季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

発音

2009年07月22日 | その他
僕のところへは、音楽専攻の人ばかりが来るのではない。一般大学や、ふつうの勤めをしている人も来る。

簡単に言えば、僕は音楽が好きな人であれば、誰にでも教えることにしている。そういう人が所謂ピアニストよりもずっと音楽的なことも往々にしてある。

先日、そうした生徒の一人がやって来た。ふつうにレッスンをした後、何かの話題から、大学での英語の授業についてちょっと訊きたいことが、という。

僕を英語の達人だと見てくれたのか。さすがに目が高い。こういう人は音楽的なのだ。

しかし質問は、じつにシンプルで、僕の英語に関する知を動員するまでも無かった。人の常識で答えればそれで足りることであった。ああよかった。僕の頭の中では、えっと規則動詞の過去形はどうだっけ?などとちょっとしたパニックが引き起こされていたのだ。

質問とは次のようなものである。(急に偉そうになったでしょう、安心は尊大の父という言葉がなかったっけ、無いよな)

英語の教師がやたらに発音にやかましく、最初のうちは気にしないようにしていたが、発音が完璧でないと通じないと言われ続けているうちに心配になってきた、本当でしょうか、と。

この手の質問は僕のような人間にはうってつけさ。

通じますとも。少なくとも、僕は足掛け10年ドイツ語らしきものを話して暮らしたのだ。

しかし、と僕の良心がささやく。本当に通じていたのだろうか。通じていた確かな証拠はない。逮捕もされず、家賃の滞納もなかったが、それだけのことだったのではないだろうか。それが心配の種である。もしも通じていなかったのなら、あの歳月は何だったのか。僕の青春を返してくれ。

いや、心配が昂じてすっかり弱気になってしまったようだ。

さて、件の教師の発音とは如何に?と訊ねると、典型的なジャパニーズイングリッシュだという。そんなことだろうと思った。

発音発音と多くの人が目くじらを立て、ついに小学校にまで英語が導入されたが、それを主張する人たちはもっと世の中を見渡せばよい。

F1の中継やサッカーの中継なら、目にすることくらいあると思う。どの選手も英語を話す。これが場合によっては大変聞き取りやすい。ドイツ人の話す英語はとくに聞き取りやすい。インタビュアーもブロークンな英語だったりする。

怪しげな発音だって、こうやって理解しあっているのである。発音というのは実際難しい。

僕はドイツで、ある世界的に有名なバス歌手の子供と奥さんを教えていた。ある日、奥さんが、ある日本人のドイツ歌曲の夕べに行ったのだが、残念ながらただの一言も聞き取れなかった、と言った。

その歌手を僕は知っていた。ドイツ人と結婚して、ドイツ語に絶対的な自信を持つ人だった。そんな人のドイツ語だって聞き取れないと言うのだ。

名歌手たち、たとえばピーター・ピアーズやキャスリーン・フェリアのような素晴らしい歌手のドイツリートを聴いても、言葉の発音だけはやや違うのが僕にも分かる。ニコライ・ゲッダなどはドイツに住んでいたし、たしか7,8カ国語を喋ったはずだが、それでもドイツリートでの発音は外国人のそれだった。

先日、ツール・ド・スイスという自転車レースで、スイス人選手が勝った。しかし勝利インタビューでのその選手のスイス訛りは、訛りが強いことで知られるスイスでも、未だかつて聞いたことがない、目を白黒させるものだった。

実況していたのは、日本人とドイツ人のハーフで、言うまでもなくドイツ語は完璧なのだ。その彼が「必死に単語を聞き取ろうと努めたけれど、とうとう一言も分かりませんでした」と笑っていた。まあ、発音なんて気にしなくとも理解される、という話が逆になってしまったが。

このように実例を挙げれば、発音にまつわる面白い話題がいくつでも転がっている。

そのような難しいことを学生に課す、それに意味があるとは思えない。使えるものを使えない心理にするだけではないか。

まず言いたいことを言ってみる。外国語の会話に関してはそれで充分だ。

ほんじゃいけねえというんけえ。