サイコロジスト101

旧J&PホットラインSIG101opMr.髭が運営。
健康心理学、生理心理学、ストマネを学びましょう!

喫煙か禁煙か~意志決定のメカニズム

2009-02-01 02:38:48 | Weblog
    <ギャンブリング課題の共同研究グループ廣中ファミリーと札幌で>

私と健康心理学第10話:たばこを吸うこと、やめることーーーその意志決定のメカニズムーーー

喫煙のメリットとデメリット
 2008年は、多くの著名人が亡くなった。なかでも、ジャーナリストの筑紫哲也さんと俳優緒方拳の両氏の死は印象に残った。お二人とも、大の愛煙家であることを多くの人が知る。健康のためにと禁煙することはせず、好きなたばこを吸い続けたと聞く。喫煙による健康被害という悪い影響よりも、喫煙がもたらす気ばらし効果などのよい効果を得ようと愛煙家でい続けられたのであろう。
 喫煙マナーをうたったテレビCMで、落ち着いた紳士を演じた緒方氏が肝臓ガンと闘っていたことを知った今、はてなと思うのは私だけではないだろう。
 人はなぜ健康被害という危険を冒してまでたばこを吸うのだろうか。意志決定のメカニズムの一端をかんがえてみたい。
 
税調とたばこ
 アメリカのサブプライムローンこげつき問題を起源とする世界同時不況の嵐は、さまざまな経済政策立案を可能にしている。庶民が期待するのは、減税なのだが、逆に増税を声高に叫ぶ人たちがいる。たばこの値段を上げようという意見である。たばこ税を今の倍以上にすると、どうなるかがマスメディアでも議論の的になってきている。
 これまで、たばこの値上げをすると、消費は落ちた。直前の買いだめの反動効果がなくなった後でもわずかながら喫煙者は減った。だが売れたぶんの値上げ効果と相殺して、大概収支はトントンとなる。さて、今いくらまで値上げしたら税収は減らずに喫煙者を減らせるか。議論の的である。
 たばこを買うコスト(出費)と、得られるベネフィット(利益)の主観的な比較をして、喫煙者は禁煙の意志を固めるという単純な経済心理学である。

ギャンブリング課題
 今心理学の分野で、ギャンブリング課題と名付けられた実験課題が流行っている。ハイリスク行動をとりやすい人を見つけるのに役立つというのが理由である。
 A,B,C,Dの4つのデッキがコンピュータのディスプレイに表示されている。
 AかBをクリックすると、比較的高額のお金が得られるが、ある確率で高額のお金がとりあげられる。
 一方、CかDかを選ぶと、得られる金額は少ない。ある確率で少額だがお金がとりあげられる。
 このような事態のもとで、デッキを何度もクリックしてもらい、獲得した賞金総額を競わせるわけである。ルールがわかってきたら、徐々にハイリスク・ハイリターンのデッキA、Bよりも、ローリスク・ローリターンのデッキC、Dを選ぶ確率が増し、ついにはデッキC、Dしか選ばなくなる人が多い。理性的な人が論理的に判断すればそうなるはずである。
 ところが、ハイリスク・ハイリターンのデッキA、Bを選びたいという衝動がわいてくる。何パーセントかの人は、いつまでたってもデッキA,Bを選び続ける。一度の大勝ち体験が、ハイリスクであるにもかかわらずデッキA、Bを選択するようである。いわば、ギャンブラーの行動をとり続ける。
 たばこを吸うことは、ある意味、こうした実験事態でデッキA、Bを選びつづける行動と似ている。たばこを吸うとニコチンが脳に作用して気持ちよい状態になる。ニコチンによる強い快感を生み出す効果は喫煙行動を強化する。一方、長期にわたる喫煙習慣の結果、肺がんや喉頭がんなどに罹患し、放置すると死を招くことを知っている。喫煙行動について、ギャンブラーの心理学という観点から分析していくと、禁煙に導くためのヒントが得られるかもしれない。

喫煙によるデメリットの増大
 喫煙行動の継続が、喫煙による損得勘定(メリット感とデメリット感の主観的勘定)の結果だと考えると、喫煙行動がもたらすデメリットをいかに強く、大きく感じさせるかが禁煙行動開始の動機付けになると予測される。
 健康被害についての正確な知識を与えること、経済的負担を具体的な数値で示すこと、喫煙者に対する世間の冷たい目をさらに厳しいものとすることなど、こうした考えにまつわる禁煙テクニックが思い浮かぶ。
 今話題の紙巻きたばこ1箱1000円議論がそれである。一箱の値段を現行の300円から1000円に引き上げるだけで、中高生などの若年喫煙者は禁煙を考えるという調査結果が出ている。ところが長期喫煙者である中高年のヘビースモーカでは、たとえ1000円になろうとも吸い続ける人の割合が、若年者ほど低下しない。
 緒方拳や筑紫哲也のようなヘビースモーカーが、元気な間に禁煙し、世に禁煙をアピールするCMに登場してくれればどうなるだろうと空想する年末である。

余計な注釈
 かっこいい大人はたばこを吸っていたのは1970年代まで。今の若者は、ちょい悪おやじがタバコを吸うと感じるのだそうだ。時代は変わったのか?学生から聞いた話です。


ストレスマネジメントと禁煙

2009-02-01 02:30:24 | Weblog
           <新人ナースの研修風景>

私と健康心理学第9話:行動変容-3 ストレスマネジメントと禁煙

 とある公立病院の新人看護師を対象として、1年近くメンタルヘルス研修をおこなった。
 意気揚々と入職した新人が、3ヶ月も待てずに早期離職する例が後を絶たない。そこで、この病院では、新人研修からメンタル面をサポートするためにと、私の専門であるストレスマネジメントの実践を依頼してきたわけである。
 4月早々、私と大学院生のY君は、リラクセーションを中心とするストレスマネジメント研修を行うために長距離バスに乗り込んだ。海峡を越え、目的の病院管理棟に着いたのは昼過ぎであった。

