「日本の漫画」がコロナ禍もフランスで好調の理由 巣ごもりでアニメ視聴機会増えグッズが売れる
フランスにおける日本のポップカルチャーがコロナ禍でも盛況だ。巣ごもり需要もありNetflixなどのストリーミング配信サービスの契約者数は増加。その影響が日本の漫画やアニメへの関心の高まりにもつながって、関連グッズの売り上げも増えている。パリ市内の書店に足を運ぶと、日本でも社会現象になった『鬼滅の刃』のほかに『呪術廻戦』『僕のヒーローアカデミア』といった作品が置かれ、日本での流行とほぼ同時期にフランスでも広がる。5月19日から公開された『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は、同日公開の新作としてフランス国内での初日観客動員数が1位になったという。他方でコロナ禍による国際流通の滞りが、日本からフランスへのグッズ輸出へ影響も与えている。貨物の頻度が減ったため需要が供給を上回り、一部の店舗では店頭商品が品薄になっている。「ジャパンエキスポ」など大型イベントも中止が相次いだ。現地のファンと直接触れ合える機会は低下し、コロナ禍におけるその代替策を模索しているところは多い。
ロックダウン前に日本の漫画を大量に買い込み
「漫画の売り上げに関してそこまでコロナの影響は受けていません」。パリ市内中心部、日本食レストランや日本食品店が集まるオペラ地区に店舗を構える「パリ・ジュンク堂」。店長のサミュエル・リシャルドさんはこう答える。
今年3月21日から、フランスはコロナ禍になってから3度目の全国的な外出制限を敷いた。初回と比べれば、2回目および3回目の制限は緩やかになったが、レストランやバーなどの店内営業ができない状態が続いたため、人々は家で過ごす時間が増えた。
「過去2回の外出制限時は、発表された後の買いだめがすごかったです。制限が始まる前に全巻をそろえておこうという人が多く訪れました」とリシャルドさんは言う。3回目の外出制限では書店の営業は許可されたため、パリ・ジュンク堂は営業を継続。取材当日も、地下の漫画フロアは若者を中心に、日本の漫画を求める買い物客が入れ替わり来店していた。ただし、すべてが順調というわけではない。コロナ禍で日本とフランスをつなぐ航空貨物が減便したため、そのあおりを受けて貨物運賃が上昇。その分を商品価格に転嫁せざるをえないという。「値上げをすればするだけ、お客様はオンラインサイトに流れます」とリシャルドさんは悩みを打ち明けた。流通の停滞は、今までの顧客サービスにも影響を与えた。以前のフランスでは、日本の流行は時間差をもってフランスのファンの間に流れ込んでいた。しかし今は、日本とほぼ同じタイミングで日本の流行がフランスのファンの間に入る。コロナ前は、日本の新刊発売日にパリ・ジュンク堂に来れば、その新刊をすぐ手に入れられるという体制が整っていた。しかし、今はそれができなくなった。「今は、航空貨物が大体月1〜2回。それでは以前のような入荷の体制が取れません。ファンは多少高くても誰よりも早く新刊を手に入れたい。そのため値段は高くても、日本からインターネットで取り寄せる人はいます」とリシャルドさんは語る。需要はあるが、日本からの貨物の減便に対して、有効な対策をなかなか打てていないのが現状だ。「今までのお客さまを大切にするしかない。入荷頻度が増えれば違ってくるのですが……」とリシャルドさんは今の状況に葛藤する。巣ごもり需要は、アニメ・漫画関連グッズの売り上げにも追い風になった。パリ市内中心部東にある共和国広場から延びるヴォルテール通り。ここではアニメや漫画の関連グッズを扱う店が軒を連ねている。それら店舗の中に、パリでバンダイナムコグループが展開するガンプラ専門店「バンダイ・ホビー・ストア」がある。同店および商品のヨーロッパ展開を担当するバンダイフランスの西山真さんは、コロナ禍で翻弄された昨年度の結果を、「2020年は波が激しい年だったが、結果的に前年度より売り上げが伸びました」と総括する。フランスで外出制限が出された2020年春は、フランスにとって初めての経験ということもあり社会は動揺、売り上げにも大きな影響を与えたそうだ。しかし、その後はアニメ関連グッズの売り上げが伸びた。ガンプラなどプラモデルは、グッズに比べれば大きな伸びはなかったが、Eコマース需要とあわせて外出制限中も売り上げは止まることなく手堅く推移した。
