特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

崖っぷち

2020-06-18 09:01:26 | ゴミ部屋 ゴミ屋敷
ある日の深夜、電話が鳴った。
「掃除をお願いしたいんですけど・・・」
声の感じからすると、30代くらいに思われる女性。
「知り合いに部屋を貸していたら、汚されてしまって・・・」
訊きもしないのに、そういって語尾を濁した。

これまで、似たような電話を何本も受けてきた私は、“知り合いに部屋を貸していたら・・・”というセリフにピンときた。
これは、よくあるパターン・・・ほとんどのケースで、それはウソ。
昼間でもいいはずなのに、間夜中にかけてくるというのも不自然。
他人がしでかしたことなら尚更。
実のところ、ゴミ部屋をつくったのは、知り合いでも何でもなく本人。
それが、羞恥心に耐えられず、第三者のフリをするのである。
ただ、そこのところは、契約前の電話問い合わせに影響するものではないから、真に受けたフリをして話を聞くのが、ある種の礼儀なのである。

また、夜中の電話は、“急を要している”ということを示唆している。
緊急事態でなければ、寝静まっている夜中にわざわざ電話してこなくてもいいはずだから。
もちろん、その事情は色々ある。
腐乱死体、自殺、汚物嘔吐、汚水漏水、動物死骸、トイレ掃除etc・・・
中には、「ゴキブリが出た!」といった、呆れた電話もある。
夜遅く、飲んだ帰り道、もよおしてきてしまい、どうしても我慢ができず、通りすがりのマンションの物陰で脱糞していたところを住人に見つかって警察に通報された人もいた。
で、住人から「すぐに掃除と消毒をしろ!」と言われて、当方に電話してきたのだ。
悪意ではなく便意が問題を引き起こしたわけで・・・本人は困り果てているにも関わらず、その時は、同情心とおかしさが同時に込みあげてきた。

ただ、この女性の依頼はこの類にあらず。
経験にもとづいて推察したところ、現場は“ゴミ部屋”。
しかし、ゴミなんて、数週間くらいでは、たいした量にはならない。
相当な量に達するには、相応の年月・月日がかかる。
長期間で出来上がるものだから、“急を要する”なんてことは考えにくい。
とはいえ、それが、いきなり、緊急事態に陥ることが、ままあるのである。

それは、建物設備の定期点検。
分譲・賃貸問わず、一般のマンションならどこでも行われているもの。
そして、そういうものは、事前に通知される。
共用部の場合は、理事会を通して各住人に口頭伝達されると同時に、エントランスの掲示板やエレベーター内に掲示告知される。
そして、専有部の場合は、当該住人に個別に通知され日時調整がなされる。
マンション全体のメンテナンスに関わることだから、住人は個人の事情でそれを拒むことはできない。
点検業者と都合を合わせての在宅が原則だけど、仕事等で在宅できない場合は、入室承諾書等を書いて入室を許可する運びとなる。

しかし、女性は、これを無視し続けてきたのだろう。
一方の管理会社だって素人ではなく、これを不審に思わないはずはない。
頑なに点検を拒み続けるには、それなりの理由があることくらい容易に想像できる。
そして、その“理由”とは、“部屋が、人に見られたらマズイ状態になっているから”ということも。
漏電・漏水・ペット・異臭騒ぎetc・・・事故でも起こって、管理責任を問われると管理会社も困る。
必要に迫られた管理会社は、結局、「不在の場合は合鍵を使って入る」と、女性に最終通告を発したものと思われた。

最後通告は、入室予定の何日も前、余裕をもった日付が設定されたはず。
“通告の翌日に入室”なんて急なことはなかったと思う。
しかし、女性の怠惰な性分は変わらず。
一時的に慌てただけで、直ちにアクションを起こすことなく、その結果、ジリジリと崖っぷちへ。
そして、ギリギリになってようやく尻に火がつき、ネット検索。
作業してくれそうな業者をシラミ潰しに当たり、そうしてヒットしたうちの一つが当社だったのだろう。

“年貢の納め時”がきたのか・・・
ゴミ部屋が発覚すると、大家や管理会社を巻き込んでの大騒動に発展する。
早急にゴミを片づけさせられることはもちろん、清掃消毒、リフォーム等、原状回復の責任を負わされ、挙句には追い出されてしまう。
そういった一連のプレッシャーが圧し掛かっているだろう、女性は、ヒドく焦っている様子。
「いくらかかりますか?」
「いつ来てもらえますか?」
と、しきりに費用と工期を訊いてきた。

