私は、そう思った。
何故なら、作業が面倒臭いものになるのは目に見えているから。
しかも、要るモノを捨ててしまったり、要らないモノを残したりしてしまうミスが起こりやすい。
つまり、“トラブルが起こる可能性が高い”ということ。
更に、汚物がからんでいないため、料金もほどほどにしか見積れない。
“作業が面倒なわりに、それに見合った料金がもらえない”となると、やる気がでないのも仕方がない。
私は、やる気のない心持ちが言動や態度にでないよう気をつけながら、契約不成立を覚悟の上で、トラブルが起こった際の責任のほとんど女性に負ってもらうかたちで打ち合わせを進めていった。
当の女性も、自分が依頼する作業がかなり面倒臭いものであることは理解していたようで、
「貴重品はあらかじめ取り避けておきますし、細かいことは言いませんから・・・」
と、少々の取捨錯誤は気にしないとのこと。
結局、“必要品・不要品の取捨錯誤及び貴重品類の滅失・損傷について、当社は一切の責任を負わない”という条項が付いた契約が成立した。
このケースのように、依頼者が女で、かつ細かな関わりが必要な作業の場合、ムサ苦しい男と一緒にやるより女同士の方がやりやすいため、女性スタッフを希望されることが多い。
しかし、女性は、
「誰でもいい(私でいい)」
という。
結果、この仕事は、私が担当することに。
“うまくいけば、この面倒な作業を他のスタッフに押しつけられるかも”
と悪知恵を働かせていた私は一時消沈。
まだ何十分とたっていないのに、この仕事を明るくこなすことにしたことを忘れて不満を覚えてしまった。
しかし、本来、仕事があること・仕事ができるのはありがたいこと。
私は、感謝すべきことを不満に思ってしまう悪いクセをすぐに反省し、また、この仕事を明るくこなすことにしたこと思い出し、気を取り直して作業の話を進めた。
作業の日・・・
覚悟していたより、作業はスムーズにすすんだ。
そして、その労働は、一次消沈したことが恥ずかしいくらい軽くすんだ。
それは、女性が、ある程度の取捨基準を伝えただけで、それ以上のことは私の判断に任せてくれ、いちいち細かいことを言わなかったから。
私は、女性の意図を汲んで、判断に小さく迷うモノはいちいち女性の確認をとらず、廃棄用のビニール袋に放り込んでいった。
家の中からは、色々な不要品がでてきた。
特に目についたのは“男モノ”。
服や靴はもちろん、細かな持ち物にも男性用のモノがたくさんあった。
“男モノは全部捨てる”ということは、あらかじめ指示されていたため、私は、それらを躊躇わずビニール袋に入れていった。
ただ、気にならないことがなくもなかった。
そこには、女性が男と一緒に暮らししているような雰囲気がなかったから。
ま、そうは言っても、男女の別れなんてどこにでもあることだし、別れのかたちが様々あるのも当然のこと。
一緒に暮していた男が、事情あって、私物を置いて出て行ったのかもしれず・・・
私は、頭に野次馬を走らせながら、作業の手を動かし続けた。
そうして、しばらく黙々と作業。
ただ、次から次へと目の前に現れる男モノを前に、何も訊かないのも不自然なような気がした私は、
「随分、男モノがありますね・・・」
と、独り言っぽくつぶやいた。
すると、女性は、
「これ、全部、彼のモノだったんです・・・」
と、それまでの明るい口調からトーンを落とし、神妙な表情で小さく溜息をついた。
“やっぱ、そうか・・・”
と、女性の言葉にあった“過去形”に確信を得た私は、
“余計なこと、訊いちゃったな・・・”
と、気マズさを覚えながら手綱をとって、頭の野次馬がこれ以上走らないようにした。
ところが、女性と“彼”の別れは、私が想像していたかたちではなかった・・・
「昨年、亡くなったんです・・・急に・・・」
女性は、言葉を落とすようにつぶやいた。
“生と死は隣り合わせ”
“人は、いつ死んでもおかしくない状況で生かされている”
なんて、普段から知った風なことを言っているクセに、若年という先入観が働いていたこの時の私の頭には“死別”というかたちがまったく用意されておらず、女性に、何も言葉を返すことができなかった。
聞けば・・・
女性は、“彼”とこのマンションで10年近く同棲。
「同棲」という言葉は女性が使ったものだが、そう言ったところをみると籍は入れてなかったよう。
いわゆる“内縁関係”“事実婚”というかたちだ。
まぁ、“籍”なんてものは、つくられた型に過ぎない。
もともとは、政を治める者の都合でつくられた支配制度。
今は、意識付けと利便性を求めた社会制度。
あとは、浮気の抑止力になるかどうかといったところか。
どちらにしろ、男女の愛とか情といったものを否定できるものではない。
そんなパートナーの“彼”・・・
ある日の朝、
「体調が優れない・・」
と言いながらも、いつも通り仕事に出かけた。
そして、いつも通り、仕事に励んだ。
ところが、その日の午後、勤務先の会社で急に倒れ、そのまま意識不明に。
そして、数日後、意識は戻らぬまま、帰らぬ人となってしまったのだった。
それから、約一年。
女性は、この部屋で、一人で暮らし続けた。
“彼”との想い出を背負い、部屋に残る“彼”のモノもほとんど始末できないまま。
女性が、深い悲しみに打ちひしがれたこと、寂しくて辛い日々を過ごしたこと、そして、なかなかそこから抜け出すことができなかったことは、聞かなくても想像できた。
そんな中、いわゆる“カープ女子”の友人が野球観戦に誘ってくれた。
しかし、女性は、野球なんてまったく興味はなく、プロのチーム数やチーム名はもちろん、ルールさえ知らず。
それでも、“気晴らし・気分転換になれば”と思い、その誘いに乗ってみた。
そして、友人ともども、真っ赤に染まるレフトスタンドに赤いユニフォームを羽織って座った。
初めて行った野球場には、目を見張るものがあった。
その広さ、その彩り、そのプレー、その演出、その歓声、その迫力・・・
何万もの人が集まって一つのことに集中するエネルギーはすさまじく、女性は、それまで体験したことがない熱気と興奮に包まれた。
そして、人々が喜怒哀楽の感情を露に、そのひと時を楽しむ姿は、日常の世界で目にする人々や自分の姿とはまったく異なりイキイキとしたもので、心躍らされるものがあった。
と同時に、その心に沸々と湧いてきた想いがあった。
それは、「残りの人生を楽しもう!」というもの。
そして、その想いは、日を追うごとに深々と心に刻まれていき、女性に再出発する勇気と希望を与えていったのだった。
あれから、しばらくの時がたった・・・
新しい生活は、女性の勇気と希望に応えてくれただろうか・・・
寂しさと悲しみを想い出に変えることができただろうか・・・
残された日々を楽しめているだろうか・・・
過ぎ行く時間のなかで、女性の顔も女性の声も遠くにかすみ、ほとんど忘れてしまった。
ただ、
「残りの人生を楽しもうと思う」
その言葉だけは、昨日のことのように思い出せる。
そして、私は、女性のそれが叶っていることを想い、また、自分のそれが叶うことを願っているのである。
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