脳出血で無職になった親父のブログ

株式投資に腕時計が好きなオッサンのブログです。年齢を重ねスピリチュアルにも興味を持ったお蔭で人生感も変わりました。

22歳で結婚(・・;)

2016年07月02日 17時33分08秒 | わが半生
彼女と別れた後、私はSさんと交際しました。そんな、ある日のこと『捨てておいたから!』交際を始めまなしのころ、Sさんは時々、私の家に遊びに来ては泊まって帰ることもありました。『何?何を捨てたん?』尋ねると『セーター!』押入れの奥にしまっておいたセーター。それは別れた彼女が編んでくれたセーターだったのです。『なんで?まだ未練でもあるん?』正直なところ未練はあったのです。性格が良く女性的なところがSさんとは正反対。交際すると本質が見え始め私は別れた彼女に未練を持ちながらSさんの美貌に惹かれている心の葛藤。『いや、未練はあらへんよ。』捨てられたセーターのことは触れませんでしたが押入れの奥を探した?私はSさんの行動に??を持ったのですが女性の嫉妬?と流していたのです。その日を境に(・・;)『これ、使ってくれる』Sさんが私にプレゼントをしてくれました。が、誕生日でも何でもないのに。綺麗にラッピングしてある箱を開けるとセリーヌの長財布。決して安くはありません。その翌日には『これ、私と揃いのライター(^^)使って!』ジバンシーのライターでした。私も若かったこともあり頂けるものは貰っとこう(^^)そんな考えでした。物をプレゼントしてくれるのは良かったのですが(^^)少し変わったところがあったのです。
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昭和40年代の遊び

2016年07月02日 13時32分36秒 | わが半生
今はパソコン、テレビゲームなど子供が遊ぶには、それなりに出費がかさみます(^^;;私達が子供の頃にはニンテンドーDSとか勿論、ありません(^^;;昭和40年前後から半ばにかけては戦後復興とは言えまだまだ貧しい国だったんだなぁと。だから子供もお金のかからない遊びをしていたんです。そこらに落ちている空き缶を使って缶蹴り。かくれんぼ、みたいなものです。縄跳び、馬跳び、鬼ごっこ、女の子はゴム跳びとか。あやとりとか。少しお金を使うと、コマ回し、ボールを買って野球。それも庭球と言って素手で遊べるゴム製のボールで三角ベースの野球をしたり。ペッタンと言って紙製の、そう東京では『メンコ』というもので、ひっくり返したら相手のペッタンを貰えるということや、ビー玉とか。銀玉鉄砲もあったなぁ(^^;;私が小学校低学年の時は駒や庭球のボールは10円で売ってました(^^;;ペッタンも当時のものは1枚の薄いダンボールみたいな紙製の物に30枚分くらいが印刷 されていて自分でハサミを使い1枚ずつ切るのです。それが10円だったかな(^^;;ターザンとか、当時流行の漫画が印刷されていて有名なのは巨人の星とか。あ、それに怪獣映画の大ブームでしたからゴジラやガメラが印刷されていたものも。珍しいのは坂東妻三郎や片岡千恵蔵の時代劇が印刷されてるものもありましたよ(^^;;この平成の時代で当時のペッタン『メンコ』は物によっては相当な高額で売れるそうです。こんなことなら残しておけば良かったなぁ(^^)私も結構、持っていたのですが母に全て捨てられ、その後また最初からコツコツと貯めていきましたが結局、母に見つかり捨てられましたね(・・;)
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