友人のお母様は介護施設に入っていらっしゃるのだが、
お誕生日(今日!)ということで、
おうちに数日戻っておいでになるという。
そこで私は、
「夏休みの間だけ、爪にマニキュアを塗って差し上げたら?
女はいくつになっても女だし、きっと喜ばれて、
表情がパーーーッと華やぐわよ!」
なんて、余計なお世話かもしれない提案をしてしまった。
そして、私は自分の母のことを考えた。
現在母は74歳。
いつの間にこんな年に。
今のところは元気に暮らしている。
彼女は昔からそうなのだが、
実年齢よりも相当若く見られる人で、
今も「70代ですか!?」ってくらいに、
相変わらず若々しく、美しく生きている。
まー、今も昔もモテる人で、
ちょっと前にもバス停でおじさまにナンパされたとかで、
もちろん彼女はお断りしたのだが、
「でも、松濤(渋谷)の方に歩いて行ったから、
もしや松濤に住んでるお金持ちだったかもしれないわー」
なんて言っていた。
私も「そうよ、そうよー!お茶くらいしても良かったんじゃなーい?」
とかいい加減なことを言ったりして。
そんな母も、
いつか自分でお化粧をしたり、
爪にマニキュアを塗れなくなってしまうかもしれない。
もしそうなったら、
私が塗ってあげようと思う。
母の定番の色はボルドーっぽい赤。
年取ったら薄い色は手が汚く見えるからってんで、
もうずっとその色をつけている。
口紅もいつもそんな色をつけているので、
フルメイクはやってあげられなくても、
口紅だけでも塗ってあげようと思う。
母が生きている限り、母らしくいられるように。
母は昔から美意識の高い人であった。
洋服、バッグや靴、アクセサリーのコレクションと言ったら、
「頼むから、死ぬ前にこれらをなんとかしてください」
と言いたいくらいのすごさである。
買ったけど着てませんっていう服もたくさんあるから、
もはや病的の域だと私は思っている。
(その他、インテリア小物、食器など)
でもそんな母は私にとって
いつも綺麗にしている自慢の母であった。
「綺麗なお母さん」は子供にとって嬉しいものである。
私が大人になってから母によく言われ続けていることは、
「毎日、お化粧だけはきちんとしなさい」ということで、
そのセリフは母の母(私の祖母)から受け継いだものらしく、
多分、そのまま私の娘にも受け継がれていくのであろう。
私の性格は母のとは大分異なるのだけれど、
毎日お化粧をする、だとか、綺麗にしてましょう、だとかいうのは、
母の影響は大きいと思う。
実際にそうして綺麗にしている母を持ち、
そういうのを見ながら育ち、
時にはダメ出しもくらいながら、
今の私が出来上がっている。
ただ大きく違うのは、
母には自由になるお金が大層あったのと、
本人がまたそのようなスタイルが好きだったのもあって、
衣類は高級なものばかりであった。
私はというと、自由になるお金が大層あることもなく
「そっちの方向」にはついぞ行くことはなかった。
アメリカにいたことも大きいのか、
あと音楽の道に行ったこともあるのか、
いかにカジュアルでシンプルなもので、
かっこよく見せるか、というのが焦点で、
衣服にお金はかけられないなら、
せめて体のプロポーションだけはベストに維持しておこうと思った。
ではあるけれど。
衣類に限らずだけれど、
やはりいいものはいい。
そして、いいものは高い。
で、やっぱりいいものはいい。
少なくとも、そういうところは実感して学ぶことはできたと思う。
とは言え、私も今年46歳。
四捨五入すれば50歳(初老か?)という、完全なるおばさん、
良く言えば(?)完全なる大人の女である。
若い女の子は全身安物でも美しいが、
私の年齢など、もう、どーにもこーにも、
もはや誤魔化しなど効くわけがなく、
せめてピンポイントでも良いものを身に着けないことには、
憂い感たっぷりになってしまうのである。
そこでAYUKOママ登場。
どうせ全部残して死んでゆくってんで、
買ったけど自分には大きすぎて使わないとかっていう「お高いバッグ」とか、
やっぱり私はシルバーカラーは似合わないわってんで「本物のアクセサリー」など、
「金目のもの」を私に譲ってくれるのだ。
以前は毎年お誕生日にアクセサリーを贈ってくれていたこともあり、
私にも、ささやかではあるが「本物のアクセサリーコレクション」がある。
全身ユニクロでも、それらのおかげでなんとかバランスを保っている。
そうは言っても、
今や、母だってなんでもかんでも高級品という訳ではない。
普段はユニクロ全開。
だけれど、部分的に良いものを使って、素敵に見せている。
そいういう工夫で、全体が素敵に見えるようにしている。
「ユニクロがユニクロに見えない」というテクニックである。
んなら、私にもできるのでは。
友人のお母様のお誕生日の話から、
母のことを思い考え、
「皆年をとり、いつかこの世を去るのだ」と
急に胸がぎゅーっとなったけれど、
今もこうやって色々なことを私に教えてくれていて、
何よりも変わらぬ華やかさと若々しい笑顔を思い浮かべるにつけ、
母が今後も母らしく生きてゆくことを願い、
泣くのは母が本当に死んでからにしようと思った朝である。
歌手AYUKOのページはこちら♪
お誕生日(今日!)ということで、
おうちに数日戻っておいでになるという。
そこで私は、
「夏休みの間だけ、爪にマニキュアを塗って差し上げたら?
