マシュマロ’sエンディングノート

~At the end of a marshmallow-like life~

収集癖は同じモノを2つ以上買うという話

2020-11-24 | 日々の暮らし
昨日、飽きもせずお片付け動画を視聴していて「そういえば私にも身に覚えのある光景だなあ」と、しみじみ感じたのが"収集癖”です。
今でも、まだその習癖は残ってはいますが、改めて気を付けねばいけないな、と思いました。
収集癖は、モノを捨てないだけではなく、実は同じモノをいくつも手に入れてしまうという、道理で片付かないしモノも減らない部屋になるはずだ、という話を綴ります。

収集癖の始まり
現在、収集癖がある人は、一体いつから始まりましたか?
私は、振り返れば幼少時にはすでに収集癖があったように思います。
記憶にある限り、最初に集めるのが楽しくて仕方がなかったのが、リカちゃんハウスとリカちゃんハウス用のミニチュアです。
女の子であれば、誰でも一度は手に取ってみたことがあるリカちゃん(笑)
リカちゃんについては、リカちゃん本人(?)を何体も集める人、リカちゃんの洋服を集める人、リカちゃんハウスとミニチュアを集める人の3パターンがあったように思います。
私の場合は、ハウスとミニチュアでしたが、もともとはおままごとの道具が割と好きで、母が実際に使っているキッチンツールへの憧れから興味を持ち始めたような気がします。

同時に、ぬいぐるみもたくさん買ってもらいましたね。
これは、過去のブログ記事でも触れたことがあるのですが、私は動物と暮らすことを夢に見ていたけれど、母が動物嫌いなために幼少の頃は動物と暮らすことが叶いませんでした。
その叶えられない夢の代わりとして、とにかくかわいいぬいぐるみを見つけると、誕生日やクリスマス、また旅先でのお土産としてねだって集めていました。
小学生になってからは、漫画にもハマってしまって、これも何かのついでに親に買ってもらったりしていたのですが、もともと歳の離れた兄もマンガ好きだったので、私が買わなくても家にはたくさんの漫画があり、私が漫画にハマりだしてからは、漫画が増えていくスピードが2倍になりました(笑)
10歳を過ぎたころには、自分の持ち物にこだわるようになってきましたので、これも以前ブログで触れたことがありますが、サンリオキャラクターの雑貨と文房具を揃えて、使っていました。

中学校に入って、お小遣いをもらうようになってからは、漫画、レコード(のちにCDへ移行)、文房具類、アイドル雑誌、アイドル関連のグッズ、ぬいぐるみなど、趣味が広がってしまって、とにかく私の部屋の収納は、集めたモノでいっぱいになっていました。
その後、高校生くらいになると洋服もブランドを気にするようになり、30代になるくらいまでは、服や雑貨を買うお店が決まっていて、バーゲンセールにもよく行きましたね。
ちなみに、リカちゃんは小学校卒業と同時に、近所に住んでいた女の子にあげて、全て手放しましたが、その後リアルなミニチュア(ドールハウス)にハマった時期もあったので、リカちゃんを手放しただけで、基本的な興味(ハウスとミニチュア)は少しも変わりませんでしたね(苦笑)

社会人になってからは、スポーツチームを応援するようになり、関連グッズも増えていきましたし、好きなアーティストのライブグッズも山ほど買っていて、特にレプリカユニフォームやロゴ入りTシャツは増える一方でしたが、普段使いができないものがほとんどなので、クローゼットの中で眠っている時間の方が多かったですね(一応1回以上は袖を通していましたが)
私のクローゼットがぎゅうぎゅうだった原因は、実はチームグッズやライブグッズのアパレル商品のせいだったかもしれません。

収集癖がある人はモノを「大事にしたい」思いが強い
これまで、さまざまなモノを集めてきた私ですが、収集癖のある人には、ある先入観があると実感しています。
それは、

 ・破損させたり無くしたら立ち直れない
 ・もう二度と手に入らない(あるいはそうなるかもしれない)
 ・経年劣化で汚れるかもしれない

です。
もちろん、強く望んで集めているモノでしたら、大事に扱うのは当たり前なのですが、環境によっては破損や汚れの心配は常につき纏いますし、かなりの気を遣ってメンテナンスをし、時には安全な場所へ移動させたりもします。
そこまで大事に扱っているがゆえに、万が一の場合を想定して備えようとする思いが強くなります。
それが、

 同じモノを2つ以上買う(予備)

という行動に現れるわけです(笑)

2つあれば安心
今回、私が視聴した動画の家主は、食器を集めるのが趣味ということで、1人暮らしなのですが大量の食器を所有しています。
他にも洋服や雑貨、靴やバッグなどの増えるばかりで減らないモノの定番もありましたが、それらは片付けを進めるうちに、未練や勿体ないという気持ちが薄れていったようで、時間経過とともに執着を手放したようでしたが、どうしても食器だけは手放せないような感じでした。

中には、高級品の陶器や磁器もあり、そういったモノについては1点しか所有していませんが、とにかく種類が多い。
また、手が出せないほど高いわけではない食器に関しては、最低でも2セットは持っているように見受けられました。
来客を想定していることもあるようなのですが、もし1つが割れても、もうひとつあれば万が一の時に落ち込まなくて済むという気持ちもあるのだろうな、と察しました。

私も、販売形式に制限があるようなモノに関しては、1つあればいいのに2つ買ってしまうことがありました。
今思えば、2つも要らないし、そもそも買わなくてもよかったモノばかりでしたが、購入時はとにかく自分の身近に持っておきたい、何かあっても予備があれば安心だという気持ちが強くて、予算が許す限り2つ以上購入することもありました。
しかし、大事に扱うため、実はなかなか破損しないし、定期的にメンテナンスもするので酷い汚れもつかないし、適した場所を探して保管しておくので、劣化も緩やかです。

