輸出規制に文在寅は打つ手なし、日本を非難するほど半導体は「韓国離れ」の皮肉
7/23(火) 16:30配信
デイリー新潮
輸出規制に文在寅は打つ手なし、日本を非難するほど半導体は「韓国離れ」の皮肉
世界の“サムスン離れ”も加速--?(Raysonho @ Open Grid Scheduler / Grid Engine / Wikimedia Commons)
韓国は八方塞がりだ。半導体素材の輸出管理を強化する日本への対抗策が見当たらない。日本を非難するほどに自身の地政学リスクを浮き彫りにしてしまい、半導体産業の顧客離れを加速する。韓国観察者の鈴置高史氏が対話形式でその七転八倒ぶりを解き明かす。
「米国を脅すな」
鈴置: 日本との紛争に困惑した文在寅(ムン・ジェイン)政権は米国に助けを求めました。まずは7月10日、康京和(カン・ギョンファ)外交部長官がポンペオ(Mike Pompeo)国務長官に電話したのですが、相手にされませんでした。
それどころか、韓国が逃げ回ってきた「インド太平洋戦略」――中国包囲網への参加を念押しされてしまいました(「日本に追い詰められた韓国 米国に泣きつくも『中国と手を切れ』と一喝」参照)。
そこで韓国政府は揺さぶりに出ました。7月18日、青瓦台(大統領府)の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長が日本とのGSOMIA(軍事情報包括保護協定)について「状況によっては(延長を)再検討する可能性がある」と述べたのです。
GSOMIAは米国が苦労して日韓に結ばせた経緯があります。それを壊すぞと脅すことで、米国の仲裁を引き出す作戦でした。
しかし同じ7月18日、米国務省は自身が運営する放送局、VOA(アメリカの声)を通じ、「日韓GSOMIAの延長を支持する」と表明したのです。
「米国務省『日韓GSOMIAを全面支持』…非核化の重要な手段」(韓国語版)です。要は「つまらない小技を使って米国を脅すな」と韓国を叱りつけたわけです。
突き放したトランプ
トランプ大統領も韓国には極めて冷淡でした。翌7月19日、記者から「日韓間の緊張」に関し聞かれると、以下のように答えました。ホワイトハウスのサイトから一部を引用します。
・In fact, the President of Korea asked me if I could get involved. I said, “How many things do I have to get involved in?” I’m involved with North Korea ― on helping. You know, I’m involved in so many different things.
仲介を頼んできた韓国の大統領に対し「いったいどれだけ私が仲介せねばならぬというのか? 北朝鮮でも仲介し、助けているというのに。そうだろ、私は実に様々のことに巻き込まれているのだ」と言った――とトランプ大統領は明かしました。「これ以上、面倒をかけないでくれ」と韓国を突き放したのです。
さらに「日韓双方が望むのなら仲介する。しかしそれでは私は日韓の仲介に専念することになってしまう」とも語りました。原文は以下です。
・So maybe if they would both want me to, I’ll be. It’s like I’m ― it’s like a full-time job getting involved between Japan and South Korea.