研修風景
 研修室に集まった新人ナースたちは、ワイワイガヤガヤ。まだ学生気分が抜けないようである。
 やがて看護副部長からにぎにぎしく紹介されて、私が登壇した。軽い導入部を過ぎ、パワポイント使った話が始まった。新人看護師は入職直後ショックを受けるかもしれないこと、そのショックストレスで潰れないようにしましょう、リアリティショック乗り越える方法な何か、女性の生き方はどうかなどなど30分ほど話してから、ストレスの検査用紙を使って現在のストレスを測ってみた。ストレスのプロフィールを描く頃には、看護職がもたらす健康被害を、他人事ではなく自分のこととしてとらえる準備ができたようであった。会場は静かにおちついて、表情に少し緊張感がみえる。
 
呼吸法指導
 最後はいつものように、リラクセーションの指導。
 「はい、ゆっくりと息を吐いて。今度は吸って。はいまた吐いて。吐いて。吐いて・・・、え、吐いてばっかりやって?そら、苦しくなったら吸えばよろしいやん。」
 誰かが笑い出す。会場全体に笑いが伝搬した。
 「ハイ、上手、上手。みんな息吐くの上手やね。息吐くには笑うのが一番です。」
 張りつめていた空気が一掃された。
 新人ナースたちは、なぜ今、呼吸の仕方を学ぶのか、まだ解せない様子。5月の連休明けには、1週間がかりでストレスマネジメントの研修を行うことを伝え、ぶあつい冊子を配布した。
 
ストレスドック
 ストレスドックの実施である。ストレスドックとは、人間ドックのメンタルヘルス版で、心身両面の健康度を総合的に評価するために開発された調査パッケージである。今回は新人看護師用の特別バージョンを用意した。200問ほどの質問票からなる。その場で記入してもらい、持ち帰ってデータ処理し、分かりやすい資料として全員に結果を返すことにした。そして、その人に必要なストレスマネジメントの研修メニューを提案しようという筋立てである。
 同じ研修ルームで、半月後の連休明けから1週間、5種類のストレススマネジメント技法を毎日彼女たちに教えようというわけである。
 リラクセーション技法の修得は全員への課題である。その他、患者や同僚とのコミュニケーションの仕方を鍛える訓練、論理的な考え方を修得する訓練などをワークショップ形式で学んでもらおうという計画である。
 
リラクセーションの効果
 リラクセーションとは、ストレス状態を自分で抑えるための技法で、呼吸法、自律訓練法、筋弛緩法などを学ぶことでストレスを自己制御するもの。生理心理学から生まれた心理療法で、呼吸法が基本中の基本。
 リラクセーション技法を身につけたこの新人ナースは、その後現場に出て数々のストレスフルな出来事に遭遇した。医療ミスあり、上司や先輩とのトラブルあり。患者の経過が急変して死んでしまったという究極のリアリティショックを体験した新人ナースもいた。
 そんなとき、研修で習った呼吸法を活用してしのげたかどうかを半年後に聞き取ってみた。うまく活用できたナースは、やはりこれからもこの病院で長く働いていこうという意欲がみられた。ところがうまく活用できなかったナースたちは、早晩退職も覚悟の上という感想であった。
 
ストレスマネジメント失敗で喫煙
 中にはストレスフルな状況になると、タバコに手が行くようになった、アルコールが増えたという人も。病院での仕事に慣れて、2年目に入ろうとする今年の1月に、最後の研修を行った。
 ぎこちなかったリラクセーションやアクティベーションがすんなりとできるようになっていた。入植者のなかで、私たちが介入を始めてから辞めてしまったナースは一人だけ。研修効果はあった、早期離職はくい止められたと安堵したのはいうまでもない。
 1年がかりの取り組みであっった。いろいろ書きたいことがあるが、ストレスの発生が引き金となって喫煙し、喫煙習慣がついてしまった例が少なくとも数例はありそうである。次の課題は、職場を辞めさせないで、たばこを止めさせる介入法の開発である。
--------------------------------------
余計な注釈
 禁煙を始めて1年のY君とTさん、その後もなんとか禁煙は継続しているようである。
 5月から禁煙を始めたX君はA就職活動のストレスからか、逆戻りしてしまった。リラクセーションを同時に教えて、ストレス反応を呼吸法だけで抑える術を身につけさせる予定である。
 


タバコを止めた人から学ぶルール

2009-02-01 02:26:25 | Weblog
<プロチャスカ先生のTTMは禁煙行動形成の核プログラム>

私と健康心理学第8話 行動変容-2「タバコを止めた人から学ぶルール」

 前回紹介した禁煙開始の院生二人は、六ヶ月の禁煙期間を過ぎ、禁煙成功者の仲間入りを果たした。今回は、禁煙成功者から行動変容のルールを学びたい。

禁煙スタートに大切な四要素
 健康心理学では、半年間禁煙が続いたら、禁煙成功とみなすことにしている。前回お話しした禁煙を始めた院生二人は、この定義からすると二〇〇八年二月で無事禁煙成功者となったわけである。禁煙開始に至るまでの秘訣を整理しておこう。前回私は、四つの行動科学の用語をつかって解説した。
 一 止めようという明確な「動機」があること
 二 報酬、すなわち「強化刺激」が明確に存在すること
 三 禁煙によって「得られることと、失うこと」を天秤にかけること
 四 行動記録をとること、すなわち「セルフモニタリング」
など四つであった。これらの要素を彼ら二人は、自分なりに持ち合わせていた。私はただ、それらを積極的に活用するようアドバイスしただけであった。行動科学による禁煙などの行動修正は、無理やり他者が個人の行動を修正することではない。個人の自由意思に従って、禁煙したいという動機が生まれるのを待ち、行動変化のためのルールを活用して援助するに過ぎない。

