その馬
その馬が、何かをやり始めたのは、4月11日の競馬で2着してからであったと思う。とにかく、その記念すべきレースで2着してから、その馬の快進撃いや怪行動が始まった。無論4月11日即ち今日中央競馬は無い。これは昨年のことに始まる。
その馬は、次に5月23日に出走し、1着するのだが、1着かどうかに関係なく、その日行われた注目度の高いレースの2着のゼッケンを教えた。これで、自分の資格と仕事を自覚した(させた)のか、6月に大きなレースの無い週に出走し、3着すると、4ヶ月の休養に入った。
そして、10月31日に久々のレースを勝つと、そのとき出走した自分のゼッケンでまたその日の大きなレースの連対馬番を教え、悠然と競馬場を後にした。長い足が印象的であった。
次にこの馬が向かったのは、11月21日のレースだった。彼同様のスーパースターの名を負ったレースで2着してみせると、この日彼を差し置いて1着した馬のつけていたゼッケンと同じゼッケンの馬が人皆等しく注視するレースで1着で飛び込む。
次に彼は12月5日のレースに登場し、2着という入着順位よりもそのゼッケンで注目されたが、この日の大注目のレースでは、そのゼッケンも、彼を差し置いて勝った馬のゼッケンも登場せず、代わりにその裏の関東で行われたメインレースで彼の着けていたゼッケンが2着した。このことを暗示するかのように、当の大注目の大レースでも、関東のメインレースでも、彼と同じ馬番の馬2頭とも、馬名に同じ○○○○○の文字を持っていた。彼もよくこの○○○○○に登場し喝采を浴びたものだった。彼を演出する側の配慮、というより常套手段で、何時も同じことをやるとばれるのである。それを「監督」は嫌い、隠しはぐらかしつつ上手に彼のような「役者」を使う。
年明けて、彼は2月20日に出走してきた。今度も再び休み明けで1着。休暇中は音無しの構えに見える物静かな彼だが、休み明けで好走するというコツをどこかで飲み込んだらしい。そして彼のゼッケンは勿論その日の大レースでも注目されたが、騎手が致命的ともいえるスタートの出遅れを冒してしまい、彼のゼッケンはそのレースで馬群を抜け出しきれなかった。彼をずっと追ってきた人々の中に、これは出遅れというアクシデントであり、実際は、彼のつけたゼッケンと同じ馬が実は勝っていたはずのレースだったとの意見が現れたが、そのうちの年かさの一人が、ドンと言おうかボス格の貫禄を利かせて言い放つ。
「いや、これも監督の意図、演出なのだよ□□クン。君はまだ若い。俺たち『太陽の季節』で育った太陽族の遊び人のなれの果ては、こうした苦味を戦後何度と無く味わい、かつ飲み、喰らい、恋し、歌い踊ってきたものさ」
結果的に彼が2着に従えた馬のゼッケンが、この大レースでも2着に食い込んだのだが、それは無駄というものだった。なぜなら、彼の出走したレースはその日の大レースの後の競争だったからである。
先ほどのボス格の男は、黙ってその大レースの1,2着の2つのゼッケンから その馬(ここで私たちがお話している主役の馬)に馬連で2点を買い、 的中させる。1530円。「昔なら中穴と呼んだ馬券だがな、今この3連単時代じゃ、穴どころか本命扱いさ...」
この男たちの一団は帰り道、この馬の行く末、いや正確にはこの馬が今まで教えてきてくれた事柄の行く末を誰彼無く心配し、また次があるさ、と呟く者もいれば、黙りこくったまま、もう2度とはやらないさと、心中諦める者もいた。
その馬は、3月6日の枠順に再び姿を現した。そして、今度は巨大なレースこそ組まれてなかったが、先々の巨大なレースで主役級を張るかもしれないという馬の出走するレースに合わせ、登場することになった。2月20日の苦渋を覚えていた若い男は、またこの馬のやることを見届けようと人でごった返すパドックには見向きもせず、ひたすらその馬のレース結果を固唾を呑んで見守っていた。レース直後、直ぐ馬券を買いに走れるように。そう、その馬の登場するレースはこの日のメイン競走の直前、1つ前のレースだったからである。その馬が1着し、相手が4番ゼッケンだったのを見届け、若い男はメイン競争でその馬のゼッケンと同じ馬券を買いに走ろうとした。ボス格の男が止めた。その馬のゼッケンはその日のメインレースの大本命馬と同じだったからである。「あいつは、こいつが1着することを教えるために今日出走してきた。また、本当に大きなレースであいつが走る日を待とうや。今日はもう、どうしようもないさ。この人気で100万も突っ込むなんて男のやることじゃねえやね」
メインレースでは、前評判ほどではなかったが、その馬と同じゼッケンの馬が完勝し、やはりその馬が走るとき、「監督」が彼を主役として、1,2着馬のゼッケンを教える役割を依然果たすことを一団は知って、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
4月10日、再び今年3度目の巨大レースが訪れた。その馬の出走は無かったが、その馬の「役柄」に詳しい年かさの男は、その大レース直後、固唾を呑んで、阪神競馬場の点滅する1,2着の馬番をじっと見つめながら、動けなくなってしまった。
「やっぱり、あいつだった。決まってあいつが去年の秋ごろから助けてくれるようになったが、今日もあいつだった。あいつがやったんだ、見事に! あいつの逝ったときも...」
レースは程なく、17番 7番 ・・番 で確定した。
以上、井崎脩五郎先生 鈴木淑子さん出演、JRA VANのCM(中央競馬会のHP参照)を見て、想像いたしました、フィクションであります。登場する その馬 は、未だ現役であります。
