捨て犬記
2008年09月26日 | 犬
帰国して現在の住居に住み着いて、一番初めにしたことといえば、たまの散歩できる所を見つけることだった。
あらためて感じたのは、いかに日本の公園がちっぽけでみすぼらしいか、ということだった。
それでも、偶然迷い込んだ道から見えた公園は、芝が青々として、木立も多く、散歩するにはもってこいだった。時折ドイツの森や公園を思い出してため息は出たが。僕たちはここをホームルラウンドにすることに決めた。
当時この公園を管轄する市は財政が潤っていたのだろう、芝生の養生もよくなされていた。今は、「まちぼうけ」の歌詞ではないが、ぼうぼうの荒地のようになってしまっている。
ここでいつものようにノーリードで歩いていたときのこと。ふと気づいたらたまがいない。
振り返ってみれば、桜の木の下で立ちすくんだままである。「来い」と声をかけても一歩も動かない。おかしいな、今までそんなことは一度もなかったのに。もう一度、今度は強く命令したがやはり動かない。傍らに何やら段ボールがある。
妙なこともあるなあ、と訝りながらたまの処へ行くと、段ボールの中から子犬の声がする。上蓋を開けてみたら、黒と茶の2匹の子犬が動いていた。
予想もしなかった事態で、戸惑った。目がたまと合った。この子の特徴だった、染み入るような目がじっと僕を見つめていた。
思い込みが激しいな、という人もいるだろう。ただ、僕は思い込みが激しいタイプとはまったく反対の人間だ。人が犬を擬人化するに当たっての心理もよく承知している。
それでも、この子は他の子とはまったく違ったと言わざるをえない。
ドイツのように犬との生活が日常に溶け込んでいる社会でも、特別扱いだった。自分の飼い犬をそっちのけでTama,Tamaお前さんは特別だねえと可愛がられ、いつも嫌がらせをするボクサーにとうとう怒って、あっという間に組み伏せたときも、飼い主の爺さんまでが他の人たちと一緒に「やったぞ、Tama、それで良いんだ!」と拍手をしたほどだ。いつも「Tama怒れ、怒って良いんだ!」と言っていたなあ。
ドイツでの犬の話はまたいずれ書くことにして先を急ごう。
たまは結局僕たちの気持ちを先取りしていたわけだ。心では、2匹を捨てた奴を罵りながら、結局2匹を連れ帰った。名前がないとね、というわけでアリスとテレスにした。雌がアリス、雄がテレス。2匹でアリストテレス。
それからが大変だった。何しろ目が開いたばかりの子犬である。夜中に3時間おきくらいにミルクを与えなければならない。犬用の哺乳瓶を買い、犬用の粉ミルクを買い、このミルクが溶けにくいのである。そうだ、思い出したが、物凄く高いのだ。帰国した直後で「貧乏暇無しというが、貧乏すぎると暇だよなあ」と笑っていたほどだったから、まあ堪えたな。泣きたかったね。
ミルクを呑み終わると用を足す。お腹をさすると出てくる。普通は母犬がするのだ。出しておかないと後で悲惨なことになるから、眠い目をこすりながらも最後までする。時折、何の因果でと怒りがこみ上げるが。捨てた奴は今頃ぐっすり眠っていやがるだろう、とフツフツと怒りがこみ上げる。誰だかわからないのが癪の種だ。
たまもよく世話をした。この子は母性本能が強いのか、と改めて思った。離乳食に切り替わっても、2匹の横でじっと見守るばかりで、少しでも自分が欲しがる素振りを見せない。
子犬が少しずつ成長すると毎日遊び相手になるのだが、これがまた実に上手なのである。見ていて飽きなかった。もちろん不安などは一切感じない。たまが所有していた犬用のおもちゃを、アリスとテレスが次から次へ自分たちの巣箱へ持っていってしまう。それをただじっと見ているだけである。
夜になって2匹がぐっすり寝入ってしまうと、ひとつひとつくわえて静かにまた自分の寝床へ持って帰るのだ。ちゃんと所有欲というか、自分のものが自分の場所に無いことを知ってはいるのに、主張しない。ドイツの森での振る舞いを思い出したものだ。
思い出したからついでに書いておこう。ドイツで他の犬に怒ったことがもう一度あった。クヴァックスという群れのボス的な猟犬がいて、この子がいたずらに僕が手から外して持っていた手袋をさらって逃げたことがあった。するとたまは猛然と攻撃して、クヴァックスはほうほうの体で手袋を放した。
似たことが日本でも一度あった。友人宅に麻雀に行き、たまも部屋にどうぞ、というので連れて行った。友人宅にも当時犬がいたが、その子は庭にいて、たまは部屋にいるのだから、なんだかおかしいね。
奥さんにも、もちろん誰にも、とてもよくなついていた。あるとき、僕がソファーの上に脱いで置いたジャンパーを、奥さんがハンガーに架けてくれようと手にした。するとたまが、それまで麻雀卓の下でじっとしていたのに、「触るな」というように低い声で威嚇した。「たまちゃん、どうしたの」奥さんはびっくりしていた。僕が事情を飲み込み「たま、良いんだよ」と声をかけたら安心して再び卓の下にもぐりこんだ。
