特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

弱肉弱食 ~前編~

2009-12-25 09:24:35 | Weblog
今日はクリスマス。
聞くところによると、クリスマスを楽しみにしているのは、男性より女性の方が多いらしい。
多分、男性が女性をもてなす文化があるからだろう。
接待する側より、される側の方が楽しいのは当然のことだ。

何はともあれ、昨夜のイブを、飲んで騒いで楽しく過ごしたノンクリスチャンも多いことだろう。
そこで、日頃のストレスをいくらか発散することはできただろうか。
ちなみに、“私は・・・”というと、夕方遅くまで肉体労働に勤しみ、夜は一人静かに晩酌。
冷凍枝豆と安売りで買ったウインナーを肴に、答のでないことを考えながら・・・
嗜好とストレスが酒を誘い、飲めば飲むほど酔いは増し、酔えば酔うほど酒はすすみ・・・結果、結構な深酒をしてしまった。

どっちを向いても、ストレスを感じるこの人間社会。
楽しい気分を味わうことなんて滅多になく、多くの人が辛抱に辛抱を重ねながら生きている。
そうして頑張ってるんだから、クリスマスイブくらいは楽しく飲んで騒ぎたいよね。
その気持ち、よ~くわかる。
ただ、酒が効くのは、その時だけ。
醒めてしまえば、また厳しい現実と対峙していかなければならない。

多くの人が感じている通り、ここ何年も、世の中の景気は悪いまま。
目に映る光景も耳に入ってくる情報も、暗いものが多い。
“景気のせいでケーキも買えない”なんて、洒落にならない現実もあるよう。
そんな社会にいて、「生きにくい世の中になってきた」と、つくづく思う。
そして、先のことを考えると、不安感・失望感が期待・希望を覆い隠してしまう。

空気は殺伐とし、皆が、乾いた人間関係を求める時代。
一体、この先、この社会は、どうなっていくのだろう。
自分一人が生きていくのがやっとで、人に他人を顧みる余裕がなくなってきているのは確か。
そして、人が人を食い・人が人から食われるようになっている。
人の良心は野心に変わり、薄い情は剥がれ、理性は本性を抑えられなくなりつつある。
目に見えるものは高度に発展、生活は便利になりながらも、人は、きれいごとを吐くことさえ億劫がり、その品性は、肉食動物のように退化。
“食う立場になれ!”“食われる立場になったらおしまい”
子供達にはそんな教育がなされ、その道から脱落した者が、社会にでて餌になる・・・
そして、弱い者は、更に弱い者を狙って牙をむく・・・
そんな時代を生き抜くため、この乾いた・冷たい空気の中、皆が必死に戦っている。


特掃の依頼が入った。
依頼者は、若い女性。
「妹のマンションがヒドイことになっているから、片付けてほしい」
という内容の依頼だった。
ただ、単に、“ヒドイことになっている”と言っても、その一言だけでは、具体的に何がどうなっているのか分からない。
私は、その状態を確認すべく、いくつかの質問を投げかけた。

「間取りはどれくらいですか?」
「1Rです」
「ゴミが溜まってるんですか?」
「はい・・・」
「どんなモノがどれくらいあるかわかりますか?」
「多分、色んなモノが混ざってると思います・・・」
「床は、見えてますか?」
「ところどころは見えてると思いますけど・・・」
「中をご覧になりました?」
「いえ、玄関を開けただけで、中には入ってないんです・・・」
「そうですか・・・」
私の質問に対して、女性の返答は歯切れの悪いものだったが、室内を見ていないのでは仕方がない。
また、ゴミを溜めてしまった本人が他人のフリをして片付けを依頼してくることは珍しいことではないので、私は、そのことには触れないで話を事務的に進めることにした。

「ニオイはどうですか?」
「(ニオイは)あります・・・」
女性が即答したことから、私は、結構な濃度の異臭が充満していると判断。
それから、過去に経験したゴミ部屋からこの現場と似ていそうな所を拾い出し、頭に思い浮かべた。

「それ以外に問題はありますか?」
「・・・あと・・・猫を飼ってまして・・・」
部屋には、5匹の猫がいるという。
1Rに5匹は多いと思ったが、ゴミ屋敷に猫がいるなんてことは珍しくなかったので、私は気にもしなかった。

「玄関を開けた瞬間に、猫が飛び出してきませんかね?」
「大丈夫だと思います・・・多分・・・」
私は、部屋を訪問した際に猫が外に飛び出すことを警戒。
逃げられてしまっても責任が持てないことを伝え、女性にそれを了承してもらった。

「一度、現地を見せていただきますけど、いつ伺えばよろしいですか?」
「いつでもかまいません・・・鍵は開けておきますから・・・」
女性は、現地調査に立ち会いたくなさそう。
“都合にいいときに勝手に入っていい”とのことだった。

「ところで、妹さんは?」
「・・・入院してます・・・」
部屋の主が女性の妹である以上は、後々のトラブルを防ぐためにも本人の所在を確認しておく必要がある。
私は、女性がどう返答するかわかってはいたものの、念のために訊いておいた。


現地調査の日・・・
訪れたのは、単身者向けの小規模マンション。
建てられてからそんなに経っていないようで、今風のきれいな建物だった。

「オートロックか・・・」
聞いていた通り、マンションはオートロック式。
鍵を持たない私は、女性に教えられた通り、建物の裏側に回った。

「ここだな」
そこは、マンションの住人しか使わない勝手口。
日中は、ほとんど開いているそうで、鍵を持たない私はそこから中に入り目的の部屋まで階段を上がった。

「ふぅ~・・・」
玄関ドアをほんの少しだけ開け、鍵がかかっていないことを確認。
そして、一旦閉じてから深呼吸し、心の準備を整えた。

「うぁ~・・・かなり臭うなぁ・・・」
玄関を開けると、いきなりの悪臭。
熟成された生活ゴミの臭いと強烈なネコ臭が混ざり合い、独特の悪臭を醸成させていた。

「早く閉めないと・・・」
近隣に迷惑をかけてはマズイ。
私は、ドアを閉めるため、玄関に一歩足を踏み入れた。

「電気、電気・・・」
私は、玄関上の電気ブレーカーをUP。
しかし、電灯はつかず。
電気料金の滞納が原因だろう、元線が外されており電気を通すことはできなかった。

「なんか、不気味・・・」
室内は薄暗。
しかも、どこからネコが飛び出してくるかわからない。
私は、お化け屋敷にでも入ったような緊張感を覚え、なかなか玄関から先に進むことができなかった。

「ヒドイなぁ・・・こりゃ・・・」
玄関から見える範囲は、すべてガラクタとゴミだらけ。
床は、ほとんど見えておらず。
更には、一面にネコの毛が飛散し、糞が散乱していた。

「はぁ・・・食物ゴミもそのままか・・・」
すぐ脇の流し台には、弁当容器・空缶・カップ麺容器・食器・調理器具etcが山積み。
同じゴミでも、食物ゴミが混ざっているのといないのでは、かかる労力と精神力が違う。
私は、大量の腐り物がないことを願いながら、前進のために溜息を吐き切った。

「食いっぱなしか・・・フライドチキン・・・」
流し台下の床に、骨らしき物体。
私だって、たまにフライドチキンは食べる(ちなみに、好物)。
ゴミの中にチキン骨があったって、何の不思議もなかった。

「???・・・※○※△※□※!!!」
何も考えずそれを拾い上げた私は、言葉にならない悲鳴を上げた。
と同時に、稲妻のような悪寒に身を震わせ、その場に硬直したのであった。
つづく







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