「鮎壺の滝」に来てから10分ぐらいが経ちました。景色を眺め、写真を色々撮っていたので、かなりの時間が経ったように感じましたが、時計を見るとまだ7時35分でした。するとあと10分ぐらいは滝を見られるか、と計算しました。予定では下土狩駅に戻って7時53分発の列車に乗るので、その5分ぐらい前に出て駅へ戻ることに決めました。
それで、吊り橋から引き返して園路を戻り、再び滝に近寄りました。
凄い迫力でした。瀑布、という表現がピッタリの、凄まじい滝音と水飛沫と水煙に包まれて、昨日からの大雨による増水後の奔流が富士山溶岩流の先端の約9メートルの段差に押し寄せて落ち続けるのでした。
溶岩流の先端の岸壁の下に窪みが横たわっています。写真では窪みの陰になっていて見えにくいですが、窪みの各所に溶岩樹型(ようがんじゅけい)があるそうです。溶岩樹型とは、流動する高温の溶岩が樹木を包んで冷え固まったときに、燃焼した木の幹の跡が洞穴状に残ったもののことです。穴の壁に樹皮、木目(もくめ)などの型を残す場合もあり、ここ「鮎壺の滝」のそれには樹皮の痕跡も顕著に見られるそうです。
西側の四番目の滝の脇にも穴らしいものが見えましたが、溶岩樹型ではなくてただの窪みのようでした。
三つの瀑布は、ずっと見飽きませんでしたが、そのうちに、あることに気が付きました。
この、増水状態で瀑布も広がっている状態では、河原に降りて近づくのも危険だな、ということでした。予定では河原に降りて、出来るだけ滝に近づいて、志摩リンが立っていた岩の所まで行ければ良い、としていたのですが、この滝の凄まじさを見ていて、そうするのは危険だ、と気付いたのでした。
なにしろ、あfろ氏の描き下ろしイラストで見ると、志摩リンの立っている岩というのは、上図の右から二番目の滝と三番目の滝の間の下に付き出ている岩にあたるようだ、と分かったからです。その岩は両脇の瀑布の飛沫の中に包まれ、河原からは水面に隔てられていました。防水靴を履いたとしても滝の水飛沫でびしょ濡れになってしまいます。河原にも水が流れ込んでいて、とても歩いて行ける状態ではありませんでした。
なので、園路から河原へ降りられる道の入り口がチェーンで締められていたのにも納得しました。道と行っても遊歩道ではなく、河原べりのコンクリート堰堤ふうの斜面があるだけだからです。
なので、園路から眺めるだけにとどめました。聖地巡礼の旅は始まったばかりなので、ここで無理して怪我をしては全てがパアになります。
そこで、上図の滝の右側の岩盤の下の窪みなどをしっかり眺めておきました。この横たわる窪みは、かつてここにあったローム層が溶岩流の下になって後に水流で削られていった跡だそうです。自然が千年、万年の単位で作りだしていった天然の造形のひとつです。
なかなか見ごたえのある「鮎壺の滝」でした。志摩リンが立ち寄ったのであれば、なぜアニメ2期の伊豆キャン編に登場させないのでしょうか・・・。それとも後から追加した設定なのかな・・・?
「鮎壺の滝」には7時46分まで滞在しました。それから下土狩駅へ戻って7時53分発の列車に乗り、沼津経由で三島駅に8時10分に着きました。
このように三島駅からJR線を利用して往復で行きましたが、三島駅から「鮎壺の滝」までは徒歩で直行することも可能です。ただし30分ほどかかるそうです。宿にレンタサイクルがあれば、それを利用して15分ぐらいで行けると思いますが、今回利用した三島駅北口の東横インは、レンタサイクルのサービスはやっていないのでした。
なので、今回のJR線利用での片道18分の移動ルートは、限られた時間を活かすための唯一の選択肢でありました。 (続く)