歯が抜け、老人のようで…55歳エリート会社員の死に見る「若年孤独死」の現実
7/6(土) 6:10配信
オトナンサー
歯が抜け、老人のようで…55歳エリート会社員の死に見る「若年孤独死」の現実
ひきこもりなどと相関関係のある孤独死
近年、社会問題となっている大人のひきこもり、8050問題と強い相関関係を持つのが、孤独死です。ニッセイ基礎研究所によると、わが国では、年間約3万人が孤独死しているといわれています。しかし、国がその実態把握を行っていないため、正確な数字は分かっていません。
そのため、日本の孤独死の実態は、まだまだブラックボックスの中だといえます。孤独死に関するデータは、わずかしか出てきていないのが現状ですが、筆者は、前の居住者が部屋で亡くなるなどした「事故物件」の本を出したことをきっかけに興味を持ち、孤独死という現象を4年以上追い続けてきました。
取材の中で、数えきれないほどの現場に立ち会ってきましたが、その現場は壮絶で、悲惨そのものです。
孤独死の半数以上が65歳未満
孤独死というと、これまで高齢者の問題だと思われがちでしたが、それを覆す驚きのレポートが5月17日に発表されました。一般社団法人日本少額短期保険協会・孤独死対策委員会の「孤独死現状レポート」によると、孤独死の平均年齢は61歳で、高齢者に満たない年齢での孤独死はなんと、全体の5割を超えるということが分かったのです。
このレポートでは、地域別でも孤独死の平均年齢を割り出していますが、九州地区の孤独死の平均年齢はなんと、55.8歳という若さです。そして、その8割は男性です。また、発見されるまでの平均日数は17日。亡くなってから2週間以上発見されないという、痛ましい現実が浮き彫りになってきます。
筆者自身、取材で数々の孤独死現場に入っていますが、このレポートはまさに今、日本社会でこの瞬間にも起こっている孤独死の現状を表していると感じました。高齢者はたとえ孤独死したとしても、早めに見つかることが多いのです。介護保険によるサポートや民生委員、地域の見守りが手厚いという理由があります。
しかし、若者を含めた現役世代の孤独死は死後何週間、下手したら何カ月も発見されないというケースがほとんどでした。
孤独死する人は、8割が「セルフネグレクト」だといわれています。セルフネグレクトは、自己放任とも呼ばれ、ごみ屋敷やモノ屋敷、飼いきれないほど多くのペットを飼うなど、自らが自らを死に追い込むような行為で、これに陥ると、ゆっくりと、着実に死が近づいてきます。
特に、今の梅雨の時期から、7~8月は孤独死が最も多く発生する時期です。セルフネグレクトに陥って、エアコンをつけなかったり、つけられる環境になかったりして、熱中症で亡くなる人が圧倒的に多いのです。
国は総力挙げて実態把握を
孤独死現場で取材をしていると、亡くなった人の生前の姿が見えてきます。孤立し、崩れ落ち、誰にも助けを求められなかった現役世代の苦悩があらわになるのです。取材で訪れた、ある55歳のエリートサラリーマンは一部上場企業に勤めていたものの、上司からパワハラを受け、傷つき、家に引きこもるようになりました。
かつては、イケメンで学生時代は女子生徒からも人気だったこの男性は、50代なのに歯は全て抜け落ち、まるで老人のようだったと、最後に会ったご遺族の妹さんは答えてくれました。孤独死する人は、人生で何らかのきっかけでつまずいて、うまく社会と関われずに崩れ落ちてしまった人なのです。
これは、誰にでも起こりえることです。
孤独死は、近隣住民が異様な臭いを察知し、通報することで分かります。遺族は、高額な特殊清掃費用にたじろぎ、慌てふためきます。
大手ハウスメーカーが手掛けた物件になると、その仕様での修繕が必要になり、700万円ほどの費用を遺族が請求された例もあります。500万~600万円の高額な請求も珍しくありません。
今後、AIの発達により、遺体そのものはすぐに発見される未来が来るでしょう。しかし、その前の「社会的孤立」「セルフネグレクト」の問題の解決にはなりません。
長年取材を続けてきた立場からすると、孤独死について、国は総力を挙げてその実態を把握すべきだと考えます。また、私たち一人一人が、この問題に真剣に向き合う時が来ているのではないでしょうか。