その馬が、何かをやり始めたのは、4月11日の競馬で2着してからであったと思う。とにかく、その記念すべきレースで2着してから、その馬の快進撃いや怪行動が始まった。無論4月11日即ち今日中央競馬は無い。これは昨年のことに始まる。
その馬は、次に5月23日に出走し、1着するのだが、1着かどうかに関係なく、その日行われた注目度の高いレースの2着のゼッケンを教えた。これで、自分の資格と仕事を自覚した(させた)のか、6月に大きなレースの無い週に出走し、3着すると、4ヶ月の休養に入った。
そして、10月31日に久々のレースを勝つと、そのとき出走した自分のゼッケンでまたその日の大きなレースの連対馬番を教え、悠然と競馬場を後にした。長い足が印象的であった。
次にこの馬が向かったのは、11月21日のレースだった。彼同様のスーパースターの名を負ったレースで2着してみせると、この日彼を差し置いて1着した馬のつけていたゼッケンと同じゼッケンの馬が人皆等しく注視するレースで1着で飛び込む。
次に彼は12月5日のレースに登場し、2着という入着順位よりもそのゼッケンで注目されたが、この日の大注目のレースでは、そのゼッケンも、彼を差し置いて勝った馬のゼッケンも登場せず、代わりにその裏の関東で行われたメインレースで彼の着けていたゼッケンが2着した。このことを暗示するかのように、当の大注目の大レースでも、関東のメインレースでも、彼と同じ馬番の馬2頭とも、馬名に同じ○○○○○の文字を持っていた。彼もよくこの○○○○○に登場し喝采を浴びたものだった。彼を演出する側の配慮、というより常套手段で、何時も同じことをやるとばれるのである。それを「監督」は嫌い、隠しはぐらかしつつ上手に彼のような「役者」を使う。
年明けて、彼は2月20日に出走してきた。今度も再び休み明けで1着。休暇中は音無しの構えに見える物静かな彼だが、休み明けで好走するというコツをどこかで飲み込んだらしい。そして彼のゼッケンは勿論その日の大レースでも注目されたが、騎手が致命的ともいえるスタートの出遅れを冒してしまい、彼のゼッケンはそのレースで馬群を抜け出しきれなかった。彼をずっと追ってきた人々の中に、これは出遅れというアクシデントであり、実際は、彼のつけたゼッケンと同じ馬が実は勝っていたはずのレースだったとの意見が現れたが、そのうちの年かさの一人が、ドンと言おうかボス格の貫禄を利かせて言い放つ。
「いや、これも監督の意図、演出なのだよ□□クン。君はまだ若い。俺たち『太陽の季節』で育った太陽族の遊び人のなれの果ては、こうした苦味を戦後何度と無く味わい、かつ飲み、喰らい、恋し、歌い踊ってきたものさ」
結果的に彼が2着に従えた馬のゼッケンが、この大レースでも2着に食い込んだのだが、それは無駄というものだった。なぜなら、彼の出走したレースはその日の大レースの後の競争だったからである。
先ほどのボス格の男は、黙ってその大レースの1,2着の2つのゼッケンから その馬(ここで私たちがお話している主役の馬)に馬連で2点を買い、 的中させる。1530円。「昔なら中穴と呼んだ馬券だがな、今この3連単時代じゃ、穴どころか本命扱いさ...」
この男たちの一団は帰り道、この馬の行く末、いや正確にはこの馬が今まで教えてきてくれた事柄の行く末を誰彼無く心配し、また次があるさ、と呟く者もいれば、黙りこくったまま、もう2度とはやらないさと、心中諦める者もいた。
その馬は、3月6日の枠順に再び姿を現した。そして、今度は巨大なレースこそ組まれてなかったが、先々の巨大なレースで主役級を張るかもしれないという馬の出走するレースに合わせ、登場することになった。2月20日の苦渋を覚えていた若い男は、またこの馬のやることを見届けようと人でごった返すパドックには見向きもせず、ひたすらその馬のレース結果を固唾を呑んで見守っていた。レース直後、直ぐ馬券を買いに走れるように。そう、その馬の登場するレースはこの日のメイン競走の直前、1つ前のレースだったからである。その馬が1着し、相手が4番ゼッケンだったのを見届け、若い男はメイン競争でその馬のゼッケンと同じ馬券を買いに走ろうとした。ボス格の男が止めた。その馬のゼッケンはその日のメインレースの大本命馬と同じだったからである。「あいつは、こいつが1着することを教えるために今日出走してきた。また、本当に大きなレースであいつが走る日を待とうや。今日はもう、どうしようもないさ。この人気で100万も突っ込むなんて男のやることじゃねえやね」
メインレースでは、前評判ほどではなかったが、その馬と同じゼッケンの馬が完勝し、やはりその馬が走るとき、「監督」が彼を主役として、1,2着馬のゼッケンを教える役割を依然果たすことを一団は知って、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
4月10日、再び今年3度目の巨大レースが訪れた。その馬の出走は無かったが、その馬の「役柄」に詳しい年かさの男は、その大レース直後、固唾を呑んで、阪神競馬場の点滅する1,2着の馬番をじっと見つめながら、動けなくなってしまった。
「やっぱり、あいつだった。決まってあいつが去年の秋ごろから助けてくれるようになったが、今日もあいつだった。あいつがやったんだ、見事に! あいつの逝ったときも...」
レースは程なく、17番 7番 ・・番 で確定した。
以上、井崎脩五郎先生 鈴木淑子さん出演、JRA VANのCM(中央競馬会のHP参照)を見て、想像いたしました、フィクションであります。登場する その馬 は、未だ現役であります。