TTMでみる禁煙ステージ
 禁煙六ヶ月で禁煙成功とする定義は、プロチャスカのトランス・セオレティカル・モデル(TTM)という理論からきている。TTMでは、行動が変化するには5つの段階があると考える。禁煙に当てはめて考えてみよう。
 一 前熟考期:たばこをやめるなどと考えたこともない無関心な段階
 二 熟考期:たばこをやめることを考え始める段階。
 三 準備期:たばこを止めようと決心がつき、止める計画をたてる準備の段階。
 四 実行期:たばこを止めはじめるも、期間が六ヶ月以内。
 五 維持期:たばこを止めて六ヶ月が過ぎ、禁煙状態が維持されている段階。
 貴方はどの段階だろうか。私は禁煙を始めて八年八ヶ月なので、もちろん維持期にある。先の院生二人はちょうど六ヶ月の維持期に入り立てで、実行期から維持期に至る間の生々しい体験をやり過ごしたばかりである。
 
逆戻り防止策
 実行期から維持期に至る間が一番辛い時期である。忘年会などの酒席は喫煙者がつきもの。誘惑も多く、一本吸ってしまうと終わり。一本が二本と増え、せっかくやめていた三ヶ月間が無駄となりがち。段階を後戻りしてしまう「逆戻り」である。
 こうした逆戻りリスクを低下させるために彼らがどんな工夫をしたかを聞いた。
 ニコチンバッチを効果的に利用したY君は、三ヶ月後にはニコチンパッチの容量を30mgのものから10mgへ下げ、使用頻度も減らし、四ヶ月目には不要となった。呼気中に含まれる一酸化炭素(CO)濃度は0になったという。ニコチンへの身体依存は克服したものの精神的依存は残る。家族が喫煙するので、逆戻りリスクは高かったが、彼は子どもへの間接喫煙を防ぐことが重要だと認識し、家族にも子どもの前では吸わないとルールを作り、自らのリスクにも対処した。
 禁煙パイポで喫煙行動を代替したTさんは、早期に身体依存も消失し、喫煙再開による喘息症状悪化リスクを根絶したいという強い動機と家族のサポートが功を奏した。
 彼ら二人に共通する要因にも注目したい。それは、彼ら自身が他の禁煙希望者のサポータとして活動したことである。また大学祭と禁煙科学学会で、自らの取り組みについて報告する機会を得たことも関係していそうだ。禁煙を志した人が抱く生々しい葛藤を、同じ目線で聞き取り、共感することのできる禁煙サポータという役割は、自身の認知的再統合にも役だつ。TTMの理論からこうした体験を整理し直し、後進の指導を行うためのマニュアル作りは、逆戻り防止のための「認知-行動」の絆を強化するのに役だったはずである。
 生理心理学も貢献した。二人には、呼気中CO測定を定期的に測定してもらった。二人とも、禁煙期間の延長でCOは低下し、遂には0になることを身をもって知った。喫煙の客観的指標を得たことで、喫煙が健康に悪いこと、禁煙が健康によいことを目の当たりにしたわけである。自身にとっては理論を体験的に受け止め、冷静に理解するのに役だったという。他の禁煙希望者にもCO測定をしてもらったので、他者への説明にも役だつことを知った。
 彼らは、逆戻り阻止の工夫を自分で考え実行した。「認知の鎧」を完璧に仕立て、見事に着こなしたわけである。今や彼らは後輩の院生達に禁煙サポータの役割を譲り、禁煙成功者として自立への道を歩き始めた。二度と逆戻りのないよう祈るばかりである。

余談:嫌悪療法による禁煙
 実はもう一人、私の周りに維持期ほやほやの人がいる。彼は、四〇年間喫煙者であった。長い前熟慮期のあと、中年を迎えて健康への不安から熟慮期を過ごした。実行期へと一歩進んだきっかけは、昨年一月に参加した同窓会への出席であった。青春時代の想い出話に花が咲き、一泊二日の間に五箱、百本の紙巻きたばこを平らげた。喫煙者ばかりの集いは、温泉旅館の一室を副流煙で満たした。帰宅した翌日は二日酔いと喉の痛みなどで一服も吸わなかったとのこと。そしてそのまま一週間、一月と延長していった。あらゆる誘いにも動じず、無事半年を通過して、一年の禁煙期間を迎えた。
 行動科学で彼の禁煙行動を解釈すると、いわゆる嫌悪療法に合致する。喫煙行動が、長時間不快な気分と対提示され続けることによって、喫煙行動を回避する新たな行動の回路が作られたわけである。こうした喫煙による嫌悪体験を演出することは、禁煙治療の動機作りに有効であることはわかっている。とくに理性豊かな中高年には、準備期から実行期に一気に引き上げる強い効果が期待できる。
 筆者が毎週訪れる警察関係の施設は、数年前に喫煙コーナが設けられ、三年前からはガラスで囲われた喫煙室が設置されるに至った。聴聞や検査、研修、試験を終えた喫煙者達が、この狭い部屋で一服ふかす様は、さながら嫌悪療法室である。咳き込む人も多い。
 ニコチン欠乏で身体が喫煙を求めても、不愉快な気分を回避したいという脳からの強い指令で、冷静な大人は禁煙行動をスタートさせることができる。次なる一手は、施設内に禁煙サポート室を作り、禁煙成功者による相談やサポートを開始することではないだろうか。
 