アリスとテレスの顛末は書き足しましょう。
あらためて感じたのは、いかに日本の公園がちっぽけでみすぼらしいか、ということだった。
それでも、偶然迷い込んだ道から見えた公園は、芝が青々として、木立も多く、散歩するにはもってこいだった。時折ドイツの森や公園を思い出してため息は出たが。僕たちはここをホームルラウンドにすることに決めた。
当時この公園を管轄する市は財政が潤っていたのだろう、芝生の養生もよくなされていた。今は、「まちぼうけ」の歌詞ではないが、ぼうぼうの荒地のようになってしまっている。
ここでいつものようにノーリードで歩いていたときのこと。ふと気づいたらたまがいない。
振り返ってみれば、桜の木の下で立ちすくんだままである。「来い」と声をかけても一歩も動かない。おかしいな、今までそんなことは一度もなかったのに。もう一度、今度は強く命令したがやはり動かない。傍らに何やら段ボールがある。
妙なこともあるなあ、と訝りながらたまの処へ行くと、段ボールの中から子犬の声がする。上蓋を開けてみたら、黒と茶の2匹の子犬が動いていた。
予想もしなかった事態で、戸惑った。目がたまと合った。この子の特徴だった、染み入るような目がじっと僕を見つめていた。
思い込みが激しいな、という人もいるだろう。ただ、僕は思い込みが激しいタイプとはまったく反対の人間だ。人が犬を擬人化するに当たっての心理もよく承知している。
それでも、この子は他の子とはまったく違ったと言わざるをえない。
ドイツのように犬との生活が日常に溶け込んでいる社会でも、特別扱いだった。自分の飼い犬をそっちのけでTama,Tamaお前さんは特別だねえと可愛がられ、いつも嫌がらせをするボクサーにとうとう怒って、あっという間に組み伏せたときも、飼い主の爺さんまでが他の人たちと一緒に「やったぞ、Tama、それで良いんだ!」と拍手をしたほどだ。いつも「Tama怒れ、怒って良いんだ!」と言っていたなあ。
ドイツでの犬の話はまたいずれ書くことにして先を急ごう。
たまは結局僕たちの気持ちを先取りしていたわけだ。心では、2匹を捨てた奴を罵りながら、結局2匹を連れ帰った。名前がないとね、というわけでアリスとテレスにした。雌がアリス、雄がテレス。2匹でアリストテレス。
それからが大変だった。何しろ目が開いたばかりの子犬である。夜中に3時間おきくらいにミルクを与えなければならない。犬用の哺乳瓶を買い、犬用の粉ミルクを買い、このミルクが溶けにくいのである。そうだ、思い出したが、物凄く高いのだ。帰国した直後で「貧乏暇無しというが、貧乏すぎると暇だよなあ」と笑っていたほどだったから、まあ堪えたな。泣きたかったね。
ミルクを呑み終わると用を足す。お腹をさすると出てくる。普通は母犬がするのだ。出しておかないと後で悲惨なことになるから、眠い目をこすりながらも最後までする。時折、何の因果でと怒りがこみ上げるが。捨てた奴は今頃ぐっすり眠っていやがるだろう、とフツフツと怒りがこみ上げる。誰だかわからないのが癪の種だ。
たまもよく世話をした。この子は母性本能が強いのか、と改めて思った。離乳食に切り替わっても、2匹の横でじっと見守るばかりで、少しでも自分が欲しがる素振りを見せない。
子犬が少しずつ成長すると毎日遊び相手になるのだが、これがまた実に上手なのである。見ていて飽きなかった。もちろん不安などは一切感じない。たまが所有していた犬用のおもちゃを、アリスとテレスが次から次へ自分たちの巣箱へ持っていってしまう。それをただじっと見ているだけである。
夜になって2匹がぐっすり寝入ってしまうと、ひとつひとつくわえて静かにまた自分の寝床へ持って帰るのだ。ちゃんと所有欲というか、自分のものが自分の場所に無いことを知ってはいるのに、主張しない。ドイツの森での振る舞いを思い出したものだ。
思い出したからついでに書いておこう。ドイツで他の犬に怒ったことがもう一度あった。クヴァックスという群れのボス的な猟犬がいて、この子がいたずらに僕が手から外して持っていた手袋をさらって逃げたことがあった。するとたまは猛然と攻撃して、クヴァックスはほうほうの体で手袋を放した。
似たことが日本でも一度あった。友人宅に麻雀に行き、たまも部屋にどうぞ、というので連れて行った。友人宅にも当時犬がいたが、その子は庭にいて、たまは部屋にいるのだから、なんだかおかしいね。
奥さんにも、もちろん誰にも、とてもよくなついていた。あるとき、僕がソファーの上に脱いで置いたジャンパーを、奥さんがハンガーに架けてくれようと手にした。するとたまが、それまで麻雀卓の下でじっとしていたのに、「触るな」というように低い声で威嚇した。「たまちゃん、どうしたの」奥さんはびっくりしていた。僕が事情を飲み込み「たま、良いんだよ」と声をかけたら安心して再び卓の下にもぐりこんだ。
アリスとテレスの顛末は書き足しましょう。