【霊告月記】第六十四回 不思議の国の橋川文三
傑作中の傑作 ドストエフスキーの『白痴』
橋川文三は不思議な人だった。彼は他者を批判することを一切しなかった。人を批判しないということが彼のレゾンデートルだったと断定してもいいくらいそのことは徹底していた。
しかしここに稀な例外がある。下記引用部分で橋川文三は三島由紀夫を批判している。
~~~私は『英霊の声』のもつ一種の迫力を否定しようとは思わない。しかし、この作品は作品としては必ずしも成功作とは思われない。むしろ不気味なメルヘンというように感じるが、それ以上のものとは思えない。それは、何よりも、ここに描き出された天皇と英霊の姿が、恐らくあの浄福の時代に現実にそうであった結びつきを絶たれ、すべてノスタルジアのもつあの美化作用にあまりにも浸透されているからである。あの時代のパトリオットは、いま、霊界において、決してこのような姿をしていないであろうというのは、ほとんど私の思想である。(橋川文三『三島由紀夫論集成』「中間者の眼」深夜叢書社)
橋川文三の三島由紀夫論は三島文学への共感的理解に満ちていた。その理解は三島自身を深く感動させたという事実がある。橋川文三が批判したもう一人の対象として丸山眞男を挙げることができる。橋川文三の超国家主義に関する論は丸山の理論を正面切って批判した文章である。だが橋川文三にとって丸山眞男こそは師と仰ぐ人物であった。
つまり、橋川文三は、師と仰ぐ人、深く共感する人物に関しては、他者を批判しないというその根本的態度をはずすこともあったということである。
虚栄心からそしてただ虚栄心からのみ橋川文三を批判した二つのテキストを私は偶然の事情から知ることになったのだが、意志と知と洞察力においてはるかに勝る橋川文三に対して批判的言辞を弄したのは加藤周一と長谷川宏の二人であった。長谷川宏に関しては戦争体験論に関しての言及があるので、比較的まともなのだが、加藤周一という人間がかくも薄っぺらい言説を垂れ流していたとはオドロキであった。
たまたまヘーゲルを読んでいたら、次の一節が目に留まったので引用しておく。
たまたまヘーゲルを読んでいたら、次の一節が目に留まったので引用しておく。
「人間の虚栄心は、なにかを非難することで、簡単に満足させられる。非難されるものよりも自分のほうが意志と知と洞察力にすぐれている、と見えるからです」(長谷川宏訳・ヘーゲル『法哲学講義』作品社2000年)
橋川文三とはどんな人であったか、ひとことで答えよと言われたら、私はこう答えたい。「橋川文三は、ムイシュキン公爵のような人でした。ムイシュキン公爵とは、ドストエフスキーの『白痴』の主人公です。ドストエフスキーは、もし現代にイエス・キリストが蘇るとしたなら、ムイシュキン公爵のように、つまり痴愚のような人とみなされると考えて『白痴』を書いたのです」。
さて、この回答を聴いて、ドストエフスキーの『白痴』を読んだ人ならば橋川文三がどのような人であったか瞬時に覚るであろうし、読んでいない人、つまり文学に無縁な人は、この私の回答はちんぷんかんぷんと映るに違いない。それは仕方がないことだ。
】霊告【 橋川文三は20世紀の日本に降臨したムイシュキン公爵である。
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