--------------------------------------
余計な注釈
 呼気中に含まれる一酸化炭素CO濃度は、非喫煙者では0である。ところが先日ある小学生の呼気を調べたところ、僅かだが喫煙者並みの数値が出た。家族に喫煙者がいるか尋ねたところ、お父さんが大の愛煙家であった。副流煙による健康被害はこうして親から子へと及ぶ。数値を記録した用紙に間接喫煙の可能性をメモしてその子に渡したことは言うまでもない。
 
2008/2/25校了



タバコを止めるプロセス観察

2009-02-01 02:22:01 | Weblog
<写真は、禁煙医学の高橋裕子先生とツーショット>

私と健康心理学(7)行動変容-1「タバコを止めるプロセス観察」

 中学時代から八年間タバコを吸い続けていた大学院生のYくんと、同じく三年のTさんが、盆休み前にタバコをやめた。この四月から大学が館内全面禁煙となったのを受けての決断であった。現在二ヶ月が経過したが、まだ禁煙は続いている。
 禁煙成功と判定するには、半年間禁煙が条件なので、まだ成功とはいえない。しかし二ヶ月間の経過を間近で観察しつづける幸運に恵まれたこの機会に、行動変容の生々しい実態をレポートしつつ、行動変容の考え方の解説を試みることにする。

動機
 永年続けていた喫煙という習慣的行動は、そうやすやすとは止められない。またある人にとっての習慣的行動は、他者の力によって強制的に変容しうるものではない。無理やりタバコを取り上げたところで、隙を見て喫煙する中学生をみれば分かる。大切なことは、まずタバコをやめようと自ら思い立ち、れっきと決断することである。
 行動変容は、自身の内なる動機によって開始されるのがよしとされる。彼らもそうであった。

環境操作
 ただし、動機は自然発生的に生まれるものとは限らない。愛煙家がタバコを止めたいと思うに、環境条件が整うと禁煙動機はスムーズに形成される。YくんとTさんの禁煙動機形成に、館内全面禁煙がルール化されたことや、学内禁煙化プロジェクトのメンバーとして作業部会に参加することになったことは大いに関係する。禁煙ルールが知れわたった衆目の中で、堂々とタバコをふかすのは勇気がいるし、禁煙運動の担い手という役割は、自らの喫煙行動を抑止する効果をもつ。

報酬・強化刺激
 ある行動が、報酬を得るのに関係していると、その行動の出現頻度は増す。禁煙行動が続くとご褒美がもらえ、喫煙すると報酬がストップするとしたら、禁煙行動は強化される。
 Yくんにとっては、タバコ代の節約が報酬となった。1日に1箱半吸っていたYくんは、毎日五百円もの出費をして煙を吸っていたことに気づいた。そこで彼は、禁煙が果たせた一日の終わりに、五百円硬貨を貯金箱に一つ入れることにした。禁煙によって毎日五百円づつ貯まっていく禁煙貯金箱を見ることが、今の彼の強化刺激になっている。
 喘息もちのTさんは、禁煙によって発作症状が抑えられることに心底気づいた。喫煙が喘息症状を誘発することは分かっていたが、止めることがどれほど効果的かは、止めてみないとわからなかった。ところが禁煙を続けるという体験を経て、その効果に気づいた。Tさんにとっての強化刺激は発作のない快適な生活と、家族の笑みだろうか。


得られるものと失うもの
 禁煙によって経済的負担が減り、体調改善に役立つというメリットが得られた。だがメリットだけに注目していても、禁煙は成功しない。禁煙によって失うもの(デメリット)と、得られるもの(メリット)との主観的な比較が、禁煙の成否を決する。
 禁煙が続いている二人にとっては、デメリットよりメリットが勝ったわけである。禁煙で誰もが感じるデメリットとは、ニコチン依存症の程度にもよるが、ニコチン禁断症状からくる苦痛体験であろう。
 依存症状の強かったYくんは、30mgのニコチンパッチをつかってこの苦痛を克服した。一月後には15mgとニコチン量を減らし、今では張り忘れてもやっていけるようになった。
 依存症状が弱かったTさんは、ニコチンパッチは不要だった。メントールタバコを吸っていたので、メントール味の禁煙パイポをタバコ代わりに吸うことでデメリットを克服した。
 
セルフモニタリング
 実は禁煙スタートの1週間前から、二人には喫煙本数を毎日記録してもらっていた。吸った時刻とそのときの様子を記録したわけである。1週間も続けていると、どのような状況で喫煙するのか、本数が増えるのはどんな状況かなど、つぶさに分かる。自分で自分の行動をモニターするだけで、少し本数が減ることも分かっている。
 今また新たに禁煙を志し、セルフモニタリングに入ったNくんがいる。
 果たしてこれら三名は、誘惑に負けることなく禁煙を継続することができるだろうか。次回掲載時のレポートに乞うご期待。
 
------------余計な注釈
 大学敷地内のポイ捨てタバコを毎日決まった時刻に拾い集め、衆目の場に設置したホワイトボードに貼った模造紙に一日ごとに張り付けた。月曜日に170本あったものが、火曜日159本、水曜日100本、木曜日81本と減り続け、最終日の金曜日には50本と激減した。ポイ捨て行動をとる人にとっては、セルフモニタリングの助けになったのかもしれない。