女はいくつになっても女だし、きっと喜ばれて、
表情がパーーーッと華やぐわよ!」
なんて、余計なお世話かもしれない提案をしてしまった。
そして、私は自分の母のことを考えた。
現在母は74歳。
いつの間にこんな年に。
今のところは元気に暮らしている。
彼女は昔からそうなのだが、
実年齢よりも相当若く見られる人で、
今も「70代ですか!?」ってくらいに、
相変わらず若々しく、美しく生きている。
まー、今も昔もモテる人で、
ちょっと前にもバス停でおじさまにナンパされたとかで、
もちろん彼女はお断りしたのだが、
「でも、松濤(渋谷)の方に歩いて行ったから、
もしや松濤に住んでるお金持ちだったかもしれないわー」
なんて言っていた。
私も「そうよ、そうよー!お茶くらいしても良かったんじゃなーい?」
とかいい加減なことを言ったりして。
そんな母も、
いつか自分でお化粧をしたり、
爪にマニキュアを塗れなくなってしまうかもしれない。
もしそうなったら、
私が塗ってあげようと思う。
母の定番の色はボルドーっぽい赤。
年取ったら薄い色は手が汚く見えるからってんで、
もうずっとその色をつけている。
口紅もいつもそんな色をつけているので、
フルメイクはやってあげられなくても、
口紅だけでも塗ってあげようと思う。
母が生きている限り、母らしくいられるように。
母は昔から美意識の高い人であった。
洋服、バッグや靴、アクセサリーのコレクションと言ったら、
「頼むから、死ぬ前にこれらをなんとかしてください」
と言いたいくらいのすごさである。
買ったけど着てませんっていう服もたくさんあるから、
もはや病的の域だと私は思っている。
(その他、インテリア小物、食器など)
でもそんな母は私にとって
いつも綺麗にしている自慢の母であった。
「綺麗なお母さん」は子供にとって嬉しいものである。
私が大人になってから母によく言われ続けていることは、
「毎日、お化粧だけはきちんとしなさい」ということで、
そのセリフは母の母(私の祖母)から受け継いだものらしく、
多分、そのまま私の娘にも受け継がれていくのであろう。
私の性格は母のとは大分異なるのだけれど、
毎日お化粧をする、だとか、綺麗にしてましょう、だとかいうのは、
母の影響は大きいと思う。
実際にそうして綺麗にしている母を持ち、
そういうのを見ながら育ち、
時にはダメ出しもくらいながら、
今の私が出来上がっている。
ただ大きく違うのは、
母には自由になるお金が大層あったのと、
本人がまたそのようなスタイルが好きだったのもあって、
衣類は高級なものばかりであった。
私はというと、自由になるお金が大層あることもなく
「そっちの方向」にはついぞ行くことはなかった。
アメリカにいたことも大きいのか、
あと音楽の道に行ったこともあるのか、
いかにカジュアルでシンプルなもので、
かっこよく見せるか、というのが焦点で、
衣服にお金はかけられないなら、
せめて体のプロポーションだけはベストに維持しておこうと思った。
ではあるけれど。
衣類に限らずだけれど、
やはりいいものはいい。
そして、いいものは高い。
で、やっぱりいいものはいい。
少なくとも、そういうところは実感して学ぶことはできたと思う。
とは言え、私も今年46歳。
四捨五入すれば50歳(初老か?)という、完全なるおばさん、
良く言えば(?)完全なる大人の女である。
若い女の子は全身安物でも美しいが、
私の年齢など、もう、どーにもこーにも、
もはや誤魔化しなど効くわけがなく、
せめてピンポイントでも良いものを身に着けないことには、
憂い感たっぷりになってしまうのである。
そこでAYUKOママ登場。
どうせ全部残して死んでゆくってんで、
買ったけど自分には大きすぎて使わないとかっていう「お高いバッグ」とか、
やっぱり私はシルバーカラーは似合わないわってんで「本物のアクセサリー」など、
「金目のもの」を私に譲ってくれるのだ。
以前は毎年お誕生日にアクセサリーを贈ってくれていたこともあり、
私にも、ささやかではあるが「本物のアクセサリーコレクション」がある。
全身ユニクロでも、それらのおかげでなんとかバランスを保っている。
そうは言っても、
今や、母だってなんでもかんでも高級品という訳ではない。
普段はユニクロ全開。
だけれど、部分的に良いものを使って、素敵に見せている。
そいういう工夫で、全体が素敵に見えるようにしている。
「ユニクロがユニクロに見えない」というテクニックである。
んなら、私にもできるのでは。
友人のお母様のお誕生日の話から、
母のことを思い考え、
「皆年をとり、いつかこの世を去るのだ」と
急に胸がぎゅーっとなったけれど、
今もこうやって色々なことを私に教えてくれていて、
何よりも変わらぬ華やかさと若々しい笑顔を思い浮かべるにつけ、
母が今後も母らしく生きてゆくことを願い、
泣くのは母が本当に死んでからにしようと思った朝である。
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