そうなると、結局2つ買ったモノは延々と2つ所有したまま月日を過ごすことになるのですよね(苦笑)
そして、また次のモノを2つ購入してしまい、普通にモノを買う2倍の速さで部屋や家の中が埋まっていき、徐々にモノで溢れた状態になり、いずれは管理能力に限界が訪れて、そこからは汚部屋まっしぐら状態になる可能性がダントツに上がるのです(コワイな~)

といいつつも、私の場合は心のどこかで、お金を消費することそのものが勿体ないと思っているので、思い切ってすべての好きなモノを2つ以上買うということはできませんでしたし、モノをたくさん持っていた割には部屋が片付いていないと気が済まない性質だったので、結果として収納家具が増えてしまったという状態になっていましたね。

ひとつで大丈夫、なくても大丈夫
長い年月をかけて、私はいろいろなモノを処分してきましたが、未だに手放すことを躊躇して保管状態になっているモノもあります。
ただ、2つずつあったモノに関しては、1つを処分することができるようになりましたし、1つ残したモノでさえ、最近手放せるようになり、再びモノが減り始めています。
それが、いいことだとは決して思っていないのですが、私が目指す将来の暮らしには、もう必要がないことだけはわかっているので、寂しい気持ちにはなりますが、手放すことに後悔をすることはないです。

収集癖がある人は、モノが手元から無くなることそのものが怖かったり悲しかったりします。
表面的には「売ったらお金になるかな」といいつつも、実際は手放す決心をするまでに、かなりの時間をかけているはずです。
また、好きなモノを人に無条件で譲ることにも、抵抗を感じることが多いです。
もし、気持ちよく譲ることができるのだとしたら、相手が自分以上にそのモノを大事にしてくれる人だと確信したときか、そのモノへの愛着や執着が薄れてきたときです。
収集癖のある人は、モノへの拘りや愛情や執着が強いのですが、私は特に執着が強かったですね。
気持ちの上では、好きを貫きたいのですが、実は好きな気持ちを上回るくらい執着が強いことも、割と多かったです。

私は、終活の一環としてモノを減らし続けているわけですが、いろいろなモノを手放すうちに、モノが減っていく部屋(と家)に気持ちよさを感じるようになってきました。
好きという気持ちは、本来心地よかったり心が癒されたりするはずなのですが、手放してみたことで得られた開放感のような気持ちを味わうと、今まで私はモノに振り回されて、気持ちが安らいでいなかったのかもしれないな、と感じるようになってきました。
もちろん、好きなモノを集めることで味わえる幸福感や癒しもあるのですが、同時に管理やメンテナンスといった手間暇が発生し、自分の管理能力を超えてしまうと、無意識の苦痛になりストレスと化してしまいます。
そうまでして好きなモノを集めても、結局メンテナンスをできなくなってしまって、残念な状態にしてしまいまい、モノへ対する罪悪感のようなものが生まれてくることもあるのですよね。
反面、むやみに手放したり処分したりすることも、モノに対して悪いような気がしてくるのが、収集癖のある人です。

しかし、私はこう思うようになりました。
モノは、何かの役に立つために存在しているのであって、私を困らせたりストレスを溜めさせるために存在しているわけではない、と。
もし役割を終えたり、そもそも役割がなかったモノなのであれば、手放してもメンタルや実生活に対するダメージはほとんどないです。
それが二度と手に入らないモノであっても、手放して自分の生活が悪い方へ劇的に変化してしまうことは、全くありません。
今、どうしても手放せないモノがある人は、一度手の届かないところへ置いて、見えない状態にしてみてください。
そして、数日経った時点で、やはりどうしても手元に置いておきたい、毎日でも眺めていたいと思うのであれば、ずっと持っていていください。
しかし、もし数か月あるいは何年も存在を思い出さなかったら、そのモノの役割はとっくに終了していると思うので、手放してもきっと大丈夫なはずです。
モノを新しく買うときも、収集癖のある人は大事に扱うので、予備の2つ目以降は必要ないということだけは、断言できます(ただし消耗品は除外してくださいね~)

WEBで画像を探して楽しむ
一度手放したモノ、特に嗜好品に関しては、二度と手に入れることはしませんが、以前処分したモノを思い出すことがあります。
二度と買うことができないモノも、割とたくさんあるのですが、今の世の中、私と同じモノを所有している(いた)人はたくさんいて、しかも何らかの形で画像をWEB上に公開しています。
ですから、二次元ではありますが、再会することは可能なのですよね。
もちろん、処分するときは自分でも画像に収めておくのですが、最近は自分で画像を撮る手間をかける必要はないのかな?と思うようになりました。

少し前に、卒業アルバムを処分した話をしましたが、これも、結局同期生の誰かが必ず一生持ち続けるはずだから私が持っておかなくても大丈夫だという理屈で、手放しました(そもそも、卒業した大学の図書館で閲覧できるはずですし)
モノも理屈は同じかなと考えると、何が何でも自分が持っておく必要はないと思えるので、今どうしてももう一度見たいと思うモノがあれば、WEB検索をするつもりです。
ただし、そんな気持ちになったことは、過去に1度くらいしかありませんでしたけど(笑)


収集癖は、なかなかやめることができないのですが、気持ちや見方を変えるだけで、案外手元になくても平気になってくる改善しやすい癖だと思います。
私は、今でも収集癖は持ち続けている自覚がありますが、私がわざわざ集めなくても、誰かが集めているからいいや、と思えるようになってからは、是が非でも手に入れようとは思わなくなりました。
いずれまた、収集癖が実生活で復活する可能性はありますが、今はモノを集めないことが心地よくなってきているので、このまま継続していきたいですね。


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