日本は仲介を望んでいないので「双方が望むのなら」とは「仲介する気がない」との意思表示です。さらに「そんな時間はない」とも言い足して、拒否の姿勢を明確にしたのです。
なお、文在寅大統領から直接頼まれた可能性は極めて低い。最後の米韓首脳会談は6月30日でしたがこの時、韓国政府は日本が半導体素材の輸出管理強化に動くとは考えてもいなかったと見られるからです。
「嘘を書くな」と怒る読者
――トランプ発言を韓国紙はどう書いたのでしょうか。
鈴置: 「双方が望むのなら仲介する」という部分だけを取り出して、トランプの介入があるかのように報じました。政府に近い左派系紙のハンギョレは、その前提で社説まで書きました。
「安倍政権は韓日関係・東アジアの平和を重く受け止めよ」(7月22日、日本語版)で以下のように現状を説明しています。
・ドナルド・トランプ米国大統領が一昨日、「韓日首脳が望むなら」という条件を付けながらも、介入の可能性を示唆したのも、韓日関係が単に両国の問題にとどまらないことを示している。
保守系紙の朝鮮日報も同じ手口を使いました。「トランプ『文大統領が韓日関係への関与を要請…両国が望めば役割果たす』」(7月20日、韓国語版)では「いったいどれだけ私が仲介せねばならぬというのか?」などの否定的な部分を全く引用しなかったのです。
この記事で面白いのは、読者がコメント欄で「嘘を書くな」と朝鮮日報を厳しく批判したことです。次です。
・VOAにはこのニュースが出ている。朝鮮日報はまた歪曲報道している。(トランプ大統領は)「北朝鮮問題にも私は介入して解決に努めている。この問題までも介入せよと言うのか? (中略)」とインタビューに答えているのだ。
確かに、VOAは「トランプ大統領『文・韓国大統領が韓日葛藤に関与を要請…2国間で解決を希望』」(7月20日、韓国語版)で、この問答を報じています。
見出しには「2国間で解決しろ」とのトランプ発言をとっています。記事にも「要請に応え仲介に乗り出す」とのニュアンスは全くありません。
輸出規制に文在寅は打つ手なし、日本を非難するほど半導体は「韓国離れ」の皮肉
韓国の半導体工場の位置
「歪曲報道の朝鮮日報」
――「朝鮮日報はまた歪曲報道」とは?
鈴置: 朝鮮日報を含む韓国メディアは7月10日の康京和・外交部長官との電話協議で、ポンペオ国務長官が「理解する」と語ったとして、いかにも仲介に乗り出すかのように報じました。
しかし「日本に追い詰められた韓国 米国に泣きつくも『中国と手を切れ』と一喝」で申し上げたように、米国側の発表は全く異なるものでした。
この時も、朝鮮日報の記事のコメント欄には「VOAを見よ。事実は朝鮮日報の記事と全く異なるぞ」との読者の指摘が載りました。
政府に厳しい朝鮮日報だけは本当のことを書くと思っていたのに、ハンギョレみたいになってきた、と失望する韓国の保守が増えているのです。
――なぜ、朝鮮日報も「歪曲報道」するのでしょうか?
鈴置: このまま日韓対立が深刻化すれば大変なことになる、と心配しているからでしょう。そこで「米国が仲介してくれる」との希望的観測をついつい、記事にしてしまうと思われます。
日韓対立が深まれば、保守派として「文在寅政権の責任だ」と書けますが、韓国人としては、それは避けたいのです。
結局、韓国の被害を恐れる保守系紙も、文在寅政権を擁護したい左派系紙も「米国が助けてくれる」と書いてしまうわけです。
そんな韓国メディアの歪曲報道を見越して、VOAも――米政府も、ポンペオ発言なりトランプ発言の「正しい読み方」をわざわざ韓国語版で報じているのかもしれません。
突然の利下げ
――韓国人も「まずい」とは思っているのですね。
鈴置: 経済的な大打撃を受けると懸念しているのです。7月18日、韓国銀行(中央銀行)は突然に利下げしました。3年ぶりに基準金利を0・25%下げて年1・50%としたのです。
韓銀は米国の利下げを待って下げるとの見方が大勢でした。ウォン金利を先に下げると、資本逃避が起きかねないからです。予想に反し米国に先行したのは「日本の輸出規制強化で景気が悪化するのを防ぐため」と韓国では見なされています。
韓国銀行は同じ日に「2019年 下半期の経済展望」を発表しましたが、2019年の成長率見通しを2・5%から2・2%に引き下げました。
7月23日には韓銀の李柱烈(イ・ジュヨル)総裁が国会で「日本の輸出規制によるマイナスの影響が拡大すれば、今年の経済成長率はさらに低下する可能性がある」と述べています。
韓国人なら誰もがこれ以上の景気悪化を食い止めたい。そこで韓国紙は日本語版でも「トランプが介入するぞ」と報じ、日本に「規制をやめよ」と圧迫しているのです。日本語版を読んで「日本が孤立している」と信じてしまう日本人も結構いますし。
一方、韓国人に対しては「大丈夫だ。トランプが助けてくれる」と元気づけたいのです。が、韓国人もだんだんそれを信じられなくなってきた。これには文在寅政権も手の打ちようがない。
