かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男『泡宇宙の蛙』の鑑賞 150、151 

2022-10-26 16:14:22 | 短歌の鑑賞
  2022年度版 渡辺松男研究2の20・21(2019年3月実施)
     Ⅲ〈薬罐〉『泡宇宙の蛙』(1999年)P99~
     参加者:泉真帆、岡東和子、T・S、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:泉 真帆   司会と記録:鹿取未放



150 大空に鷂(はいたか)停飛しておればびゅーびゅーとどこもかしこも枯野

       (レポート)
 こんどは一転して読者の視線を大空へ向ける。びゆーびゅーの音感とともに、カメラワークの楽しさを読者は味わうことができる。ハイタカの具体が大空に力強さと荒涼感をもたらす。(真帆)

151 機関車が枯野を引っぱってすすむところどころに家ある枯野
 
     (レポート)
 力強くゆく機関車が住居もろとも枯野を引っ張って走ってゆくように見えたのだろう。また、この一首の機関車は、近代の暗喩にもなっているだろう。149番歌(むっすむっすとこんにゃくだまは地に太り そよ近代のあらざりし国)
では、まだ近代の訪れていない村が詠まれていた。この151番で、鉄からはじまる近代の象徴として機関車のモチーフが提示される。少年だった作者は、近代が農村をけしてしまう予兆を感じていたのかも知れない。(真帆)

149番歌の「そよ近代のあらざりし国」は、日本には結局のところ近代と言うものは存在しなかったのだ、という意味に取れる。作者がそう考えているとすると、この歌も機関車を近代の暗喩とは取れないだろう。(鹿取)


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