うつむく鬱と瞬く鬱

2009-02-01 02:16:49 | Weblog
<写真は、まばたき研究の仲間Terry Blumenthalとリスボンでツーショット>

私と健康心理学(6)うつむく鬱と瞬く鬱
はじめに
 朝のラッシュ時に乗客の行動を観察するのが好きである。いろんな人がいる。
 吊革2つを占領したうえ、さらに網棚に手をかけて威張る初老。
 座席で口を開け、うとうとするキャリア風女性。その垂れる頭を避けるOL。反対側の男は大げさな仕草で新聞を広げたり畳んで音を立てる。
 立ったままいびきをかく酒臭い中年。
 イヤホンからサーサー騒音をばらまく大学生。
 ケータイメールをシコシコ打つバイト風若者。
 ノートパソコンで仕事するサラリーマン。
 化粧道具を前にアイラインをひく若い女。
 そして、新聞越しに人々の行動を横目で観察する私。

うつむく行動とうつ 
 駅につくと、こうした人々も一斉にホームに降り、乗り換え口まで最短ルートを急ぐ。ところが皆とは違う行動をとる人がときどきだがいるものである。
 もう何年も前のことだったが、ホームで出会った中年男を思い出す。その男は、うつむ(俯)いたまま歩く。コートの襟を立てて顔を見せないばかりか、完全に足下・つま先を見て歩くので目立った。
 気になったので尾行したことがある。階段の端をうつむき歩き続けた先が、反対側のホームだったのには驚いた。その人に何度か会ったが、いつも同じ姿勢、同じ歩き方、そして同じコース。ついぞ顔は見せてくれなかった。うつむき歩くその男、何か辛いことでもあるのだろうか。
 精神疾患をもつ人が、時として特異な行動によって症状の悪化や改善を示すことが知られている。
 うつ病に固有の特徴的な行動が、このうつむき歩きだということは知る人ぞ知る事実である。
 私がこの事実を知ったのは、30年も昔。さる長老の精神科医から教わった。
 「うつ病の人は、必ずうつむいて歩く。症状が軽い時は、1~2m前方を見おろすに過ぎないが、症状が重くなるにつれて60cm、30cm、そしてついにつま先をみるようになる。」
 私の前でその様子を真似て歩いてくださったその先生も、うつ病の経験があるのか妙に真実みがあり、説得力にも凄みがあった。
 精神科で心理士として働いていたとき、いろんな患者さんの中に、うつ病と診断された人を何名かみたので、ああなるほどと納得したことを覚えている。
 精神生理学という学問領域を専門とするようになってからは、脳波やまばたきなどの生体反応、姿勢や視線などの行動から、心のはたらきを探ることが仕事となった。そして今でも、うつ病などの心の病を身体の反応で記述することに関心があり、常に人々を観察し続けているわけである。

うつとまばたき
 うつ病と関係する行動の一つに、まばたきがある。
 まばたきとは、瞬目(blinking)と言い、瞼(まぶた)を一瞬閉じることである。ゴミが目に入らないように、角膜に刺激を感じたら0.05秒ほどでまばたき反射が始動する。たいへん素早い応答である。
 まばたきには、こうした生体防御を目的とした反射だけでなく、意図的に目を閉じるウィンクや、自発的に現れるものもある。ふだん何気なくしている瞼の開閉は、まさにこの自発性瞬目である。いろんな実験や観察から、成人で1分間に20回*くらいまばたきをしていることがわかっている。
 新聞を読み流している人のまばたきはおよそそんなものである。ところが関心のある記事を食い入るように読んでいる時には数回に抑えられる。ゲームに浸る時にはさらに減る。電車の中で人を観察すると、その様子は手に取るように分かる。
 逆に緊張するとまばたきが増える。小説の中で心理描写にまばたきが登場するときは、大概「緊張」と関係している。研究論文の一号は、ポンダーとケネディという二人のスコットランド人生理学者による。彼らはバスの中の乗客のまばたきも観察し、人目を避ける女性のまばたきが多いと書いている。緊張がまばたき発生を促すことを、彼らは多くの観察から明らかにした。以来、神経症傾向の強い人、不安の強い人のまばたき頻度が、そうでないグループよりも高いことが報告されるに至っている。
 また、まばたきが多い人は、神経質で緊張しているとみられやすい。米国はボストンカレッジ教授のJ・トエッツは、父ブッシュの時代の米国大統領選TV討論の録画映像を分析し、討論中のまばたき回数を計測して見事選挙結果予測に役立てた。討論現場でまばたきを多発する候補を視聴者は厳しく査定するようである。
 トエッツはまた、まばたきがうつという感情・気分障害の症状判定に役立つと考えている。抗うつ剤の効果を、まばたき頻度で測る手法で多くの論文を書いている。外の世界へ関心が減り、内的世界であれこれ悩んで不愉快な気分が支配する時、まばたきが大いに多発するというのが彼の主張である。
 電車の中で隣あわせになった人のまばたきをときどきみてみましょう。そしてもし、あなたをみつめる眼差しの主のまばたきが普通より多ければ、不快だと訴えているのです。i-podのボリュームを下げると戻るかもしれません。

以上

------------
*余計な注釈
 ある化粧品のCMで、人は1日2万回まばたきをするといっていた。
 この数字の根拠はこうである。1分間に20回まばたきをするので、1時間あたり20×60回=1200回。1日8時間寝るとして起きている時間は16時間なので、1200回×16=19,200回。見事に1日2万回くらいまばたきをしていることになる。そう考えると、目元の皺が気になりますね。

まばたき関係の本ならこれが定番
1)田多英興・山田冨美雄・福田恭介(編)1991 まばたきの心理学.北大路書房.
2)田多英興・山田冨美雄・福田恭介 1998 瞬目活動. 宮田洋(監修)、藤澤清・山崎勝男・柿木昇治(編)新生理心理学I:生理心理学の基礎,p266-279、北大路書房