ノンフィクションライター 菅野久美子
年収180万円の若者が「年金300万円の老人」を支える日本の絶望
7/5(金) 10:00配信
現代ビジネス
年収180万円の若者が「年金300万円の老人」を支える日本の絶望
写真:現代ビジネス
毎月15万円もらって毎日生きがいのない生活を送る
お金に関するニュースが世の中をにぎわせています。最近話題になったふたつの騒動は、どちらも表面的には解決しましたが、深層部分では大きな問題を残したままになっています。今回はこの深層部分にまでおりたうえで、問題の解決案について考えてみたいと思います。
税務署があえて言わない、年金暮らしの人が「手取り」を増やす裏ワザ
ひとつめの騒動は、阪急電鉄が企画した「はたらく言葉たち」の広告の中のひとつのメッセージがSNS上で炎上したというニュースです。
問題になったのは、
「毎月50万円もらって毎日生き甲斐のない生活を送るか、30万円だけど仕事に行くのが楽しみで仕方がないという生活と、どっちがいいか」
という80代の研究員の方の言葉です。
この企画は、企業ブランディングを手がけるパラドックス社が働く人たちへのヒアリングをする中で出てきた、たくさんの言葉の中のひとつです。80代の会社員(ひょっとすると元会社員かもしれませんが)の方がおっしゃったこの言葉は、その方が社会人として過ごしてきた時代背景を考えると、そのような言葉が出た気持ちはわかります。
しかし、この言葉はネット上では大きく炎上しました。現代の労働事情からすればまったく共感ができないというのです。それはそうでしょう。フリーターとして働く若者の視点で見れば「毎月15万円もらって毎日生きがいのない生活を送る」という選択肢しかないわけで、「30万円で仕事に行くのが楽しみで仕方ないという生活」が存在するのであれば誰だってそっちを選ぶだろうという反応です。
批判を受けて阪急電鉄は謝罪とともにこの広告企画を取り下げました。表面的にはこれで問題解決です。
しかし、あくまでそれは表面的なものであって、深層ではなにも解決していません。
年収180万円の若者が「年金300万円の老人」を支える日本の絶望
写真:現代ビジネス
生活保護より少ない稼ぎしかない
さて実際、昭和の時代に大企業に就職して逃げ切った世代の高齢者は、この80代の方と同じような人生を現在進行形で歩んでいます。とりわけ企業年金が充実している有名企業のOBの場合は、年金だけで50万円を手にしている人も珍しくはありません。
そのような大手企業で、逃げ切り世代が50代後半から60代で「このまま定年まで会社に居座って50万円もらい続けるか、早期退職をして30万円の仕事につくか」の選択に迫られることも現在進行形でおきていることです。
なぜ若者には与えられないそのような機会が逃げ切り世代にはあるのかというと、昭和の大企業のビジネスパーソンはそれだけ会社から投資をしてもらいビジネススキルを貯め、業界知識や専門知識を持ち、人脈も豊富で、転職先から見ればトレーニングを受けてこなかった若者よりも戦力になる場合があるからです。
つまり、深層部分で問題になっているのは世代間の機会にかかわる不公平についての問題なのです。
逃げ切り世代は高い教育投資と、ゆとりのある職場環境と、豊かな社会保障を享受している。しかし、それを支える働く世代は引退世代が受ける年金や、場合によっては生活保護よりも少ない稼ぎの機会しかない。この問題は若い世代ほど深刻に捉える問題であり、その問題に無頓着な高齢世代との摩擦が起こりはじめているのです。
私は今年『格差と階級の未来』という本の中で、これからの格差社会がどう進行するのかについての問題提起を行いました。その一番のポイントは、これから先、ITや人工知能の進化に伴って今以上に正社員の仕事が失われ、非正規労働者の仕事ばかりが増えていくだろうということです。
アメリカではITにサポートされてマニュアルどおりにこなせばいい仕事のことをマックジョブと呼びます。職場に配置された初日からでもハイテク機器の指示通りにこなしていくと一定レベルの仕事ができる、そのような仕事は年々増えています。
年収180万円の若者が、年金300万円の高齢者を支える
