2010年12月31日、金曜日。
大晦日の東京は晴天。日向にいれば少しは暖かい。
しかし、残念ながら、私の気分は曇ったまま。そして、凍えている。
そうは言っても、晴れ間がないわけではない。
一時的ながら、雲の切れるときがある。
寒い今だからこそ、その分だけ空気は澄み、暗い今だからこそ、その分だけ青い空はきれいに映る。
心は空に映り、空は心に映る。
曇る日もあれば、雨の日もある。
雪も降れば、風も吹く。
晴れた日ばかりじゃないのは、自然の摂理、自然の知恵。
人生も、また同じ。
明暗寒暑それぞれに、はかり知ることのできない意味がある。
毎年のことだけど、今年も色んなことがあった。
色んな人との、色んな死との出合いがあった。
色んなことを教えられ、色んなことを感じ、色んなことを考えさせられた。
気持ちが落ちたこと、気分が浮かなくなったこと、ブルーな気分を引きずったこともあった。
もちろん、嬉しかったこと、楽しかったこともたくさんあった。
この経験が、この先にどう表れてくるものか、この経験を、来年にどう生かせばいいのか・・・
毎年、大晦日には、こんな感慨が湧いてくる。
今年は今年なりに、一生懸命にやってきたつもり。
しかし、仕事において、その必死さは、昨年よりも劣るように思える。
「休みなく働くこと」と「必死に・一生懸命に働くこと」は同義ではないと思うけど、何となく自分に甘くしてしまったように思える。
まだまだ、楽していい歳ではないはずなのに。
私に余計な思い煩いが多いのは、この辺にも原因がありそうだ。
でも、まぁ、浮かべた笑顔は昨年より多かったと思える分、幸せかもしれない。
現地調査の依頼が入った。
現場は、“孤独死+腐乱”。
亡くなったのは、50代の男性。
依頼者は、「知人」と名乗る中年声の女性で、「正式な依頼人ではない」とのこと。
私は怪訝に思ったが、細かいことは現地を見た後に確認することにして、現地調査の日時を女性と約した。
現場は、ある程度の築年数を感じさせる大規模マンション。
依頼者の女性は、約束の時刻を前に現れた。
女性は、どこか落ち着かない様子。
私に対して悪い態度をとることはなかったものの、その感情には、日常にないザワつきがあることが伺えた。
そしてまた、女性には、故人の死を悼んでいる様子はなし。
それどころか、もう何年も故人の存在すら忘れていたみたいで、本件に関わらざるをえないことがかなり迷惑そう。
「さっさと部屋を片付けて、売却処分するつもり」と、この後始末を早く終えたいようだった。
女性は、故人の元妻。
故人とは、20年数年前に結婚。
しかし、平和な結婚生活は長くは続かず、数年で離婚。
二人の間には男児が一人いたが、まだ幼かったこともあって、女性が養育することに。
その後、二人の間には、事務的な手紙のやりとりが数回あったのみ。
顔を合わせることや電話を交わすことはなく、近年はずっと音沙汰なしの状態が続いていた。
幼かった息子は、父親(故人)とは会うことなく成長。
そして、故人の死によってその法定相続人となった。
しかし、当人は、仕事の都合で海外に暮らしており、相続についての実務が担えず。
そこで、本来は相続権のない女性が、相続権者である息子の代理として動いていたのであった。
このマンションは、二人が結婚して間もない頃、新築で買ったもの。
大手施工の建物で、購入時の金額は安くなかったよう。
二人が別れて以降は、故人が一人で暮らしながらローンを払い続けていた。
女性は、間取りこそ記憶していたものの、具体的な状況は把握しておらず。
警察もまた、室内の様子を説明したうえで、“入らない方がいい”と女性に忠告した。
警察は、遺体の回収と同時に、財布と通帳・カードなどの主だった貴重品も回収。
遺体との面会は勧められなかったが、貴重品類は受け取るように促された。
ただ、それ以外の貴重品が部屋にあるかどうかまでは不明。
女性は、「たいした物はないはず」と興味なさそうで、また、それらを手に入れようとする気もさらさらなさそう。
結局、片付け作業の中で貴重品類がでてきたら取り避けておくことにして、私は、本件を任されることになった。
特殊清掃は、その日のうちに施工。
そして、その数日後、室内物の撤去作業を実施した。