2007/2/23校了


ストレスマーカ探索の旅

2009-02-01 02:09:26 | Weblog
     ボディソニックでリラックス&ストレスドック

私と健康心理学(5)ストレスマーカ探索の旅

●ストレスをはかる新研究
 自殺者が連続7年3万人(註:2006年現在の記載。1998年以来2008年まで連続11年3万人が新しい資料)。自殺の前駆症状が鬱で、その鬱の前駆症状がストレスときている。ストレスマネジメントでなんとか鬱への移行を止められないか、そして自殺をくい止められないかと、いろんな方面から声が聞こえてくる。
 健康心理学者を標榜する私は、黙ってはいられない。そこでこの春、本学に大学院人間科学研究科を創設し、ストレスマネジメントを研究する心理学領域の主任になって、臨床生理心理学実験室を作ってもらったのを機に、ストレスマーカー探しという新しい研究をスタートさせることにした。

●生理心理学
 私は大学大学院を通じて、生理心理学を専攻としてきた。生理心理学は心理学の中でも、自然科学に最も近い領域である。そこで学位を得たので、医学分野の人たちとの交流も多く、共通の関心事をたくさんもっている。
 しかもここ10年ほど健康心理学という応用分野に足を染めた関係上、ストレスマネジメントの生理心理学的基礎研究が大きなウェイトを占めている。中でも、自記式質問紙にハイ/イイエで答えていって、「はいあなたのストレス度は何点です」というような形式ではなく、リトマス試験紙のような検査器具を一舐めさせ、その発色具合をリーダに読み込ませたらストレス度60というような結果が出るものを開発したいとおもっている。できるだけ簡便で、かつストレスの度合いに敏感。ストレスの度合いが客観的な数値として出てくる。そんなストレス測定技法を開発したいのである。
 私は生理心理学の基礎技術を発展させて、健康心理分野に貢献したいという単純な動機を以前から抱いていた。だがなかなか研究環境が整わなかった。それがこの春、実現できることになったのである。

●生理指標
 これまで私の研究室では、脳波とまばたきを中心に測定できる装置をフル稼働させて、心地よさや感動体験の詳細を生理心理学的に研究してきた。この技術は、もちろんストレスの測定にも転用可能である。
 脳波α波成分が増えれば、リラックス状態を現す。
 私の得意とする前頭正中線部に観察される脳波Fmθ(エフエムシータ)は、集中し、没頭しているときによく現れ、ストレス状態では消失する。またストレス状態で、まばたきは多発する。
 これら既存の機械に加えて、新しい生体反応記録装置を導入することになった。
 まず心電図からr-r間隔を計測し、瞬時心拍率をリアルタイムで解析し、それをもとに自律神経指標を計測するシステムがある。これはテレメータを使ったワイヤレス計測なので被験者への負担は少なくて済む。被験者の胸に三箇所、使い捨ての心電図電極を装着するだけ。そのリード線は、服に装着した五百円玉大の発信器へつながっている。PCに装着した受信機でデータを受信し、心電図波形を認識するというもの。
 ストレス状態が高まれば、心拍率は増加し、交感神経優位となる。

 これらの機械に今春、驚愕性瞬目反射計測システムが追加導入された。
 眼輪筋筋電図をワイヤレスで計測しつつ、ワイヤレスヘッドフォンを通じて100dBの強度をもつ白色バースト音を被験者に聴かせ、この刺激に対する眼輪筋反射を計測・評価するシステムである。
 ストレス状態が強ければ、音刺激を繰り返し提示したときに生じる反射の慣れが、遅れるはずである。
 またPPI【prepulse inhibition】という現象を測定できる。これは、驚愕誘発刺激に微弱な音刺激を百ミリ秒先行付加すると、驚愕反射が抑制される強固な現象だが、統合失調症の患者では消失し、恐怖症では亢進する。各種精神障害やストレス状態との関連を検証し、症状把握に有力な指標として確立したいところである。

●内分泌・免疫指標
 よだれを3ccほどもらえれば、それを検査会社に出して唾液中分泌型免疫グロブリンA(s-IgA)の含有量が測定できる。急性ストレスによってs-IgAは増加し、慢性ストレス状況では分泌量は低下することがわかっている。
 さらに残った唾液を高速液体クロマトグラフィにかけて、コルチゾール成分の含有量を計測することができる。この春、コルチゾールを分析するためのシステムを導入し、一月かけて稼働できる状態にしたところである。
 さらに唾液中のαアミラーゼ活性を15秒ほどで定量化する装置も導入できた。

●動作解析
 歩行中の手足の細かな動きや、閉眼片足立ち時の身体の揺れ画像を3台のカメラで撮影し、3D解析して各種の運動指標を測定評価することができる。こうした動作指標は、これまでリハビリによる運動機能回復過程を評価するのに使われてきたが、ストレス状態やうつ症状を客観的に測定する動作指標として確立できないかと期待している。

●ストレスドック
 これらの装置をフル稼働させて、ストレス状態を複数の生体反応を用いて総合的に把握することができる。もちろん、これまで使ってきた自覚症状調査や主観的気分評定、状態不安尺度や各種ストレス尺度もすべて使って、ストレス状態を他覚的・多角的に把握することになる。主観的なストレス症状と、心電図や脳波などの生理反応、動作解析という行動指標、それに唾液中コルチゾールやアミラーゼ活性などの内分泌・免疫指標の動態という四つの異なる次元のデータを得ることによって、どのような画期的な成果が期待できるだろうか。今私は大きな夢を抱いているところである。