現場を見ないで作業内容や料金を提案することは困難。
また、現場を見ないでの見積は、後々でトラブルが発生するリスクが高い。
で、当社の場合、余程の簡易作業でないかぎり電話見積には応じていない。
そうは言っても、大まかな作業内容や概算費用くらいは応えないと、問い合わせてきた相手の期待を裏切ることにもなりかねない。
そのため、相手の要望によっては、電話の段階でも、現場の状況をできるかぎり詳細に把握する必要がある。
この案件のそうで、現地調査・見積提出をする以前に、要望の作業が責任をもって施工できるかどうかも判断しなければならなかったので、私は、その事情を説明したうえで、現地の詳細を聞き出そうと、細かな質問を投げかけた。
もちろん、女性が第三者であることを鵜呑みにしたフリをしたままで。

この女性もそうだったが、こういったケースの案件で、大方の人は、はじめのうちは軽症を臭わせる。
これには、ある種、交渉に入る前のウォーミングアップのような意味があり、業者が、どういう反応を示すのかを確かめるため、あと、早い段階で断られないようにするためだと思われる。
女性も、始めは、「浴室とトイレがちょっと汚れてまして・・・」と控えめな説明からスタート。
しかし、私の想像通り、それは、質疑応答をすすめるにしたがって変容。
これまた、私の想像通りの実状が、徐々に明るみになってきた。

やはり、状況は深刻。
部屋には、長年のゴミが堆積、結構なゴミ部屋になっている模様。
床が見えていないことはもちろん、結構な高さまで積み上がっているよう。
食べ物ゴミ、衣類、雑誌等々・・・本来なら、日々、家庭ゴミとして出されるべき生活ゴミが、そのまま溜まっていた。
とりわけ深刻なのが、トイレと浴室。
糞尿系の汚物や生理用品等、不衛生度が高いゴミはそこへ集められていた。
ビニール袋に入れた糞尿が、いくつも突っ込んであるらしい。
相当量に達しているだけでなく、悪臭も充満。
破れたビニール袋もたくさんあるはずで、かなり悲惨な状況になっているのは容易に想像できた。

“ゴミを片づけさえすれば問題は解決する”と思っていたら大間違い!
ゴミを撤去しても、部屋は、再び以前のような姿で現れることはない。
床も壁も内装建材には、相応の汚染・汚損が残り、水廻りもサビ・カビだらけでボロボロ。
浴室・トイレにいたっては、腐り果てていることだろう。
しかし、その辺をリアルに想像できる人はいない。
女性も、かかる費用と工期以外のことは、鼻で笑うくらい簡単に考えているようだった。

一つのウソをつき通すには、その周囲を多くのウソで固めなければならない。
その辺の詰めが甘かった女性は、時々、自分が“第三者”であることを忘れたかのように、そこで生活していた者でしかわかり得ないようなことも口にした。
通常、他人がつくったゴミ部屋について詳細に回答できるわけはなく、もうバレバレ。
仮に作業することになった場合、契約書には実名を書いてもらわなければならないし、室内には個人情報がタップリ詰まっているはず。
恥ずかしいのはわかるけど、作業に入ればすぐバレる。
ウソは恥の上塗りになるだけ。
いずれ恥ずかしい思いをすることになるのだから、始めからウソをつかないことが肝要。
それでも、女性は正体がバレてないつもりのようで、時々、思い出したように“知り合い”の悪口を織り交ぜて被害者を装った。

「現金での分割払いではできますか?」
状況からみて、結構な費用になりそうなことは覚悟しているよう。
しかし、たいした預貯金もなさそうで、どうも、クレジットカードも使えないよう。
精神衛生上だけではなく、与信上も問題のある人物だった。

「周囲にわからないようにできますか?」
荷物は、どうみてもフツーの家財には見えないはず。
糞尿系汚物や腐敗物も多くあるはずで、悪臭も放つはず。
管理人に問われてウソをつくと無用なとばっちりを受けるかもしれず、自己防衛上、それは困難だった。