外食チェーンで小型端末を手に注文を取る従業員、携帯電話の販売店でタブレット端末の指示通りに契約プロセスを処理する従業員、コンビニで端末の指示通りに発注業務をこなすアルバイト……。
本当は高度なレベルの仕事を、非正規労働者が配置初日からこなす。そのような仕事はどんどん増加しています。
高度な仕事でも、誰でもこなせる仕事であれば報酬レベルは高くはない。だからマックジョブは最低賃金に近い仕事ばかりになります。そしてそのような仕事を若者や外国人労働者が担って社会が成立している。年収180万円の若者が、年金300万円の高齢者を支えるといういびつな社会が出現するのです。
さて、最近もうひとつ話題になったニュースがあります。金融庁の「老後2000万円問題」です。こちらも審議会の報告書にこれから先の世代は月5.5万円の収入が不足するとか、豊かな老後を迎えるためには引退までに2000万円の資産を貯めておく必要があるといったことが書かれていたわけですが、これが従来政府が唱えて生きた「年金100年安心」というキャッチフレーズと矛盾するということで炎上したものです。
こちらも表面的には「これから提出されるところだった報告書の受け取りを政府は拒否した」ということで、公式な報告書ではないから問題ではないという解決になりました。むしろそのような「草案」が提出されたことに諸大臣は不快感を示しているぐらいです。
しかし、ここからわかる簡単で深刻な問題があります。それはこの報告書がたぶん正しいということです。
日本は深刻な少子高齢化時代に突入しています。今のように働く世代が高齢者世代を支えるという仕組みはおそらくもうそれほど長くはもたない。親切な金融庁の審議会はそれを国民に伝えようとしたのですが、今回、政府の判断でそれは国民にはまだ伝えないことに決めた。これが深層の問題です。
年収180万円の若者が「年金300万円の老人」を支える日本の絶望
写真:現代ビジネス
日本政府が絶対に教えたがらない「ある解決策」
さてこのような深層の問題ですが、ふたつの問題を並べてみると状況がより深刻であることに気づかされます。
A 今の若い働く世代は引退までに2000万円をためておかないと老後生活が破綻する
B これからの若い世代にとって働く機会は年収180万円のマックジョブばかりになる
これがこの問題の構造です。
両方の問題が同時におきるから、簡単には解決できない。そんな矛盾を抱えているわけです。「この年収でどうやって?」という怒りがSNSで湧き上がってくる状態こそが、この問題が引き起こしている現象です。
しかし、怒っていても状態は改善しません。そして実はこの問題には政府が決して教えたがらない有効な解決策があるのです。その解決策は「自分でお金を蓄え、政府が想定していない方法で増やしていくこと」です。
35歳の社会人の方を例に具体的な解決策を提示してみましょう。
1 毎年20万円、つまり毎月1万7000円をなんとか節約して貯める
2 貯めたお金を投資に回して増やしていく
ぎりぎりの生活でなければ、つまり多少の余裕がある暮らしができていれば節約額としての1万7000円の捻出は可能だという若者人口は決して少なくはありません。ただし、政府が教えるような普通のやり方では決してこの問題は解決できません。続きがあります。
3 お金の預け先は銀行預金はNG。リスク投資に回す
4 その投資先は日本の株や債券、不動産のような投資商品ないしは投資信託もNG
5 結論としては投資資金は全てアメリカの株式インデックス連動の投資信託に投資する
過去30年間で日本経済はたいして成長していない
具体的に計算してみるとわかります。
35歳から60歳まで25年間、毎年20万円を蓄えていくと総額520万円の蓄えになります。それを金利0.1%の銀行預金に預けておくとどうなるか? 65歳になっても529万円にしかなりません。
では、普通のフィナンシャルアドバイザーが推奨するようなリスク投資を行ったらどうなるでしょう。安全な債券に投資しても銀行預金と大差ありません。そこそこリターンを求めるならば、株式の投資信託や不動産リートといった高いリスク商品を買う必要があるとアドバイスされるはずです。
