初老の男性から特掃の依頼が入った。
現場は古いマンション、トイレで腐乱していたらしい。
故人は年配の女性で身寄りがないらしく、依頼者の男性は「生前の故人に世話になった者」ということだった。
腐乱場所が風呂やトイレの場合、かなり酷い状態になっていることがほとんど。
私は、今までの経験から、相応の覚悟を持って現場に向かった。
依頼者の男性は、その息子と現場に現れた。
息子は、そこに連れて来られた意味が分からなそうにして戸惑いの表情を浮かべていた。
そして、腐乱現場にはビビっているようだった。
臆せず部屋に入る私と男性、息子はその後ろを恐る恐るついて来た。
男性との世間話から、故人は生涯独身・子供もなく、今で言う「キャリアウーマン」だったことが伺えた。
故人が女性と分かり、急に男性との関係が気になり始めた下衆な私だった。
さて、汚染場所に案内された私は驚いた。
予想していた状況とは逆で、軽い腐敗臭はするものの腐敗液・腐敗粘土の類が見当たらなかったのだ。
明らかに誰かが掃除をした後だった。
「ここで亡くなっていたんですよ」
と、男性はトイレと脱衣場を指しながら、
「でも、発見が遅れてしまって・・・」
と、後ろめたそうに言葉を濁した。
確かに、よく観察すると木部にシミや隅々に汚染痕が確認できた。
しかし、そこは私の出る幕ではないくらいに掃除されていた。
「ここは清掃されてますよね?」
「ええ」
「どなたが掃除されたんですか?」
「私です」
「!・・・よくここまできれいにされましたね」
「いえいえ・・・」
「大変だったでしょう?」
「でも、私にはやらなきゃいけない訳がありますから・・・」
「?・・・ところで、私は何をやればいいですか?」
私は、男性が掃除したと聞いて感心した。
汚染痕から想像するに、ライトな腐乱だったとは思えなかったし、その清掃作業の大変さは誰よりも分かっているので。
男性が一人で掃除している姿を思い浮かべると、ホント、頭が下がる思いだった。
男性の要望は、腐敗痕と腐敗臭を完全に消して欲しいとのことだった。
これ以上の清掃もあまり効果を期待できず、「要望に応えるには汚染箇所の解体撤去しかない」と判断、その旨を伝えた。
併せて、その費用を誰が負担するのかも確認(私にとっては大事なことなので)。
費用は全て男性が負担するとのことだった。
「清掃作業といい費用負担といい、身内でもないのにそこまで負うとは・・・」
ちょっと不思議に思った。
そして、嫌がる?息子をわざわざ連れて来ている訳も。
「何か、相応の事情があるんだろうな」
下衆の勘繰りに拍車がかかった。
数日後、汚染箇所の解体撤去を行う日。
男性は、また息子を伴って来た。
ビニールクロスを剥がしてみると、その下のベニア板には腐敗液が生々しく染み着いていた。
一時的に濃い腐敗臭が甦った。
ま、これはよくある状態。
壁も一部壊す必要があった。
隅々や細かい隙間にウジが潜んでいることがよくあるのだが、幸いここでは彼等と会うことはなかった。
汚染箇所を切り取るような作業は、特掃というより内装工事に近いものだった。
作業も終盤、悪臭のする廃材を片付ける私に、男性が意外なことを言ってきた。
つづく
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2006-09-07 08:38:29
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