かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

馬場あき子の外国詠 71

2024-07-22 10:21:05 | 短歌の鑑賞
 2024年度版  馬場あき子の外国詠8(2008年5月)
     【西班牙 Ⅰモスクワ空港へ】『青い夜のことば』(1999年刊)P48~
     参加者:N・I、M・S、H・S、T・S、藤本満須子、T・H、
           渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:H・S まとめ:鹿取未放


71 歌は癒しおもしろうしていつしかに見えずなりたる心の癒し

      (まとめ)
 「歌は癒しだ」などと巷では軽々しく言われたりしているが、ほんとうにそうかなあ、癒しなんかじゃないんじゃないの、という皮肉か。70番歌(肥えて思ふエステ日本やさしけれ精神はかすか無に近づくを)とセットになった歌だろう。「おもしろうしていつしかに見えずなりたる」だからある時期までは癒しであったというのか。私自身は「癒し」という言葉自体に何か不信感をもっているので、どうもこの歌の真意がよく見えてこない。今後の課題としたい。(鹿取)


      (後日意見)(2015年10月)
 癒しを肯定的に捉えている。想起されるのは芭蕉の「おもしろうてやがてかなしき鵜舟哉」という句である。にぎやかに、かがり火を焚いて行われる鵜飼は興が尽きないものであるが、やがて闇の彼方にかがり火とともに舟が消え去ると、いいしれぬもの悲しさ、空虚さにとらわれのである。時間の経過に沿って移ろいゆき、失われるものの、かなしさという点では似かようものがある。
 東日本大震災の際、歌を詠むことによって、悲痛な体験した人は癒された、という話がある、素朴で臨場感あふれる歌は、読者の気持ちを惹きつけ、感動を呼ぶのである。歌作は癒し、と一口に括ることはできないが、少なくとも短歌という定型様式は癒しの要素が多い表現媒体である。見えなくなったのは、このような「心の癒し」ではないだろうか、歌を作ることは興の尽きないことであるが、表現者として作品を昇華させてゆく過程で、「心の癒し」はゆるやかに、失われていくのである。癒しが見えなくなってしまうのは、歌人としての宿命だと、捉えておられるのではないだろうか。(S・I)

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馬場あき子の外国詠 69、70 スペイン①

2024-07-21 10:14:24 | 短歌の鑑賞
 2024年度版  馬場あき子の外国詠8(2008年5月)
     【西班牙 Ⅰモスクワ空港へ】『青い夜のことば』(1999年刊)P48~
     参加者:N・I、M・S、H・S、T・S、藤本満須子、T・H、
           渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:H・S まとめ:鹿取未放


69 イベリア航空の小さな窓からみるだけのモスクワ空港のかなとこ雲よ

       (まとめ)
 モスクワではトランジットだったのだろう、空港しか詠われていない。ここは飛行機の窓から見ている場面。かなとこは、上が平らになっていて、金槌を受ける台。よって、かなとこ雲は、入道雲の一種だが雲の先端が平らになったものをいうらしい。
 かなとこには日露の過去の関係に関わる何か、あるいは圧政や粛正にかかわる何かの暗示があるのだろうか。(鹿取)


        (レポート)
 旅客機の窓はなぜか小さい。その小さな窓からロシアの広大な大地高くに湧く雲が目に入る。かなとこ雲である。かなとこという言葉から想像する雲の姿は厚く角張っている。(H・S)


70 肥えて思ふエステ日本やさしけれ精神はかすか無に近づくを

      (まとめ)(2015年10月改訂)
 「エステを受けて気持ちよくなった」歌という意見が出たが、68(歴史の時間忘れたやうな顔をしてモスクワ空港にロシアみてゐる)、69(イベリア航空の小さな窓からみるだけのモスクワ空港のかなとこ雲よ)、72(モスクワ空港彼方の疎林に雪降るころ降りたしツルゲーネフを恋びととして)のモスクワ空港の歌に挟まれた歌であるから、それは違う。ロシアの若い人はスリムな体型が多いが、中年以降は太った人の割合が日本よりかなり多いようだ。空港に肥えた体型の人を見ての感慨だろうか。95年当時ロシアの市場に物が無くパンや肉を買うために行列している映像をよく見せられたが、あるいはそういう情景を思い描いての感想だろうか。初句の「肥えて」は自分を含めた日本人のことだろう。飽食の果てに肥えた日本人が暇にあかせてエステに通ったりしているがそれは何となく恥ずかしいことだ。美容にうつつをぬかしている間に、精神の方はだんだんと無に近づき考える力を失いつつあるようだというのだろう。もちろん「肥える」も「エステ」も比喩であって、実際にエステティックに通っているかどうかが問題なのではない。精神の力を失いつつある日本に警鐘を鳴らしているのであろう。結句の「を」は深い深い詠嘆である。
 この歌を読んで、東京大学大河内総長の有名な言葉「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」を思い出した。(1964年卒業式の式辞として流布されたが、実はこの部分は大河内のオリジナルではなく大河内がJ・S・ミルを少し間違って引用したもので、しかも式当日は読み飛ばされて誰も聞いた人はいない云々という面白い記事を最近読んだ。東京大学教養学部長石井洋二郎氏の「平成26年度教養学部学位記伝達式式辞」である。なぜ「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」が流布したか、ミルの原文なども引きつつ書かれていて面白い。興味のある方はぜひお読み下さい。)(鹿取)