それで過去のデータで計算してみましょう。今65歳の人が35歳のときから毎年20万円ずつ、一番リスクが大きくリターンも大きいといわれる株式にそのお金を投資したらどうなるのか。それも身近な平均的なもので。そう考えると日経平均のインデックス投資がこの考え方での投資の平均像になります。
そこで実際に35歳から25年間、日経平均に投資を続けたらどうなるかを計算してみると累計で520万円の元手は30年後の現在、759万円に増えていたことがわかりました。これはなかなかいい成績だと思うかもしれませんが、結果として2000万円には届いていません。そして投資の世界では足掛け30年間で1.5倍弱にしか資産が増えていない投資はたいした成果ではありません。年利でいえば1%強です。
なぜそうなのかというと、要するに過去30年間で日本経済はたいして成長していないからです。だからそれを象徴する日経平均に投資をしても、結局日本の経済成長率程度にしか資産は増えないのです。結局、日本株も日本の不動産も、国が衰退すればリターンよりもリスクのほうが大きい。平成の30年間ですらこのリターンなのに、令和の30年間がどうなるかはもっと不安のほうが大きいはずです。
ここで必要な本当の投資のポイントは「日本と違って、そして日本以上に成長する国の株式に投資すること」です。なぜならここで貯めるべき2000万円は、そもそも日本の財政が立ち行かなくなった場合の「個人セーフティーネット」として準備しておくものだからです。
ただし、日本よりも成長する国といっても中国のように株式市場が不透明な国はさけるべきでしょう。そう考えると将来の生活資金のベストな投資先はアメリカ株ということになります。
とてもシンプルで不都合な真実
日経平均と同じように計算してみましょう。現在65歳の人が今から30年前、35歳から毎年20万円ずつ、アメリカを代表するS&P500という株式指標に投資を続けてきたら、65歳のときにその資金はいくらになっているのか。
計算結果は、520万円の元手が1967万円に増えていたという数字でした。つまり約2000万円。もともとの騒動の発端になった金融庁の審議会の水準にほぼほぼ到達しています。
ここでわかることは、国にとっては不都合ですが、わたしたちが生き抜くためには重要な教えです。
将来必要な2000万円はみなさんにとってのセーフティーネットです。それは国が助けてはくれないときのための備えとして、金融庁の審議会が試算した最低限の数字です。そしてここが一番重要なことですが、「国が助けてくれないときのためのたくわえ」だとしたら、それは日本経済に投資をしていてはだめなのです。仮に日本という国が沈んだときのためのセーフティーネットですから、日本には投資すべきではない。とてもシンプルで不都合な真実です。
実際に日本の年金は日本株に投資をして膨大な損失を生み出して問題になっています。官民ファンドというのもありますが、農水省のファンドがやはり投資で多額の損失を計上しています。理由は簡単です。国が沈みかけた日本経済を救おうと、年金やファンドを活用しているからです。
そして国が頼りにならない未来のためのセーフティーネットは、個人が、外国に頼って用意をすべきだということが、年収180万円時代の正しい格差社会での生き抜き方なのです。
鈴木 貴博
「息抜きは週1牛丼」「手取り4割を貯蓄」の30代。時限爆弾抱えたアベノミクスの実像【2019参院選】
7/4(木) 12:12配信
BUSINESS INSIDER JAPAN
「息抜きは週1牛丼」「手取り4割を貯蓄」の30代。時限爆弾抱えたアベノミクスの実像【2019参院選】
2017年10月、衆院選のさなかに東京都内で演説する安倍晋三首相。野党党首として2012年12月の衆院選で政権を奪い返して以来、国政選挙で5連勝と圧倒的な強さを誇る。
2019年7月4日、参院選が公示され、21日の投開票に向け選挙戦が本格化する。
分裂したままの野党は政権を追い詰める迫力を欠き、安倍晋三首相は6月26日の記者会見で「最大の争点は、安定した政治のもとで新しい時代への改革を前に進めるのか、それとも再び混迷の時代へと逆戻りするかだ」と余裕たっぷりに言い切った。
