【歴史解説】遊郭と遊女の歴史解説 | 日本の伝統文化を深堀り!【歴史の物語師】
25年度NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」始まるにあたり私達の「古典の会」もドラマの主人公・蔦屋重三郎について勉強しますが、やはり舞台が吉原となるとそこに働く遊女についてもその歴史など知りたくなります。早速調べてオドロキました。その歴史は古く万葉の時代には遊女なる仕事?が存在しておりました。奈良時代の「万葉集」に「遊行女婦」という言葉が出てきます。遊行女婦が地方に単身赴任した貴族の宴席に招かれて歌を詠んだり踊りを披露したことが記されております。遊ぶとは祭祀に関わりがある言葉だそうで一説には巫女から発生したと言われています。万葉集巻6-965に「おほならば かもかもせむを 畏みと 振りたき袖を忍びてあるかも。」児島 「貴方様が普通のお方ならば別れを惜しんであれもこれもといたしましょうに畏み多き身分の貴方なのでこのようにお別れの印の袖を振りたくてもじっと我慢して耐え忍んでおります。」これに対して大伴家持は返歌を詠んでおります。巻6=967=大和道の吉備の児島を過ぎて行かば筑紫の児島ほえむかも。」6=968=ますらをと思える我や水茎の水城の上に涙拭はむ。「強くて立派な男だと思っていたけど別れがつらくて水城の上で涙を払ってしまうのだろうか・・・」なんと別れのつらさが感情にでておりますね。さすが男です。