つい先日、一件目の現場から二件目の現場に行く途中のこと。
通りはかなり渋滞しており、車は、ノロノロ動いたり止まったりの繰り返し。
それに退屈した私はスマホを手に取り、自分で撮った写真を開き 思い出を楽しんでいた。
すると、“ピピーッ!!”と笛の音が。
スマホを手にした姿が、歩道をパトロール中の警官の目にとまったのだった。
とっさのことで少々慌てた私だったが、すぐに状況を把握。
「ハァ~・・・ついてねぇな・・・」
と、溜息まじりに苦笑い。
しかし、運転中にスマホを手にしたのは事実。
端から抵抗するつもりはなく、
「ルールはルールですからね・・・」
と、素直に非を認め、指示通りに路肩に車をとめた。
そんな私の態度が意外だったのか、警官は、同僚を呼ぶ無線で
「当人は認めています!認めています!」
と、ややハイテンションで業務連絡。
そして、言われる前に車検証と免許証を差し出した私に(←違反キップに慣れている)、
「お仕事中、申し訳ありません・・・急いで済ませますから・・・」
と、どっちが悪者なのかわからないくらい腰を低くした。
聞くところによると、運転中の携帯電話については、それを認めない人が多いらしい。
長時間に渡って揉めることも珍しいことではないとのこと。
確かに、スピード違反や飲酒運転と違って、携帯電話の使用は客観的に計測できるものではない。
しかも、明るい外から暗い車内は見えにくく、明らかに耳に当てていれば別だけど、そうでなければ判断しにくい。
となると、証拠写真でもないかぎり言い逃れができそうな気もしてくる。
だから、違反を認めないで抵抗する人が多いのではないかと思う。
私もスマホを耳に当てていたわけではなく、ただ手に持っていただけ。
しかも、外からは見えにくい低い位置で。
抵抗しようと思えばできたかもしれない。
警官も「多分、抵抗するだろう」と思っていたよう。
しかし、そこは小心者の私。
権力に抵抗できるほどの意気地は持ち合わせておらず、あっさり白旗をあげたのだった。
罰金は¥6,000・・・普段の節約生活が水の泡・・・
財布の都合で我慢している“にごり酒”が三升弱買える金額。
トホホホホ・・・溜息まじりの苦笑いしかでない。
しかし、思い直してみると、一年で5~6万km車を運転する私。
運転しない日は、年に数える程度。
そんな私には、交通事故のリスクが常につきまとっている。
それを考えると、今回も物損事故や人身事故じゃなかっただけよかった。
私は、
「ドンマイ!ドンマイ!」
と、自分を慰めながら、次の現場に向かって気持ちを入れ替えた。
「また でちゃいまして・・・」
「隣近所から苦情がきてまして・・・」
「ニオイがでてるみたいなんです・・・」
何度か仕事をしたことがある不動産管理会社から、そんな電話が入った。
現場は、郊外の賃貸マンションの一室。
時季は、酷暑の夏。
ニオイを嗅ぎたくないのだろう、管理会社の担当者は現場の部屋に近づきたがらず。
「大丈夫ですよ・・・フツーの人はそうですから、気にしないで下さい」
その心情は充分に理解できたので、私は担当者のそう声をかけ部屋の鍵を預った。
そして、一人、エレベーターに乗り上の部屋に向かった。
エレベーターを降りると、例の異臭はすぐに私の鼻に飛び込んできた。
共用廊下の片側は建物だけど、反対側はそのまま外で、充分外気に触れていた。
ただ、風向きが悪いのか、廊下全体がやたらとクサい!