メモリーは余っている
――そこで韓国メディアは「日本の輸出規制は日本の首を絞める」と書くのですね。
鈴置: その通りです。「世界を混乱させる日本は世界中から非難されるだろう」と、以前にも増して熱心に書くようになりました。
日本政府が韓国向けの素材輸出を規制すれば半導体の生産が滞り、ユーザーが困って日本批判を始める、とのロジックです。韓国紙には連日のようにそう主張する記事が載ります。
例えば、朝鮮日報の「『韓国がなくなればIT生態系に打撃』…アップル、台湾企業も大いに懸念」(7月22日、韓国語版)です。もちろん翻訳し、同じ日に日本語版に「『韓国なしではIT生態系に打撃』…アップル、台湾企業も懸念」を載せています。
韓国語版で韓国人の士気を鼓舞する一方、日本語版で日本人に「規制を強化すると日本が墓穴を掘るぞ」と脅す――。2面作戦です。
ただ、韓国紙が訴えるこの「懸念」も、幸か不幸か今のところ現実化していない。「北朝鮮への『横流し疑惑』で、韓国半導体産業の終わりの始まり」で説明した通り、世界市場で韓国が生産の過半を担う半導体――メモリーは供給過剰で余っているからです。
それに日本政府は素材を全面禁輸するわけではありません。韓国の半導体メーカーが「本当に必要な分」の素材は輸出を許可するでしょう。米国や日本のメーカーもあり、世界からメモリーが消えてなくなることはないのです。
WTOでは返り討ちに
――韓国政府はWTO(世界貿易機関)で訴える、と息まいてもいます。
鈴置: それは返り討ちにあいます。日本政府は、兵器にも転用される半導体の素材に関し「韓国に関する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生した」と管理強化の理由を説明しています。
「日本に追い詰められた韓国 米国に泣きつくも『中国と手を切れ』と一喝」で指摘した通り、韓国の国会でも「韓国の不適切な事案」――日本に返品したはずのエッチングガスがどこかに消えた事件が野党議員によって暴かれたのです。
韓国政府はWTOで「日本は政治的な報復のため自由貿易を侵害した」と主張する方針です。でも、この「不適切な事案」をきちんと説明しない限り、主張は通りません。
そのうえ「韓国の国会でも問題になった、日本に返品したはずのエッチングガスはどこにあるのだ」と問い質されることになると思われます。
――韓国政府は「日本の輸出管理こそ、いい加減だ」と言い始めました。
鈴置: 韓国がそう主張するなら、日本に対する「ホワイト国」指定を外して、軍事用に転用されかねない物質の対日輸出の管理を強化すればいいのです。日本が韓国へのホワイト国指定を外すのと同じことです。
韓国が対日輸出を渋っても、日本は困りません。他の国から買えば済むのです。一方、韓国は日本から輸出を絞られると困る品目が出てきます。
日本以外からは買えない品目もあるからです。だから韓国からは「対抗して、こちらもホワイト国の指定を外すぞ」との声が上がらないのです。
自分の首を絞める韓国人
――韓国では日本製品の不買運動が始まりました。
鈴置: でも、日本の産業界から懸念する声は出ていません。過去の不買運動もすぐに「盛り下がり」ました。仮に長続きしたとしても、日本の消費財メーカーの韓国依存度は高くない。
韓国に対する日本人の不信感の高まりを考え、日本企業も「不買運動があるから輸出管理の強化はやめよ」とは言い出さないでしょう。そう主張するのは日本の左派系紙ぐらいです。
韓国の政府もメディアも、不買運動する一部の人々も、自殺行為に及んでいます。「日本が半導体素材の輸出を規制するのはけしからん」と騒ぎ立てるほどに、自分の首を絞めています。
世界の半導体ユーザーは韓国の2社――サムスン電子とSKハイニックスにメモリーを依存するのは危ないな、と考えるからです。
大量のユーザーは長期契約を結んでいますから、今すぐに韓国2社への注文を減らすわけではありません。
でも契約更改の際には、DRAMだったら米マイクロン・テクノロジー(Micron Technology)に、NAND型フラッシュメモリーなら東芝メモリに、発注先を次第に切り替えて行くはずです。なお、マイクロンも東芝メモリも生産能力を増強中です(「北朝鮮への『横流し疑惑』で、韓国半導体産業の終わりの始まり」参照)。
韓国の一番の失敗は、米国に助けを求めたことです。米国からは冷たくあしらわれたのですが、その結果、「今回の日本の措置は米国との合作」との見方が浮上したのです。
日米合作説、あるいは米国黒幕説に立てば、韓国が泣こうがわめこうが、米国が日本に輸出管理の強化をやめさせることはありない――。そう見切った世界の半導体ユーザーはますます発注先を切り替え、「韓国離れ」が激化してしまいます。
困った時だけ米国頼み
――韓国人は「日米合作」に気づいているのでしょうか?