「明日中・・・いや、もう0時過ぎてるから“今日中”ってことになるのか・・・今日中にできますか?」
“点検が入るのは明日”ということなのだろう。
切羽詰まっていることが伺えたが、現地調査もやっていない段階で作業日は決められない。
事故トラブルなく安全に施工しようと思えば、無理な話だった。

女性と会ってもいないし、現場もみていない上は、安請け合いはできない。
作業日時は、マンション管理人の勤務日・勤務時間に合わせる必要があるかもしれない。
管理規定で、引越し作業等は事前の申請・許可が必要かもしれない。
車両を停めるにも事前予約・許可が必要かもしれない。
1Fエントランス・通路・エレベーター等の共用部にどの程度の養生をする必要があるのかも判断不能。
相当の不衛生物もあるわけで、無用なトラブルを招かないため、作業を行ううえで必要な諸々のことを、管理人と打合せる必要がある。
私は、「現地調査→見積提出→契約→マンション側との打ち合わせ→施工」といった流れが必要かつ重要であることを説明し、それを理解してくれるよう促した。

しかし、女性は、理屈としてそれを理解できても感情が受け入れないよう。
“そんなことやってるヒマはない”とでも言いたげに、少しイラついた感じで
「仕事が忙しくて、明日しか時間がないんです」
と、お得意のウソっぽい返事。
その雑な考え方に危うさを感じた私は、結局、この案件から降りることに。
「ご期待に沿うことができず申し訳ありません・・・」
そういって電話を終えた。


その後、女性はどうしたか・・・
多分、その後も寝ずにネットを検索して、やってくれる業者を探したことだろう。
女性の要望に応えられる業者がいたかどうかは知る由もないけど、普段からキチンとした仕事をやっている業者は請け負わない思う。
仮に施工業者が見つかったとしても、施工条件も厳しく安易度も高い仕事なわけだから、高額な料金を見積もられた可能性が高い。
女性は資力が乏しいようだから、その辺のところは引っかかっただろう。

可能性として高いのは、結局、どうすることもできず朝を迎え、何も策を打つことなく予告通り点検業者に踏み込まれた・・・
そして、私が想像したような大騒動になった・・・
同時に、女性は、“もっと早く手を打っておくべきだった!”“その前に、日常でゴミをキチンと片づけていればよかった!”と、自業自得を痛感しつつ、後悔の念に苛まれた・・・
しかし、もはや手遅れ・・・自分を甘やかしてきたツケを払うかたちで、厳しい現実に苦悩することになったのではないかと思う。


やらなければならないことを放っておいて、期日ギリギリなって慌ててやる。
どうせやらなければならないことなら、さっさとやってしまった方がいいに決まっているのに。
しかし、自分の怠け心がそれを邪魔する。
そのうちには、自分が自分に、都合のいい言い訳をし始める。
もっといくと、やらなくても済むような逃げ道を探し始める。
こういう類のことは、多かれ少なかれ、誰しも身に覚えがあるのではないだろうか。
面倒臭がりの私も、これまで幾度も、自分で自分を崖っぷちに追いやったことがある。
「学習能力がない」というか、「教訓を生かせない」というか、懲りずに何度も。

一方、自分に起因しないことで崖っぷちに立たされることもある。
このコロナ渦がまさにそう。
今、これで苦境に陥っている人はあまりに多い。
飲食・レジャー・観光・イベント・エンターテイメント・スポーツ・・・多くの業種業界に多大な悪影響を及ぼしている。
社会の底、世間の陰、世の中の隙間で小さく生きている私にさえ影響があるのだから、事態は深刻だ。

これからくる第二波・第三波・・・
それがどんな影響を及ぼすのか、考えると恐ろしい。
だけど、私なんかよりもっと深刻な状況で戦っている人達がいる。
顔も名前も知らない多くの人達が苦境と戦っていることを思うと、心細さが薄れ、心強さを感じる。

「人生なんてアッという間!」
「崖っぷちの人生でも死ぬまでは生きられる!」
「開き直って闘志を燃やそうじゃないか!」
今、生きるために必死に戦っている“仲間”と、戦うことに怯えている自分にそう訴えたい、人生 黄昏時の私である。




特殊清掃についてのお問い合わせは

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 梅雨の晴れ間に | トップ | 一寸先 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ゴミ部屋 ゴミ屋敷」カテゴリの最新記事