マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

広瀬八段、新竜王へ

2018年12月22日 | 将棋

 広瀬章人八段、竜王位獲得おめでとうございます。羽生さん、捲土重来を期待しています。
 羽生永世七冠のことは好きで、尊敬もしていて、著作も数冊読んでいる
。しかし贔屓の若手にタイトルをとって欲しかった。  
 広瀬八段を初めて知ったのは2015年11月10日の読売新聞の記事だった。「未来開けた進路相談」と題する記事で、彼は母校「成徳大学高校」を訪問し、かっての担任と再会していた。棋士の道一筋に歩もうか、大学と将棋の二本立ての道を進もうか迷っていた彼に、担任は強く大学進学を勧めたそうだ。そのアドバイスに従い彼は早稲田大学教育学部理学科数学専攻へ。それが結果的に良かったと、報告方々感謝の気持ちを担任に伝える為の母校訪問だった。卒業後初めての訪問だったと記憶している。元教員としてはこの様なことを知ると嬉しくなる。(写真:竜王戦第7局を終え、感想での左広瀬、右羽生)
 大学で学ぶ数学は高校時代とは違い証明が多くなる。それもあってか勉強から一時遠ざかったりはしたが2年遅れで大学卒業。大学入学とほぼ同時に将棋のプロとなった彼は大学6年生時(2010年)に将棋タイトルのひとつ王位を獲得。大学生のタイトル獲得は史上初だった。彼が大学で数学を学んだ事を初めて知り、それ故、彼のファンになったのだと思う。(早稲田卒の二人。左広瀬、右中村)

 彼の得意戦法は穴熊だった。飛車を定位置から他の位置に振る”振り飛車”。穴熊振り飛車を引っさげて高い勝率をあげ、王位を獲得。だから”振り穴王子”が彼の愛称だった。そのころ”〇〇王子”という呼び方が流行っていた。ハンカチ王子もいた。しかし振り穴王子は、翌年の王位防衛戦で羽生永世に敗れた。穴熊戦法では羽生永世には通じないと悟った彼は振り飛車戦法から、飛車を定位置に置いて戦う居飛車党に転向。しかしなかなか新たなタイトルは獲得は出来なかった。(続く)
 




 


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