稀に見る「与党惨敗」
総選挙の結果、自民公明の与党が過半数割れ、しかも、自民系無所属(非公認・離党)を含めても過半数にとどかず、という結果となりました。そして自民党の農水大臣・法務大臣のみならず、与党の一角、公明党の石井代表も落選するという、希に見る「与党惨敗」の結果となりました。
ただし、野党第一党の立憲民主党は比較第一党には及ばず、連立野党政権を組むことは絶望的に難しい…と言われていますから、おそらくは、自公と国民民主or維新と、何らかの「取引」をした上で(それが消費税減税だったら何よりではありますが)、首班指名で国民民主or維新が(「閣外協力」の形で)「石破」に投票するとの調整を図り、石破総理が少なくとももう少し続くのが、最もあり得るシナリオなのではないかと考えられています。
ただし、この状況では、政治が恐ろしく停滞することは確実です。
現在の石波政権は財務省や米中の諸勢力によって「雁字搦め」になっていますから、易々と国民民や維新の提案に乗ることはできず、そうである以上、「閣外協力」すらままならない状況が続くことが予期されます。その結果、政治が著しく停滞することが危惧されるわけです。
国民は「岸田・石破政治」にNOと言ったのだ
…ですが、実を言うと、それこそが今の日本国民の潜在意識が希望した状況だと解釈できます。
そもそも、メディア上ではコメンテーター達がさかんに今回の与党惨敗は「裏金問題への国民の怒り」によってもたらされたと言っていますが、それは完全な間違いです。
与党惨敗の根本的な原因は、裏金問題に対する国民の怒りというよりもむしろ、「国民のための当たり前の政治をしないで党利党略にあけくれる岸田・石破政治」に対する国民の怒りこそが、今回の与党惨敗の帰結をもたらしたのです。
つまり、「国民のための当たり前の政治をしないで党利党略にあけくれる岸田・石破政治」の象徴的事案として「裏金問題」があるのであり、裏金問題に「だけ」国民が怒り狂ったわけではないのです。
しかも、石破氏の「裏金問題」に対する対応がまさに逐一、「国民のための当たり前の政治をしないで党利党略にあけくれる岸田・石破政治」の連続だったのです。
「党利党略」目的の非公認…と自分からバラした!
第一に、石破総理・森山幹事長は“裏金議員”をそのまま出馬させたら「党利党略」上、選挙でヤバくなるんじゃないかとビビって、一事不再理の原則という「当たり前の政治」のルールを度外視して、非公認にしてしまいました。そんな石破氏の振る舞いには、多くの国民はウンザリする他なかったのです。
しかも第二に、「当たり前の政治」だとするなら、どんな事情があっても、“裏金議員”を非公認にしたのならそれは、「それが公正中立な基準から必要だったのだ」と説明する筈ですが…石破氏はあろうことか「選挙での勝利のために非公認とした」と赤裸々に公言してしまったのです。つまり、私がやった非公認は「党利党略」目的の非公認なのですよと、メディアの前で公明正大に発言してしまったのです。
これはもうまさに、「阿呆にも程があるだろ…」という話しでしかありません。国民はこの石破氏の振る舞いに対してまた深くウンザリしてしまったのです。
さらには第三に、“裏金議員”の処分について「不記載議員とそれ以外とで同じ扱いをするわけにはいかない」という事を大前提とするのだという当たり前の発言をしながら、実際には、石破氏も小泉進次郎氏も岸田氏等の「自分および自分たちの仲間」がやった「不記載」問題については「その不記載は単なるミスだ」と不問に付してしまったのです。そしてその一方で、自身の政敵である安倍派の議員の不記載は全て処分対象にするという、「党利党略」丸出しのダブルスタンダードを平然とやってのけたのです。
これぞまさに、「国民のための当たり前の政治をしないで党利党略にあけくれる岸田・石破政治」の典型的振る舞いであり、多くの国民は心底その振る舞いにウンザリしたのです。
「当たり前の政治」をやらない事への怒り
そして挙げ句の果てに第四に、「非公認」にした候補者に対してなら(公認者に対して)提供している選挙資金「500万円」を配布しない筈なのに、あろうことか石破総理・森山幹事長は(党勢拡大のために配っている1500万円と共に)その「選挙資金の500万円」を非公認候補者にも配ってしまっていたのです。
石破総理・森山幹事長が一体何を考えてその「500万」を配ったのかよく分かりませんが、この情報を耳にした国民は皆、「当たり前の政治」ならば非公認にするなら公認料の500万を配る筈が無いのに、単なる「党利党略」のために「偽装公認にして、実際にはカネを配って選挙応援をして当選させて、後で自民党に復活させてやろう」という小賢しい事を考えているのだろう認識したのです。
この様に、石破氏の「裏金問題対応」は全て逐一、「国民のための当たり前の政治をしないで党利党略にあけくれる岸田・石破政治」だと(意識的か無意識的かはさておき)認識したのです(ただし多くの国民は、以上に述べた構図を論理的に認識することなく、ただ上記の様な岸田・石破の振る舞いに苛立ちムカつき、その自らの苛立ちムカつきの原因は「自民党議員の裏金づくり」にあるのだと解釈――すなわち“勘違い” ――してしまっている、というのが実態でしょう。その勘違いを産み出しているのが、ニュースのコメンテーター達だという次第です)。
そしてもちろん、国民は皆、「解散はしないと言い続けていたのに、選挙で勝つために解散を宣言したこと」も、「アジア版NATOや金融所得課税や選択的夫婦別姓等と言い続けてきたのに、官邸の都合で全く言わなくなったこと」もまた全て、単なる「国民のための当たり前の政治をしないで党利党略にあけくれる岸田・石破政治」だと認識したわけです。
「停滞の方がまだいい」
にもかかわらず、石破氏やその周辺、ならびにその支援者は、
「石破政権が今回選挙で負けたのは、安倍派議員達の裏金問題のせいだ!」
と、都合良く自分を欺すような誤解をして、「自分たちは悪くないのだから、今回選挙に負けたからといって、辞任なんてする必要はさらさらないんだ!」と逆恨みしつつ、権力の座にしがみつこうとしているのです。だとするなら、何というおぞましき話しなのでしょうか…。
しかし国民は、そんな「おぞましき石破・岸田政治」を辞めさせたいと潜在意識の中で強く願ったからこそ、国民は与党惨敗の選挙結果を選択したのです。ただし、「野田立憲」に政治をやらしたかった訳でもないので、今回の様な、誰も過半数が取れない「全党敗北」状態を国民が総意として選択したわけです(その結果、政治が停滞するわけですが、「おぞましき石破・岸田政治」が続くくらいなら、その停滞の方がまだマシだと国民が総意として判断したと言うことができるでしょう)。
いずれにせよ政治家ならば、党利党略に明け暮れるのではなく、政治家の本道として、国民の幸福を願い、国民の暮らしを守り、 国家を守る仕事に一意専心すればそれでこと足ります。石破氏が(そして、岸田氏が)そうした政治をやっていれば、多くの国民の(熱狂的といっても差し支えのない)支持を受け、政権が安定化し、末永く総理の座に座り続けることができるでしょう。
もしも石破氏にも岸田氏にもそれができぬとするのなら……我々国民は、一日も早く、国民のため、国家のための政治を志す総理総裁が自民党に誕生することを祈念し、そしてそれを実現させるための努力を一人一人が重ねていく他ない、ということになるでしょう。