「何度かの外出制限を経験して、お客さまも家での過ごし方に慣れてきました。Netflixなどでアニメに触れる機会が多くなり、外出制限が解除され店舗営業が始まると、その関連商品を買い求めました。過去の2回のロックダウンでは、どちらも解除に合わせて売り上げは上がっています」と西山さんは答える。日本からの商品の入荷についても、コロナ禍で若干の遅れは出るが、商品が途絶えてしまうという状態にはなっていないそうだ。
コロナ禍で大きく影響を受けたのが、ファンと直接向き合えるイベントだ。とくに、フランスを代表する日本イベント「ジャパンエキスポ」は、昨年に続き今年も開催が見送られた。しかし西山さんによると「それほど悲観はしていない」という。「ヨーロッパの中でもとくに日本のポップカルチャーへの理解度が高いフランスにおいて、今後の展開でより重要になってくるのが、いかに購買層の裾野を広げるかということ。その点でフランスにおいては、すでにファンとなった人が集まるジャパンエキスポのようなイベントより、全国展開するスーパーマーケットなどガンプラを知らない人が多く集まる一般的な場所で訴求し、新たなファン層を獲得することが重要になってきています」と西山さんは現状を説明する。
コロナ禍のあおりを大きく受けたのが、集客を活動の主とする文化施設である。エッフェル塔の近くにあり、ホールやイベントスペースを備えた「パリ日本文化会館」は、フランス政府による外出制限などもあって、昨年度は9月から10月の2カ月間しか施設を開けられる期間がなかった。
「日本から出演者やゲストを呼べないため、多くのイベントが延期または中止になりました。コロナ禍以前までは、パリ日本文化会館という箱をいかに活用するかということをつねに考えてきましたが、コロナ禍ではそれをできなくなった」と同館で事業部長を務める鈴木達也さんは語る。
しかし、施設としては従来の形での活動に多くの制限が課されたものの、フランスにおける日本のポップカルチャーの熱については、下がっているとは感じないそうだ。「仕事柄、フランスに住む漫画翻訳者とのつながりは多いですが、コロナ禍でもつねに忙しそうな印象を受けます」と鈴木さんは言う。しかし、施設としては従来の形での活動に多くの制限が課されたものの、フランスにおける日本のポップカルチャーの熱については、下がっているとは感じないそうだ。「仕事柄、フランスに住む漫画翻訳者とのつながりは多いですが、コロナ禍でもつねに忙しそうな印象を受けます」と鈴木さんは言う。
公的機関であるパリ日本文化会館には2つの意義があるという。1つはフランスにおける需要を汲んで、それらをサポートすること。しかし需要がある分野は、公的機関のサポートがなくても商業的に盛り上がることは多い。
そのため、そこだけに偏向するのではなく、公の機関だからこそできる、サポートが必要な新しい人や分野にスポットを当てることにも力を入れている。「コロナ禍を経てこれらに、実地だけではなくオンラインでもどのように取り組んでいくかは、今後も試行錯誤が続きます」と鈴木さんは言う。これら取材を通して共通するのが、日本のポップカルチャーにおいて、フランスはヨーロッパにおける1つの戦略拠点になっているということだ。
バンダイフランスの西山さんは「ヨーロッパの中だと、フランスがもっとも進出が先行している。フランスは見本となる市場であり、ここでの成功事例を他の国にも当てはめられるようにしたい」と語る。
パリ日本文化会館の鈴木さんは「19世紀後半にフランスでジャポニスムが興ったように、日本とフランスは文化的な親和性があり交流を広げてきた。フランスの事例は1つの理想的なストーリーとして、他国との交流を考えるうえでもモデルになるのでは」と述べる。
日本のポップカルチャーの広がりと手段について、コロナ禍においてもここフランスが、ヨーロッパでも海外での1つの流れを作っている。東洋経済