女性の言っていた通り、女性に引き渡した方がよさそうな貴重品類はほとんど出てこなかった。
ただ、取捨を迷ったものがないわけではなかった。
それは、TVラックにしまわれた数冊のアルバム。
その装丁はかなり古びており、年代物であることが一目瞭然・・・
チラッと中をめくると、中には何枚もの古い写真・・・
そこに写っていたのは、故人らしき若い男性、若かりし頃の女性、小さな男の子・・・
それは、家族三人が共に暮らしていた頃の写真なのだろう・・・皆が幸せそうな笑顔を浮かべていた。
私は、それを処分するかどうか迷った。
勝手に処分したからといって、文句は言われないはず。
そうは言っても、ひょっとしたら、“とっておきたい”と思うものかもしれない。
私は、しばらく、その取捨を迷い、結局、女性に確認することに。
間違って捨てないよう、少ない貴重品とともに押入れの隅に隔離した。
部屋を空にしてから数週間後・・・
室内には二十数年分の生活汚損は残ったものの、臭気は通常のレベルにまで回復。
請け負った作業が完了し、私は、空になった部屋で女性と再会した。
「とりあえず、請け負った作業は完了しましたので」
「ありがとうございます」
「この後、売却されるんですよね?」
「はい」
「少しでも高い値がつくといいですね」
「息子に決めさせますけど、多分、買って下さる方の言い値で処分することになると思います」
「そうですか・・・」
「もともと自分達のものではありませんし、息子にとっても思い入れがある部屋ではありませんから・・・」
女性にとって、そこは、元の自宅。
離婚して依頼、一度も訪れたことがなかったとはいえ、結婚当初の想い出がつまっているであろう部屋。
しかし、女性のサバサバとした態度は、最初に会ったときと変わりなかった。
「必要なものかどうかわかりませんけど・・・」
「???」
「部屋に写真がありまして・・・」
「写真ですか?」
「捨てていいものかどうか判断しかねたものですから・・・」
「・・・」
「いらなければ、処分しますけど・・・」
「写真ねぇ・・・」
女性は、怪訝の表情。
興味なさそうに、手渡した袋から一冊のアルバムを取り出した。
そして、無言のまま、ページをめくった。
「見たところ、昔の写真みたいですけど・・・」
「ですね・・・」
「どうです?必要なものですか?」
「んー・・・」
「いらなければ、回収していきますけど・・・」
「“いらない”って言えばいらないものですけど・・・」
「・・・」
「でも・・・せっかくですから、持って帰ります・・・ありがとうございます」
若き日の想い出が甦ったのだろうか、女性の表情はにわかに緩んだ。
そして、昔を懐かしむ心情が、その表情に見え隠れしはじめた。
一考の末、女性は、写真を持ち帰ることに。
わざわざアルバムを取り避けておいた私に義理立てしてくれたのかもしれなかったけど、女性は、どことなく嬉しそうな笑みを浮かべた。
そして、そんな女性の笑顔に、私は心をあたためられ、ひと仕事を終えたのだった。
今の私は、笑顔をつくれるような気分ではない。
外でみせるプラスティックスマイルも引きつり気味で、浮かない顔・力ない表情をしている。
明日からの2011年も、自分にどんなことが起こるのか、自分に何が待っているのか、“楽しみ”よりも“不安”の方が大きい。
しかし、楽しくたって苦しくたって、この現実は夢幻。
いくら浮いたって、いくら沈んだって、永遠の現実ではない。
いつか、夢幻の想い出に変わるのである。
“想い出”っていいもの。
私は、想い出をあたためるのが昔から大好きである。
そして、それを反芻することも。
忘れたくても忘れられないものもあれば、忘れたくなくても忘れてしまうものもあるけど、それがしまってある引き出しは自分で選べる。
笑顔の想い出だけを取り出すことができる。
そして、そんな想い出は、今と未来をあたためてくれる・・・自分を癒し、励ましてくれるのである。
隊長最後の2011年に一つでも多くの笑顔が残せるよう、今宵は、好きな酒でもゆっくり飲んで、冷えた心をあたためよう・・・
笑顔の想い出を肴にして。
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大晦日の東京は晴天。日向にいれば少しは暖かい。