 
     (当日意見)
★レポーターは「やさし」の意味を現代語の優しいと勘違いして解釈されています。
 (その部分のレポートは長いので省略)。古語の「やさし」の第一義は「身がやせ
 細るようだ、たえがたい、つらい」です。 手元の旺文社古語辞典第9版には〈世
 の中を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらね ば〉と山上憶良の貧
 窮問答歌の反歌が例にあがっています。だから馬場のこの歌も日本のことを「身が
 やせ細るようにつらく」思うけれど、という意味でしょう。いわば「肥えて」「エス
 テ」「やさしけれ」は縁語みたいな関係で繋がっている訳です。シビアーな問題を扱
 っているんだけど、それをおかしみのオブラートにくるんでいる。「肥えた日本を身
 がやせ細るようにつらく思う」っておかしいでしょう。(鹿取)


       (レポート)
 飽食の海がある。外見にこだわる人。そこにエステがある。いたれりつくせりの日本の今がある。その優しさが考える力を削いでゆく。「を」に警鐘の深い余韻を残す。(H・S)

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馬場あき子の外国詠 68 スペイン①

2024-07-20 09:01:08 | 短歌の鑑賞
 2024年度版  馬場あき子の外国詠8(2008年5月)
     【西班牙 Ⅰモスクワ空港へ】『青い夜のことば』(1999年刊)P48~
     参加者:N・I、M・S、H・S、T・S、藤本満須子、T・H、
           渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:H・S まとめ:鹿取未放


68 歴史の時間忘れたやうな顔をしてモスクワ空港にロシアみてゐる

       (まとめ)(鹿取)
 ここに詠われた「歴史の時間」とは何を指すのかを巡って会員が活発に応酬をした。議論を交わすことでみんなの認識が深まっていくことを意義のあることだと思った。
 「歴史の時間」をロシア古来から現代までの歴史だ、とみる見方と、学校で習った歴史教育のことだとする二つの意見が出された。また、客観的なロシアの歴史ではなく、日本や自分との関わりのあったロシアのことだという見方も出された。
 思うにそれらの意見全てを包み込んだような「歴史の時間」であろう。ロシア建国から始まって日露戦争あり、ロシア革命あり、シベリア抑留あり、戦後のもろもろの推移とその結果としてのソ連崩壊もある。それらを作者が忘れているわけではないが、もろもろは一旦脇に措いて一旅行者として目の前のロシアを興味津々の眼で見ているのである。ここはトランジットのようだが、空港の職員、行き交う人々、売店のありよう、トイレなどの設備、〈今〉のロシアを観察するものはいくらでもある。
 馬場には「見る」歌に秀歌が多いが、この歌もその独特な「見る」歌の系列上にある。


     (当日発言)
★ロシアを自分や日本との関係で身に引きつけ、今のロシア、これからのロシアを見て
 やるんだという思い(藤本)
★高尾太夫の「忘れずこそ思ひ出さず候」に通じる思い(M・S)


       (レポート)
 アレクサンドル二世による1861年の農奴解放令があり、日露戦争の敗北後、血の日曜日事件を契機に第一次ロシア革命へと発展する。1917年に300年続いたロマノフ王朝は倒れ世界で初めての社会主義政権が成立した。(旺文社 世界史事典より)その後の変遷を経ての今日のロシアである。国への入り口であるモスクワ空港にあって、歴史の年代等は頭に置かず、細くも、広くも、短くも、長くもあった目には見えない流れ去った時間をじっと見つめている作者の姿が目に浮かぶ。(H・S)

