ロシアの音楽家さんたちがシリアのパルミラ遺跡でコンサートを敢行した。
数日前からやると言っていたので、おお来たかと思ってビデオを見た。その前に、パルミラ奪還後、ロシア軍がただちに地雷撤去作業をやっていたのは一日も早く復興のモードを作るためだったんだなと今となってはそう思う。
演奏者は、マリインスキー劇場の管弦楽団で監督はバレリー・ゲルギエフさん。
最初の12分間は、ゲルギエスさん、プーチンの挨拶で、それぞれ実際には非常に短いのだけど、ロシア語、英語、アラビア語(?)で語られているのでその分長い。
Praying for Palmyra: Russian orchestra performs concert honoring victims of Syria war
率直な感想としては、文明っすな~、というところですね。
このコンサートが行われる旨の記事がzerohedgeに出た時、ブッシュは戦闘機でミッション達成と言ったがプーチンはオーケストラで表現するのかよ、負けてるやん、みたいなことを書いているコメントがあったけど、私自身、最初のシャコンヌを聞きながら、そう、もう野蛮の時代は終わりなのよ、とか思ったことを最初の感想として書き留めておきたい。
そして、mankind(人類)ってやっぱり共通項あるんだよなぁとかいう、ある種の普遍性にも思いが至ったことも書いておきたい。
野蛮な行動も人間の仕業なら、それを修復しようとするのも人間のすること。人はどちらの側にも立ちうる。どちらかでしかない人はおそらくいない。だからこそそこに希望がある。
■ 西側の反応
それはそれとして、当然のことながら、いわゆる西側では、これはロシアの策略だと避難がましいことを記事にしている。
が、しかし、日本語版のロイターなどは短いどうでもいい記事と写真しかついていないけど、英語版ロイター、BBC、テレグラフ、ガーディアン等々、みんな(編集した)動画をリンクしている。つまり、書いてあることはロシア批判なんだけど、まぁとにかくあんたらもちょこっと見てみたらどうですかという道は残すというある種微妙な扱いになっている。
まぁ、しかし、ISに至った経緯は結局、イラク、リビア、シリア、ウクライナとバカなことをした人々に責任があるわけで、それをカバーアップしてまだ何かしようとする人々は、今後何ができると思っているんでしょうか?
ISは結局俺らが作ったも同然と多くのアメリカ人が気付いてしまった上に、そもそも現在アメリカの一部はアルカイダと行動を共にしているという、このとんでもない事態を一体全体どう収拾しようとしているんだろうね。
核戦争だ~でしょうか。アホやねん、としか思えない。
■ オマケ
バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ」のうちのパルティータニ短調を演奏していたのは、
Pavel Milyukov という1984年生まれのバイオリニスト。2015年のチャイコフスキー国際コンクール第3位とあるので若手売り出し中のバイオリニストということなんでしょう。
熟熟に円熟していない感じが良い、とか思って聞いてたけど、印象に残ったので改めて探してしまった。強くて良い。大変良い。
■ オマケ2
2回目を流し聞きしてあらためて考えるに、よく考えられた選曲やったんやなぁと思った。
(1) バッハ
「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ」のうちのパルティータニ短調
バイオリニスト Pavel Milyukov
(2)
ロディオン・シチェドリン
曲の名まえは私はわかりません。初めて聞きました。わかったら捕捉します。
チェリスト Sergei Roldugin
(3)
プロコフィエフ
交響曲第1番二長調
マリインスキー劇場管弦楽団
コンサートの構想としては、(1)で慎んで亡くなった人々、犠牲になった人々に哀悼を捧げつつもそれをいつくしむ人間の魂の強さみたいなものを静かに喚起させる。これがある種の「憑き物落とし」とさえ私は受け取ったっす。(だからこそ音が美しいだけでなく強いバイオリニストが必要だったんだなぁとかも思う)
(2)は、現代音楽風でもあり中東風でもあり、なにか新しい風のような感じ?
そして(3)は、古典交響曲という別名があるぐらいの曲でプロコフィエフとしては結構平凡な感じの曲ではあるまいかと私は思ったりするのだが、しかしそれこそがこの場にあっては高らかでもなく、大げさでもなく、抑え目であるからこそ人々の日常への希望が提示される、といったところか。
人類の遺産って考え方がすなわち、他人の生き方を尊重しようという考えのあらわれなんだろうし。