しかし、残念ながら、私の気分は曇ったまま。そして、凍えている。
そうは言っても、晴れ間がないわけではない。
一時的ながら、雲の切れるときがある。
寒い今だからこそ、その分だけ空気は澄み、暗い今だからこそ、その分だけ青い空はきれいに映る。
心は空に映り、空は心に映る。
曇る日もあれば、雨の日もある。
雪も降れば、風も吹く。
晴れた日ばかりじゃないのは、自然の摂理、自然の知恵。
人生も、また同じ。
明暗寒暑それぞれに、はかり知ることのできない意味がある。
毎年のことだけど、今年も色んなことがあった。
色んな人との、色んな死との出合いがあった。
色んなことを教えられ、色んなことを感じ、色んなことを考えさせられた。
気持ちが落ちたこと、気分が浮かなくなったこと、ブルーな気分を引きずったこともあった。
もちろん、嬉しかったこと、楽しかったこともたくさんあった。
この経験が、この先にどう表れてくるものか、この経験を、来年にどう生かせばいいのか・・・
毎年、大晦日には、こんな感慨が湧いてくる。
今年は今年なりに、一生懸命にやってきたつもり。
しかし、仕事において、その必死さは、昨年よりも劣るように思える。
「休みなく働くこと」と「必死に・一生懸命に働くこと」は同義ではないと思うけど、何となく自分に甘くしてしまったように思える。
まだまだ、楽していい歳ではないはずなのに。
私に余計な思い煩いが多いのは、この辺にも原因がありそうだ。
でも、まぁ、浮かべた笑顔は昨年より多かったと思える分、幸せかもしれない。
現地調査の依頼が入った。
現場は、“孤独死+腐乱”。
亡くなったのは、50代の男性。
依頼者は、「知人」と名乗る中年声の女性で、「正式な依頼人ではない」とのこと。
私は怪訝に思ったが、細かいことは現地を見た後に確認することにして、現地調査の日時を女性と約した。
現場は、ある程度の築年数を感じさせる大規模マンション。
依頼者の女性は、約束の時刻を前に現れた。
女性は、どこか落ち着かない様子。
私に対して悪い態度をとることはなかったものの、その感情には、日常にないザワつきがあることが伺えた。
そしてまた、女性には、故人の死を悼んでいる様子はなし。
それどころか、もう何年も故人の存在すら忘れていたみたいで、本件に関わらざるをえないことがかなり迷惑そう。
「さっさと部屋を片付けて、売却処分するつもり」と、この後始末を早く終えたいようだった。
女性は、故人の元妻。
故人とは、20年数年前に結婚。
しかし、平和な結婚生活は長くは続かず、数年で離婚。
二人の間には男児が一人いたが、まだ幼かったこともあって、女性が養育することに。
その後、二人の間には、事務的な手紙のやりとりが数回あったのみ。
顔を合わせることや電話を交わすことはなく、近年はずっと音沙汰なしの状態が続いていた。
幼かった息子は、父親(故人)とは会うことなく成長。
そして、故人の死によってその法定相続人となった。
しかし、当人は、仕事の都合で海外に暮らしており、相続についての実務が担えず。
そこで、本来は相続権のない女性が、相続権者である息子の代理として動いていたのであった。
このマンションは、二人が結婚して間もない頃、新築で買ったもの。
大手施工の建物で、購入時の金額は安くなかったよう。
二人が別れて以降は、故人が一人で暮らしながらローンを払い続けていた。
女性は、間取りこそ記憶していたものの、具体的な状況は把握しておらず。
警察もまた、室内の様子を説明したうえで、“入らない方がいい”と女性に忠告した。
警察は、遺体の回収と同時に、財布と通帳・カードなどの主だった貴重品も回収。
遺体との面会は勧められなかったが、貴重品類は受け取るように促された。
ただ、それ以外の貴重品が部屋にあるかどうかまでは不明。
女性は、「たいした物はないはず」と興味なさそうで、また、それらを手に入れようとする気もさらさらなさそう。
結局、片付け作業の中で貴重品類がでてきたら取り避けておくことにして、私は、本件を任されることになった。
特殊清掃は、その日のうちに施工。
そして、その数日後、室内物の撤去作業を実施した。