【全写真を見る】「息抜きは週1牛丼」「手取り4割を貯蓄」の30代。時限爆弾抱えたアベノミクスの実像【2019参院選】
しかし、安倍首相が成果としてアピールする「日本経済の好転」の内実は、「若い世代や将来世代にツケ回しをしながら莫大なコストをつぎ込み、何とか低空飛行を維持している」というものだ。
政権が金看板に掲げてきたアベノミクスの実像とは―。
「年金があれば安心?もともと思ってない」
ある大企業の首都圏の事業所で「肉体労働系の仕事」をしている30代前半のシュンさん。ネットやテレビで「老後資金2000万円」問題が盛り上がるなか、冷めた口調でこう話した。
「年金があれば安心だなんて、もともと思ってないです。だいたいウチらは70歳とかにならないと年金もらえないですよね」
年収は300万円ほどだが、実家暮らしなのでそれほどお金には困っていない。
趣味はスマホやプレステのゲーム。週1回の外食が息抜きだが、お酒はあまり飲まないので、チェーン店で牛丼を食べたり、カフェで「ちょっと優雅に」(シュンさん)ケーキセットを頼んだりするくらいだ。代わりに月々の手取りの4割近くを貯蓄や積み立て投資に回す。
「自己防衛ですね。今後どれくらい給料が上がっていくのか、いつまで健康で働けるか。いろいろと将来が心配なので。ふつうの暮らしで全然いいので、自分はちゃんとした余生を過ごしたいです」
莫大なコストをかけ、いつまでも続く「時間稼ぎ」
賃金水準が伸び悩んでいるため、多くの人にとって景気回復の実感は薄く、空前の人手不足も経済政策とは関係ない少子高齢化が大きな要因だ。それでもリーマン・ショックや東日本大震災を経て低迷していた景気が、アベノミクスが始まってから上向いたのはまぎれもない事実だ。
2018年度の失業率は26年ぶりの低さで、有効求人倍率は高度成長期以来の高さ。仕事を選ばなければ誰でも職に就ける「完全雇用」の状態が続く。
企業が稼いだ利益も高水準を維持。日経平均株価は2015年4月、15年ぶりに2万円台を回復し、直近でも2万1000円台をキープする。
そもそもアベノミクスとは次のような政策だった。
日本銀行が国の借金証書にあたる国債を民間金融機関から大量に買い入れ、市場をお金でじゃぶじゃぶにする「異次元の金融緩和」(第1の矢)。インフラ整備などに政府がお金をたくさん使って民間企業を潤す財政出動(第2の矢)。
この2本の矢によって景気を一時的に押し上げて時間を稼ぐ。その間に規制緩和などによって自由にビジネスがしやすい環境を整え(第3の矢)、中長期的な経済成長を促す。
政権発足から6年半が過ぎた今、現状はどうか。
「時間稼ぎ」のはずだった異次元緩和は終了の見通しが立たず、財政の膨張も止まらない。それなのに日本経済の成長力強化の成果はまだはっきりとは見えない―。
「もう少しこのまま続ければ、劇的な成果が出る」という話なら良いかもしれない。
問題は、この「時間稼ぎ」には莫大なコストがかかっており、それは若い世代やこれから生まれてくる「将来世代」へのツケ回しにほかならないという事実だ。
回復への道筋が見えない日本経済の「実力」
国が借金して財政支出を増やすと、いまを生きる世代にお金が回るが、その借金を返すために将来の支出を削らなければならない。金融緩和によって世の中の金利が下がれば「いま借金してでもお金を使った方が得だ」と考える人が増え、景気が下支えされるが、そのぶん将来消費されるお金は減る。
BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは次のように指摘する。
「金融緩和や財政出動の目的は、政府や企業、個人の支出を前倒しさせて景気の急激な落ち込みを和らげることであり、その効果は一時的なものです。
日本は2014年ごろには『完全雇用』の状態に入ったと見ていますが、その後も金融緩和と拡張財政のアクセルをふかしたままです。その結果、本来なら借金の利子さえ払えない非効率な事業が生き延びる一方で、新しいビジネスに人材やお金が回りにくくなり、日本経済の生産性向上が妨げられています」
一方、第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストはこう解説する。