2006/5/15校了


感動で行動が変わる

2009-02-01 02:03:20 | Weblog
    <行動変容は感動が鍵・・・写真は光トポ>


私と健康心理学(4)感動で行動が変わる

●感動がブーム
 今、感動という語がちょっとしたブームである。テレビなどで、感動を呼ぶ○△というキャッチフレーズによく出くわすからである。
 超人気横綱であった貴の花が、長い休場の後ライバル武蔵丸と優勝を争った末、鬼の形相で勝ち名乗りを挙げたことがあった。小泉首相は優勝杯授与にあたって、「感動した」と叫んで以来、「感動」は一世を風靡し市民権を得た。
 感動の結果、製品に感動したならそれをぜひ使いたい、欲しいなどと思い、購買行動がひきおこされる。映画や芝居なら、また観たい、そのシーンを真似してみたい、演じた俳優のブロマイドが欲しい、原作を読みたいなどとなる。このように、
 体験 → 感情の動き → 行動
と連なるプロセスは、いわゆる認知-行動の連鎖である。
 名スピーチに感動して、人は大きな意思決定をする。私が心理学の領域に足を突っ込むきっかけの一つは、恩師宮田洋教授が掛けて下さった言葉に感動したことが一因である。小生の教え子の一人は、某所で行った私の講義に感動したことが縁だったと言う。
 この例を出すまでもなく、「感動」は人を行動に駆り立てる機能をもつ。オリンピック観戦の感動から、厳しい練習も苦にせず競技生活に入る若者は確かにいる。天覧試合でホームランを打った長島繁雄に感動した団塊世代はいまだに巨人ファンである。映画の一シーンに感動した体験から、自分の人生の一シーンにこだわる人を知っている。
 製品の外観やデザイン、新機能や隠し技などを知ったあと、なんらかの強い感情や衝動が生じたら、それが「感動」の正体である。映像や芝居を観賞していてある場面で思わず涙したとき、あるいは大笑いしてしまったとき、心的状態は「感動」に近い情動体験をしている。それが感動に形作られるには別の要素が必要となる。
 
●小泉首相感動発言の経緯
 野暮な話だが、小泉首相が土俵上で「感動した」と放った経緯を分析してみよう。
 ①相撲の取り組みを見た(観戦体験)
 ②動悸、激しい息づかいなど強い感情の発生を自覚(情動認知)
 ③観戦体験が動悸の原因と推測(原因帰属)。
 ④記憶と照合し、希有な観戦体験と認知(記憶照合)
 ⑤自らの苦境とだぶる(共感)
その結果、
 ⑥今後もあなたを応援する(行動予測)
 ⑦「感動した!」と土俵上で奇声(行動実行)
 という流れであったのではないだろうか。
 このとき、国民は総じて小泉首相の心情を直感的に理解していた。鬼の形相が生まれる背景をも。
 舞台は連続休場開けの場所。横綱の名誉を掛けた一戦を、まさに不屈の闘志で戦ったのである。嬉しいだろうし、身体は痛かろうが、口には出さない横綱貴の花。苦境に耐える自分の心境とだぶる体験であったであろう。観衆は「感動した」の台詞を大声で叫んだだけの首相にも共感した。知的に整理はできないものの、激しく感情が揺れていることは子どもにも理解できた。その場の体験は、記憶に刷り込まれ、将来の自分の行動に変化が生じると予測もできる。そのようなもやもやした状態を、「感動した」と表現し、大相撲ファンに共通の体験を自覚させ、首相の苦境をも強く印象づけることに成功した。
 
●「感動」成立の認知説
 心理学では感動を含む、激しい感情の動きを「情動(emotion)」と呼ぶ。情動の成立については、100年も前からの末梢起源説(ジェームズ・ランゲ説)と、神経生理学的研究を元にたてられた中枢起源説(キャノン・バード説)とが対立していた。涙が出るから悲しくなるのか(末梢起源説)、場面を認識して悲しいと判断するから涙が出るのか(中枢起源説)という不毛な議論の後、認知説(シャクタ説)が生まれた。
 シャクタによると、心臓の鼓動や冷や汗などの交感神経系の反応(生理的覚醒)を知覚したとき、私たちはその理由を環境内に探るという。そして帰属すべき原因をみつけたら、以後類似した状況などは、驚きや悲しみ、喜び、驚き、快不快などの感情とともに認知される。草原風景を映し出す映画を観ている最中に生理的覚醒が発生した人は、その原因が直前に服用したアドレナリンの副作用だと知らされるか知らされないかによって、映画に対する評価は著しく異なる。心臓ドキドキの原因がアドレナリンの副作用であれば、映像との関連づけは無意味だが、アドレナリンの副作用について知らされていなければ映画によって自分はおおいに感動したとラベル付けするからである。
 「感動」を、こうした認知説に従って理解を試みると、権力の座にある一首相の「感動した」発言は、視聴者の生理的覚醒の原因認知プロセスに少なからざる影響を与えたことは間違いない。
 
●「感動」のラベル付け・レッテル貼り
 「感動」体験は、他の情動体験と違う点は、その強度と将来予測性の2点であろう。感動と認知される限りは、生理的覚醒体験の衝撃は、通常の水準に留まらず、過去の体験リストの最上位を占めるほど強いものと予測される(衝撃強度)。また、快感情で修飾された体験に関連する事物は、将来においても概ね好感をもって迎えられ、好んで選ばれる(選好)度合いが高い。さらに行動変容など、その波及効果は広く強く、さらに高い質的評価が与えられる。
 オリンピックやワールドカップを観戦するとき、私たちは安易に感動という言葉を使ってはいけない。心臓活動などの生理的覚醒がいかほどのものであったか、過去の記憶との照合や先行きへの期待も含めて感動という語を使いたいものである。うっかり、その選手の着衣や用具メーカを店先で選んでしまう可能性が高いからである。
 健康行動を形成するとき、感動体験をうまく演出すると効果的である。詳細は別の機会に。