「これじゃ、他の住人が黙ってるはずないよな・・・」
私は、これから入る部屋が至極凄惨な状態になっているであろうことを想像しつつ、目的に部屋に歩を進めた。
玄関前の異臭濃度は更に高かった。
近隣住民が置いたのだろう、その足元には、市販の芳香剤がいくつも並べられていた。
ただ、残念ながら、それは“焼け石に水”。
芳香剤のいい匂いは、玄関ドアの隙間から漏れ出る不快な臭いにかき消されていた。
更に、それだけでなく、ドアの隙間からはウジまでが這い出ていた。
「こりゃイカンなぁ・・・」
ウジを見つけた私は、思わずつぶやいた。
そして、ドアを開けた瞬間に這い出る奴等をどう始末しようか思案。
結局、周囲の様子を伺いながら小刻みにドアを開閉し、ドア付近を徘徊する連中を先に回収。
それから、特掃の下調べをするため、思い切って室内に飛び込んだ。
「うわぁぁ・・・凄いことになってんな・・・」
遺体系腐敗汚物は、無数のウジを泳がせながら畳三枚くらいの広さに流出。
オリーブオイルのような黄色の腐敗脂、赤ワインのような赤黒色の腐敗液、チョコレートのような黒茶色の腐敗粘度は重力にまかせて縦横無尽に拡散。
また、凄まじい悪臭が、無数のハエを遊ばせながら、肌にまで滲み込まんばかりの勢いで作業服に浸透。
私は、数分の時間を置くことなく“ウ○コ男”に変身したのだった。
亡くなったのは50代の男性。
病死で、死後約二週間。
真夏の出来事で、遺体はヒドく腐敗。
玄関から異臭がしだしたことで、近隣住民が異変を察知。
管理会社を通じて知らせを受けた警察が、人間の体をなしていない故人を発見したのだった。
部屋には、インシュリンの注射器や、たくさんの針・薬液があった。
どうも、故人は糖尿病を患っていたよう。
しかし、台所の床には、紙パックの日本酒と焼酎も並んでいた。
また、その隅には、折りたたまれたそれらの紙パックが、古新聞のようにきれいに積み重ねられていた。
医師から酒は止められていただろうに・・・それでも故人は、酒がやめられなかったようだった。
インシュリンを打ちながら酒を楽しむなんて、ある種の自殺行為・・・
それだけを見れば愚行にしか思えない・・・
しかし、人は、そんなに強くない・・・
人は弱い・・・
「いけないこと」と知りつつもやめられないことってある。
特に、酒やタバコといった嗜好品は、麻薬みたいな性質があるのだろう。
やめたくても なかなかやめられるものではない。
その辺の意志の弱さは私にも共通する。
当初は休肝日予定にしていても、
「休肝日は、また後日にしよう」
と、飲んでしまうこともしばしば。
また、もう充分に酔いが回っているのに、
「もう一杯くらいいいだろう・・・」
と、翌朝の後悔がわかっているのに負けてしまう。
挙句の果てには、
「一度きりの人生、楽しまなきゃもったいない」
と、大袈裟ないい言い訳をして自分の弱さを誤魔化す。
私は、そんな自分と自分が想像する故人像を重ね、故人に対して妙な親近感を覚えたのだった。
故人の部屋は至極凄惨。
更に、ムンムンに熱されたサウナ状態。
その暑苦しさはハンパなものではない。
しかも、相手は重篤な遺体系腐敗汚物と無数のウジ・ハエ。
だけど、「恐い」「気持ち悪い」等と弱音を吐いていては仕事にならない。
とにかく、自分の意思なんか放っておいて、義務的に、事務的に身を投じるしかない。
作業に入ると、そのうちに無我夢中になり、自分が何者なのかわからなくなってくる。
職務を負った会社人から、ただの人間になってくる。
もちろん仕事でやっているのだけど、次第にその域を越えてくる。
腐敗汚物との戦いが、自分との戦い、生きることとの戦いに変わってくる。
すると、自分自身が雑巾のようになる。
自分自身をボロ雑巾のようにしてこそ前に進める。
腐乱死体現場を描写すると、どうしても、暗く悲惨な表現ばかりになってしまう。
だけど、これが偽りない事実だから、どうしたって明るく華やかには描けない。
ただ、故人だって、こうなりたくてなったわけではないはず。
自殺という死に方に故意があることは認めざるをえないけど、孤独死(自然死)に故意は認められない。
「一人で死んでやる」なんて思いながら暮らしている人は、まずいないはず。
また、「酷く腐ってやる」なんて思っている人も。
管理会社、大家、近隣住民に迷惑をかけることになってしまったことも不本意のはず。
“ゆるされる”とか“ゆるされない”といった類のことは結論を得ることができないけど、少なくとも悪意はなかったはずである。
「こうなりたくてなったわけじゃないですよね・・・」
こんな現場で腐敗汚物と格闘する私は、心の中で、勝手に故人に話しかける。
もちろん、返事はない。
けど、
「もちろん!」
と、そんな声が返ってくるような気がする。
と同時に、
「ヨロシクたのむよ!」
という声も聞えてくるような気がして、一人でやる過酷な特殊清掃を何かの力(故人の力?)が支えてくれるような気がしてくる。
そして、私は、それに応えるように、
「ドンマイ!ドンマイ!」
と、誰もが恐怖する凄惨な痕を残してしまった故人に、そしてまた、誰もが嫌悪する日陰に生きている自分に、そう声をかけるのである。
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