(右:長嶋 左:王)
長嶋、王、清原、桑田•••。
息子夫婦の家の近くのレストランに行って、帰りにレジの横をふと見ると、机の上にサインボールの自然な山が。
シェフが宮崎、都内のホテルにいた時のもで、キャンプ、食事で来た時に集められたとのこと。
使用球にサインされていて、歴史を感じる。
(中央:清原3)
(中央:桑田18)
中に、「ON決戦」と刻印されたボールがあった。
1999年の日本シリーズで長嶋、王が監督として戦い、20世紀の巌流島決闘とよばれたりしたことを思いだす。
結果は巨人の勝利。
戦後、巨人軍を率いていた三原が西鉄ライオンズ(福岡)に移り、戦地から引き上げてきた水原と監督決戦をしたことと重なるらしい。
思えば、長嶋が選手を引退した時は就職した頃で、以後、巨人ファンも長嶋ファンも卒業した。
選手の時が華である。
これ、自分の体験である。
鴨のロースト。
ソースはどの料理も飽きない優しさがあった。
シェフの人柄かな。
2023/4/15
サインボールの数々凄いですね。まさにお宝ですね。
私は長嶋選手には強烈な思い出が2回あります。昔私の出身市で成人式の講演会を催しました。その時呼んだのが監督1年目で最下位になった明くる年春キャンプの長嶋監督でした。私がまだ若かったので、講演の録音取りでテープレコーダーを回していましたが、目の前の彼が語ったことは20歳の若者を前にして「野球人生、白球は素直だった」とまさに名語録になるような話をしました。恐らく20歳の成人に人生を素直な気持ちで臨みなさいと言いたかったのだと思います。だんだん年老いて人前で語ることが出来るようになって来て良くこの話は使わせてもらいました(笑)
2番目は第二次政権のオールスター後新幹線の中、名古屋に到着寸前のグリーン車デッキに彼は立っていました。ピンクのサージのブレーザーで白いボタン、白いズボン、赤いネクタイ、茶色のわに革スリッポン、身長は多分1m80cm前後ですから、かっこ良かったですね。痺れました。すぐ前ですから今から思うと声を掛ければと思いましたが、オーラがあり過ぎて声は掛けられなかったです(笑)私はその当時長嶋ファンの阪神ファンでした。おかしいでしょ(笑)
何よりも野球が好きな私としてはたとえライバルチームのものとは言えこれらを見るのは夢のような話です。(私は阪神ファンです)
あの頃の両チームの思い起され思い起されます。
使用球に・・と言うところがまたいいですね。
サインも消えかかり、時間の経過を感じました。
私の思い出は、札幌に勤めていた姉が田舎に帰省する時に小学校4年頃の私に買ってきてくれた「ベースボールマガジン」でした。確か創刊号の表紙が巨人に入団したばかりの長嶋でした。太い眉毛で格好良かった。
子供達は皆なジャイアンツの帽子を被っていた時代です。
来日したサンフランシスコジャイアンツやカージナルスとの試合でヒットを打っていた姿も印象的でした。
引退した時はこちらが社会人1年生でしたが、何となく巨人に魅力が無くなり大洋ホエールズファンを経てファイターズファンになりました。