「短期決戦に失敗し、2015年ごろを境にアベノミクスは変質しました。医療分野に代表される『岩盤規制』の緩和には結局本腰を入れず、代わりに働き方改革や子育て支援といった必ずしも経済成長に直接つながらない社会政策に力を入れ、有権者にアピールするようになりました」
各分野の規制緩和に対しては政権の支持団体を含めて反対する関係者も多く、前進させるには相当なエネルギーが必要だ。それが日本経済の成長にいつから、どの程度貢献するのかはっきりしない部分も多い。できれば避けて通りたいのがホンネだろう。
つまりこういうことだ。一時的な効果しかない第1の矢と第2の矢を撃ち続けて強引に景気を引っ張り上げる一方、第3の矢は十分に放たれなかった。それどころか第1の矢と第2の矢が、第3の矢の効果として期待された「中長期的な成長力アップ」を邪魔している―。
「日本経済が自然体でこのくらい成長できる、という実力」を示す最近の潜在成長率は、内閣府の推計でさえ1.1%にとどまり、2012年10~12月期の0.8%から伸び悩む。民間シンクタンクの間では「1%未満」という見方が目立つ。
アベノミクスが始まってからの経済成長率は、実は年率1%ほどにすぎない。もともと少子高齢化によって若い働き手が減るなどして日本経済の「実力」が衰えていたところに、その回復に向けた取り組みも欠けているのだから当然の結果だ。
静かに膨らみ続ける「深刻な財政危機」のリスク
異次元緩和のおかげで、政府が借金を膨らませても国債の買い手には困らず、利払い費も抑えられている。そんな状況のもとで消費増税は2度にわたり延期され、政府の「財政再建目標」の達成時期も先送りされている。
その結果、国の長期債務残高は900兆円を超えた。国際比較によく用いられる国・地方の長期債務残高は名目国内総生産(GDP)の2倍にのぼり、この比率は先進国では飛び抜けて高い。
「いつか限界が来て突然、年金や医療、介護といった社会保障サービスが大幅にカットされるのではないか」。そう心配する人は少なくない。
「老後資金2000万円」問題が瞬く間に注目を集めた背景にも、冒頭のシュンさんのような「漠然とした不安」を多くの人たちが抱いている、という現状がある。これでは多少景気が良いと言われたところで、国内の消費や投資は盛り上がるはずもない。
実際、世界各地の過去の財政危機などの事例を研究したアメリカの著名な経済学者らが「政府債務が一定の水準を超えると成長率が落ちる」と主張しており、国内でもこうした見解を支持する専門家は少なくない。
異次元緩和のもとで政府が財政再建の努力をさぼっていると、潜在成長率にますます下押し圧力がかかる。すると拡張財政や金融緩和を止めた場合に景気悪化を招きやすくなるので、ストップさせるのは政治的にいっそう難しくなる。
日本経済はそんな袋小路に入りつつある。巨額の借金が積み上がるなか、思わぬきっかけで金利が急騰し、深刻な財政危機が生じるリスクは静かに膨らみ続けている。
うまく軟着陸させる方法はあるのだろうか?BNPパリバ証券の河野氏はこう提言する。
「米中貿易戦争の深刻化などで世界経済に不透明感が広がっていることも事実です。それでも完全雇用の状態にある限り、さらなる財政出動や追加金融緩和はせず、現状維持にとどめるべきです。
そして今後、景気の下振れリスクが和らいだと判断されれば、金融政策は徐々に引き締めを始めるとともに、景気拡大で増えた税収は借金返済にあてていくことが必要です。
社会保障の財源となる消費税については、景気へのマイナスの影響を抑えるため、今後は例えば年0.5ポイントずつといった小刻みな税率引き上げを安定的に続ける手法を検討すべきです」
異次元緩和も拡張財政も永遠には続けられない。いつ破裂するか分からない「爆弾」を後に続く世代に押し付けようとしても、逃げ切れるとは限らない。ならば負担増を覚悟して「手じまい」にかかるのか?
参院選に臨む各党の公約を見る限り、この問題に正面から立ち向かおうとする主要政党はない。それでも、よりマシな未来につながりそうな選択肢はどれか?
選ぶのは有権者である私たちだ。
(文・庄司将晃)
庄司将晃 [Business Insider Japan]