「対馬夜話」の怪奇な話 その3
竜宮の使いを食べて罰が当たった話
仁田内村の百姓で、正月の何日とかには、山に行かない家が、三軒ある。
これは、昔先祖の代に、その三人が同道して、奥山に行ったことがある。
道のわきの川を見ると、鯛、黒魚などが上って来ているのを見た。
捕まえて、帰って食べると、すぐに腹痛がして、死にそうになった。
占ってもらったところ、それらの魚は、竜宮の使いであった。
御岳の神様への使いであった魚を食べた罰であったとの事である。
占いに、こう現れたので、謝罪の言葉をのべると、回復した。
その後、その日には、今に至っても、山に上らない。
嘉永5年(1852年)6月15日、茂助が語った事である。
竜宮の使いを食べて罰が当たった話
仁田内村の百姓で、正月の何日とかには、山に行かない家が、三軒ある。
これは、昔先祖の代に、その三人が同道して、奥山に行ったことがある。
道のわきの川を見ると、鯛、黒魚などが上って来ているのを見た。
捕まえて、帰って食べると、すぐに腹痛がして、死にそうになった。
占ってもらったところ、それらの魚は、竜宮の使いであった。
御岳の神様への使いであった魚を食べた罰であったとの事である。
占いに、こう現れたので、謝罪の言葉をのべると、回復した。
その後、その日には、今に至っても、山に上らない。
嘉永5年(1852年)6月15日、茂助が語った事である。
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