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馬場あき子の外国詠 67 スペイン①

2024-07-19 09:41:41 | 短歌の鑑賞
 2024年度版  馬場あき子の外国詠8(2008年5月)
     【西班牙 Ⅰモスクワ空港へ】『青い夜のことば』(1999年刊)P48~
     参加者:N・I、M・S、H・S、T・S、藤本満須子、T・H、
           渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:H・S まとめ:鹿取未放


67 一万七千の高度よりみる白雲の網に捕はれし初夏のシベリア

    (まとめ)(2015年10月改定)
一万七千の単位はフィートなのだろうか。キロに直すと五千メートルくらいだから着陸態勢に入って高度を下げている場面だろうか。次からはモスクワ空港に着いた歌が並ぶので、そう読むのだが眼下がシベリアといわれると少しとまどうが、広義のシベリアと考えておく。
 白雲の下の初夏のシベリアの光景は一見爽やかそうだが、「網に捕はれし」という言葉や、シベリアという地名、また次の歌に「歴史の時間忘れたやうな顔をして」とあるところから、歌には翳りがあることが分かる。
 この旅に同行した清見糺の歌をかつて鎌倉支部で採り上げ、鹿取が鑑賞をしているので参考までにあげてみる。

   シベリアに春来たるらしオビ河をおおう氷にひびはしる見ゆ   清見糺

 6月初旬シベリアにも遅い春がやってきて、冬の間いちめんに河を覆っていた氷に罅が入り溶けてゆく様相を見せている。歌っていることはそれだけで、作者が何を思い浮かべていたのかは想像するしかないが、おそらく日本兵のシベリア抑留についてであったろう。餓えと寒さに苦しめられながら強制労働をさせられ、多くの日本兵が餓死した。酷寒の中で死んでいったひとりひとりの兵の叫びを作者は聞いていたのではないだろうか。十把一絡げではなく、個人としてのひとりひとりの声を、である。むろん作者はここで人間の愚かさについて考えたとしても、ロシアという国に敵意をいだいているわけではない。そのことは一連の歌を見れば分かる。また、作者の想像は、戦争や人間についてのみでなく春のシベリアを謳歌する野生のさまざまな動物たちや植物にも及んでいたかもしれない。
  
 馬場の歌もシベリアについて踏み込んだことは何も言ってはいないのだが、おそらく作者に去来した思いは清見の鑑賞であげたと同じようなことだったのではないだろうか。しかも馬場の掲出歌は情感たっぷりに詠まれていて、深みがある。(鹿取)


   (発言)(2008年5月)
★時代を生きている先生の思いが迫ってくる。(藤本)

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馬場あき子の外国詠 65、66 スペイン①

2024-07-18 09:59:41 | 短歌の鑑賞
 2024年度版  馬場あき子の外国詠8(2008年5月)
     【西班牙 Ⅰモスクワ空港へ】『青い夜のことば』(1999年刊)P48~
     参加者:N・I、M・S、H・S、T・S、藤本満須子、T・H、
           渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:H・S まとめ:鹿取未放

65 明るき雲の上に出でたるイベリア機内ふいと爪切りを出して爪切る

      (まとめ)
 イベリア機は、スペイン国営の航空会社の飛行機。安定飛行に入ってシートベルト着装のサインも解かれたのだろう。ほっとした機内で爪切りをするところが飄逸。明るい雲の上、イベリア機に旅情とこれからの旅への期待感も出ている。馬場のこの旅は1995年のものなのだが、9・11後は刃物の機内持ち込みは禁止であるから今は叶わない光景であろうか。(鹿取)


66 あつといふまに雲後に沈む日本のさびしさとして海光りゐる

      (まとめ)(鹿取)
 日本は小さく雲のかなたにあっという間に見えなくなっていくのだが、わずかに日本海が光っているのが見えるのである。その海のきらめきが更に旅人のさびしさを増幅させるのであろう。レポーターは「あつ」の「つ」が大きいことにこだわっているが、馬場は旧仮名遣いであるからここは並字の「つ」を使うのは至極まっとうなことである。むしろ、旧仮名・正字を守った塚本邦雄が、次の歌のみ「あっ」の部分に小さな「っ」を用いていて、初めてその歌を目にした時いたく感じ入ったことを思い出した。塚本の小さな「っ」には多大なインパクトがあったのである。※レポートは、省略

  春の夜の夢ばかりなる枕頭にあっあかねさす召集令状  塚本邦雄

 66番歌と似た情景を詠った同行会員の歌。
  空にしてひと恋しきに眼のしたの雲のきれめに佐渡あおく見ゆ   清見糺

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