------------余計な注釈
 「感動」は広辞苑でひくと、「深く物に感じて心を動かすこと」とある。「名画に感動する」、「感動を覚える」、「感動にひたる」などの用例が載っている。なお心理学辞典には、「感動」という語は掲載されていない。心理学の研究テーマとしても、感動は主要な研究対象とはなってこなかったようだ。今こそ感動研究の好機かもしれない。 

校了:2006/2/13


夏の結婚式とストレス

2009-02-01 01:57:47 | Weblog
関西労研に掲載しているコラムを一挙掲載


私と健康心理学(3)夏の結婚式とストレス

 2005年7月27日に、教え子の保健師SKさんの結婚式に招かれた。夏の礼服でも新調しようと思っていたが、とうとうその時間がとれず、合い服で家を出た。真夏の陽射しが容赦なく長袖の礼服に突き刺さる。電車はのんびり走る。扇子をばたつかせ、何度も汗を拭く。最寄り駅からタクシーを飛ばして、何とか時間内に式会場のチャペルに滑り込んだ。二五年前の自分の時も、一昨年の姪の時もキリスト教式だったことを思い出す。

●今風
 チャペル内は満席状態だった。新婦側親族席の最前列に案内され、新婦の妹YKさんの隣に着席し、ほっとして汗をぬぐった。チャペルの中も暑い。
 父上と腕を組んでバージンロードから入場した新婦を迎える新郎の髪形は、チャパツがそそり立つ今風スタイル。お祈りの詞、指輪交換、宣誓、賛美歌と、式次第通りに進行する。プロカメラマンのフラッシュとは別に、デジカメやケータイ付きデジカメのシャッター音が鳴り響いた。今風である。
 チャペルを出て、披露宴までの一時を新郎の上司と世間話でつぶす。新郎のヘアスタイルの話題を糸口に、職場での活躍の様子を聞き及ぶ。今時珍しい、イイ男らしいのでほっとした。新婦の同期生たちと記念写真に収まり、一息ついたころ披露宴が始まった。
 披露宴会場に案内されて驚いた。新郎新婦の真ん前の、主賓席中央に私の名札が立ててあった。隣席は新婦の同僚と、父上の同僚。めったに座らないメインテーブルは落ち着かない。仲人のいない披露宴というので、尚落ち着かない。二人の生い立ちや出逢いの披露は、懐かしい写真を編み込んだパワーポイントを駆使して、プロ司会者が流ちょうな台詞回しで行った。なるほど、これは今風だとお隣と相づちを打った。

●スピーチストレス
 「次は主賓祝辞」と司会者の声。もしやの不安が的中し、新婦側のスピーチのトップバッターが自分だと知る。まさか主賓トップとは思っていなかった。しまったと思ったがもう遅い。
 多少とも新婦の紹介をしなくてはならないのだろうが、用意していない。結婚披露宴祝辞の定番テーマは、結婚はストレス度五〇点(一〇〇点満点)というホームズとラーエのライフイベンツ尺度の話。さてどうつなげようかと躊躇する間もなくマイクの前に立つことに。
 私が新婦の大学在学中に心理学を教えたこと、卒業後相談にのったこと、妹さんが仕事を手伝ってくれていることなどを枕に話し始めた。自分の専門が健康心理学だということから、なんとかストレスの話題に導入成功。あとは、結婚そのものや結婚生活が産み出す様々なストレスとうまくつきあってくださいというような講義・雑談風祝辞を語ったがよく覚えていない。新郎側の主賓挨拶が、きちんとした原稿に従ったものであったのとは大違い。随分くだけた話しぶりになってしまった。
 暑さや式ぎりぎりに到着したこともさることながら、スピーチこそが最大のストレスイベンツとなった。エアコンの効いた披露宴会場で、一人冷や汗をかいた次第であった。

●言い忘れたこと
 乾杯の後、フランス料理に舌鼓を打って落ち着いてくると、スピーチで大事なことを言い忘れていたことに気づいた。
 結婚はストレスフルだけど、出産・子育てというストレスと折り合って最低2人以上子どもを作って欲しいとまでは言った。だが保健師として、自らが働きながら楽しく子育てをし、地域住民の見本になれと言うのを忘れたのである。
 健康心理学の少子化傾向の歯止め策の1つは、モデリング理論の活用にある。若い人たちに、よい見本をたくさん見せ、真似してもらおうということである。保健・医療従事者はそのベストモデル。結婚も、2人以上の子育ても、相当なストレスイベントだが、楽しく乗り切る様子を若い人々に見せることこそが、保健・医療従事者の重要な仕事なのである。

●お開き
 友人達のスピーチや歌などの末、新郎新婦が両親に花束贈呈。感謝のことばが響く中、新婦側の父上も涙。今風の式次第にもかかわらず、涙でお開きは昔ながらの仕立てであった。
 心地よいストレスを満喫した、教え子のハレの舞台であった。
 炎天の帰路に浮かんだ思いは、我が娘にもいずれ訪れるであろう「その日」のことであったことはいうまでもない。

●余計な注釈 
 女性1人が生涯に生む子どもの数(合計特殊出生率)が1.29人と、少子化傾向に歯止めがかからない。結婚、出産、子育てにまつわるストレスが一原因のようだ。子育て支援と併せた女性のためのストレスマネジメントの普及が期待される。

参考:<横書きレイアウトお願いします>
 GAS研究会(山田冨美雄代表)編集『ストレスしのぎ辞典・改訂版』、健康設計2005年7月出版 

2005/8/22校了