鈴置: 気づかないわけがないと思います。ただ、メディアにはそうした見方はあまり載りません。書けば、絶望的な心境に陥るからでしょう。
私が見た限りですが7月16日、朝鮮日報がちらりと書きました。まず、社説「米が『韓日仲裁』しないのなら、我々に他のテコはあるのか」で次のように指摘しています。
・憂慮すべきは米国が今、積極的に(仲裁に)出ないのは、日本が貿易の報復措置に出る前に米国に事前に協力を要請し、了解を得ていた可能性だ。
・米国が精魂込めるインド太平洋戦略、反ファーウェイ(華為技術)戦線への参加要求に日本は積極的だ。が、韓国は微温的だ。「困った時だけの米国頼み」に効果があるかは疑問だ。
言わば「米国の事前了解説」ですが、同じ日に同紙の金大中(キム・デジュン)顧問は「文政権の国家経営能力は限界に」で、もっと厳しい「合作説」を打ち出しました。
・日本の報復措置は米日合作の作品である可能性が高い。
・対北朝鮮制裁の解除にだけにこだわり、対中牽制要求から目をそらす文政権にトランプは警告(? )する必要性を感じた可能性がある。
米国主導の「韓国叩き」
――「中国側に寝返った韓国」に米国もお灸をすえる……。
鈴置: 米国は今、中国との覇権争いを始めました。その中国側に寝返った韓国に、米国がメモリー生産の過半を任せるわけはない――と考えるのが普通です。
半導体は戦略商品です。清涼飲料水やピーナッツバターとは異なります。1980年代、日本を仮想敵となした米国が、世界市場を独占していた日本のメモリー産業を、ありとあらゆる手を使って潰したのを皆が思い出し始めたのです(「北朝鮮への『横流し疑惑』で、韓国半導体産業の終わりの始まり」参照)
そもそも、北朝鮮の多連装ロケット砲の射程に韓国の半導体2社の主力工場が入ってしまった(「北朝鮮への『横流し疑惑』で、韓国半導体産業の終わりの始まり」参照)。
最近、北朝鮮が配備した8連装の300ミリロケット砲の射程は200キロを超えるとされます。サムスン電子の平沢工場も、SKハイニックスの清州工場も軍事境界線から200キロ以内の場所にあるのです。
韓国人が「日本にいじめられた」と騒げば騒ぐほど、世界は韓国半導体産業の地政学的な弱点に気がつくわけです。日本政府が素材の輸出を絞らなくても、世界の半導体のユーザーが韓国メーカーへの注文を減らし、そのシェアが落ちて行く構図です。
分裂し始めた韓国
――保守系紙も案外と文在寅政権に協力的ですね。
鈴置: 日本に肩をそびやかし、なめられまいとする点では政権と歩調を合わせてきました。ただ次第に、保守系紙と文在寅政権の対立が表面化しています。
文在寅政権が日韓関係に関し、政府を批判したメディアを「売国だ」「利敵だ」と決めつけたからです。挙国一致を図る狙いでしょうが、保守メディアから強い反発を呼んで逆効果となっています。
日本との戦いに備え団結すべき時に、韓国は分裂し始めたのです。日本人が言うのも変かもしれませんが。
――その話は次回にでも。
鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
週刊新潮WEB取材班編集
2019年7月23日 掲載