「ツール期間中のドーピング検査でコンタドールに陽性反応」と報じられたのは昨年の9月末のことでした。容疑は「ツール・ド・フランスの2回目の休息日である7月21日に行われたドーピング検査でアルベルト・コンタドールの尿サンプルから陽性反応が検出された。」というものでした。
検出されたのは少量のクレンブテロール(clenbuterol)。このクレンブテロールは脂肪の少ない身体を作るために使われたり、畜産物の痩肉剤としても使われる薬物です。一方で喘息の治療薬として処方される薬品としても知られ、心肺機能の向上や筋肉増強作用のある薬物でもあります。
検査結果はUCIに認定されているWADA(世界アンチドーピング機関)が行ったもので、UCIとWADAが同時に発表したということです。検出されたクレンブテロールの量は50ピコグラムと見積もられており、これは規定された禁止量の約400分の1程度の量に過ぎないのですが・・・
クレンブテロールは、脂肪の燃焼効果がある薬品で元々は、ぜんそくの治療に使われているものです。クレンブテロールを摂取すると脂肪代謝が始まり、脂肪分解から減量につながっていくと言われています。また、ぜんそくや他の呼吸系の病気を抱える患者は肺の中の細気管支の気道が小さくなっているが、クレンブテロールには狭くなった細気管支を広げる効果があるそうです。嘗てディプインパクトがフランスの凱旋門賞で失格になったのもこの薬品摂取でした。
自転車選手にとって、クレンブテロールがもたらす効果はサブタモール同様明らかです。また、この薬品は絞った身体を維持したいボディビルダーが多く使用していることでも知られている薬品でもあるのです。ただ、50ピコグラムという量では「ドーピング違反となる規定の量に比べ500倍は少ない」訳で、故意に摂取する必要性を感じないのですが・・・1ピコ(pico)グラムとは0.000 000 000 001グラムなのですから。
UCIは、コンタドールから検出されたクレンブテロールについて、規定に比べると400分の1と微量だったことを発表。ただ、例え量がわずかだとしても、薬物使用の痕跡が明らかになれば2年間の出場停止処分が科せられるとの方針を発表したのです。ならば、禁止薬物量の規定は無意味となるのではないでしょうか?本来病気の治療や健康保持のために使われる薬物が,競技能力を向上させることを目的として使用されることをドーピングとよびます。つまり、競技能力を向上させる効果のない量の薬物はドーピングに当たらないはずなのです。
これに対しコンタドール側は「クレンブテロールは、彼が食べた肉に含まれていたことが原因」と反論。その一方でこの禁止薬物は、コンタドールが違法な自己輸血を使用したことを示すという意見もありました。今回のドーピング騒動がここまで長期化した最も大きな理由がこの疑惑のせいだと私は見ています。
しかし、アレクサンドル・ヴィノクロフの時のように、明らかな血液ドーピングの証拠が検出された訳ではありませんでしたから、争点は故意か過失かという点に絞られることになった訳です。本来はコンタドールが汚染された肉を食べたかどうかではなく、食べたのが何時かということであり、肉のレシートなどが問題視されたのも、おそらくそのせいだろうと私は見ています。
過去にもこのクレンブテロールを食肉から摂取し、WADAからドーピング違反を問われた選手がいます。それはディミトリ・オフチャロフというドイツ人卓球選手でした。彼は中国でのトーナメント出場後にクレンブテロール陽性が検出されたのです。しかし、この事件でオフチャロフは過失が認められ無罪となっているのです。
この際、「スポーツ選手は自分の体内に入るものにはすべて責任を持たなければならない」と主張していたにも関わらず、WADAは上訴を見送っているのです。これは当然のことで、禁止薬物に禁止量が明記されている以上、故意であれ過失であれ、禁止量を超えていればドーピング違反です。逆に禁止量を超えない限り薬物摂取だけで違反行為は成立しないのは当然のことだと思います。
血液ドーピングの明らかな証拠がない以上、ここでは50ピコグラムという量こそが問題になるべきで、これが故意か過失かという問題になっていたことが私には不思議でした。この問題が報じられた直後、メディアはこぞって「2年間の出場停止は必死」という論調でした。それが年が明けると「過失として1年の出場停止」をコンタドールも受け入れるだろうという報道もなされました。
明らかに血液ドーピングの材料が揃っているのならともかく、その可能性があるというだけで、禁止量の400分の1の薬物摂取をドーピング違反と報道したUCIとWADAには呆れて物を言う気もなくしてしまいました。この時点でUCIとWADAはコンタドールに血液ドーピングの疑いありと考えていたに違いありません。しかし、その後の調査でも血液ドーピングの証拠は見当たらないまま、UCIはRFEC(スペイン自転車競技連盟)へ判断を委譲せざるを得なくなったのです。
私は数年前からドーピングは許し難いものでも、UCIとWADAが規定する自転車ロードレースに関する禁止薬物が他のスポーツに比べて多過ぎることを非難し続けてきました。禁止薬物の種類の多さに加え、禁止薬物量までなし崩しにされたのでは何をか況やでしょう。自転車ロードレース界でドーピング・スキャンダルが絶えないのも、私はそうしたUCIやWADAの考え方に大いに関係があると考えています。今は選手達に同情的にすらなっているのです。
昨年の夏、苦しみながらもツール・ド・フランス連覇を達成したコンタドールには強い感動を覚えました。サクソバンクへ無事移籍も決まり、今年のツール・ド・フランスに想いを馳せていた矢先のできごとでした・・・正直、ブログに記事を書く気力さえ失っていました。昨年の10月からブログの更新を止めてしまったのには、理由があったのです。
コンタドールを擁護する記事を書きたいという想いがなかった訳ではありませんが、禁止量の400分の1で有罪になるのなら、最早何を言っても無駄だろうという虚しさから、沈黙を決めていたわけです。
そして今日「スペイン自転車競技連盟は、この3度のツール・ド・フランス総合王者を出場停止にする自らの裁定をくつがえすことを決めた。」という一報は私にツール・ド・フランスを今年も楽しめるという大きな喜びを齎してくれました。今年はアンディとコンタドールのどちらに軍配があがるのかと・・・
まだ、UCIとWADAがスポーツ仲裁裁判所へ上訴する可能性はありますが、明らかな血液ドーピングの証拠が挙がらない限り、50ピコグラムのクレンブテロール摂取だけでは判決を覆すことはできないと思っています。
私が最も危惧していたのは、曖昧な形で1年の出場停止が宣告されることでした。これはUCIとWADAが定める禁止量がなし崩しにされ、微量の薬物摂取も全て有罪という悪しき判例を作ってしまうことになるのですから。そうした意味でもRFEC(スペイン自転車競技連盟)の英断を支持したいと思います。
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