女性の言っていた通り、女性に引き渡した方がよさそうな貴重品類はほとんど出てこなかった。
ただ、取捨を迷ったものがないわけではなかった。
それは、TVラックにしまわれた数冊のアルバム。
その装丁はかなり古びており、年代物であることが一目瞭然・・・
チラッと中をめくると、中には何枚もの古い写真・・・
そこに写っていたのは、故人らしき若い男性、若かりし頃の女性、小さな男の子・・・
それは、家族三人が共に暮らしていた頃の写真なのだろう・・・皆が幸せそうな笑顔を浮かべていた。
私は、それを処分するかどうか迷った。
勝手に処分したからといって、文句は言われないはず。
そうは言っても、ひょっとしたら、“とっておきたい”と思うものかもしれない。
私は、しばらく、その取捨を迷い、結局、女性に確認することに。
間違って捨てないよう、少ない貴重品とともに押入れの隅に隔離した。
部屋を空にしてから数週間後・・・
室内には二十数年分の生活汚損は残ったものの、臭気は通常のレベルにまで回復。
請け負った作業が完了し、私は、空になった部屋で女性と再会した。
「とりあえず、請け負った作業は完了しましたので」
「ありがとうございます」
「この後、売却されるんですよね?」
「はい」
「少しでも高い値がつくといいですね」
「息子に決めさせますけど、多分、買って下さる方の言い値で処分することになると思います」
「そうですか・・・」
「もともと自分達のものではありませんし、息子にとっても思い入れがある部屋ではありませんから・・・」
女性にとって、そこは、元の自宅。
離婚して依頼、一度も訪れたことがなかったとはいえ、結婚当初の想い出がつまっているであろう部屋。
しかし、女性のサバサバとした態度は、最初に会ったときと変わりなかった。
「必要なものかどうかわかりませんけど・・・」
「???」
「部屋に写真がありまして・・・」
「写真ですか?」
「捨てていいものかどうか判断しかねたものですから・・・」
「・・・」
「いらなければ、処分しますけど・・・」
「写真ねぇ・・・」
女性は、怪訝の表情。
興味なさそうに、手渡した袋から一冊のアルバムを取り出した。
そして、無言のまま、ページをめくった。
「見たところ、昔の写真みたいですけど・・・」
「ですね・・・」
「どうです?必要なものですか?」
「んー・・・」
「いらなければ、回収していきますけど・・・」
「“いらない”って言えばいらないものですけど・・・」
「・・・」
「でも・・・せっかくですから、持って帰ります・・・ありがとうございます」
若き日の想い出が甦ったのだろうか、女性の表情はにわかに緩んだ。
そして、昔を懐かしむ心情が、その表情に見え隠れしはじめた。
一考の末、女性は、写真を持ち帰ることに。
わざわざアルバムを取り避けておいた私に義理立てしてくれたのかもしれなかったけど、女性は、どことなく嬉しそうな笑みを浮かべた。
そして、そんな女性の笑顔に、私は心をあたためられ、ひと仕事を終えたのだった。
今の私は、笑顔をつくれるような気分ではない。
外でみせるプラスティックスマイルも引きつり気味で、浮かない顔・力ない表情をしている。
明日からの2011年も、自分にどんなことが起こるのか、自分に何が待っているのか、“楽しみ”よりも“不安”の方が大きい。
しかし、楽しくたって苦しくたって、この現実は夢幻。
いくら浮いたって、いくら沈んだって、永遠の現実ではない。
いつか、夢幻の想い出に変わるのである。
“想い出”っていいもの。
私は、想い出をあたためるのが昔から大好きである。
そして、それを反芻することも。
忘れたくても忘れられないものもあれば、忘れたくなくても忘れてしまうものもあるけど、それがしまってある引き出しは自分で選べる。
笑顔の想い出だけを取り出すことができる。
そして、そんな想い出は、今と未来をあたためてくれる・・・自分を癒し、励ましてくれるのである。
隊長最後の2011年に一つでも多くの笑顔が残せるよう、今宵は、好きな酒でもゆっくり飲んで、冷えた心をあたためよう・・・
笑顔の想い出を肴にして。
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