ギターに使う「黒檀」の森が消える、アフリカで進む再生事業
7/7(日) 8:11配信
ナショナル ジオグラフィック日本版
ギターに使う「黒檀」の森が消える、アフリカで進む再生事業
カメルーン南西部コンゴ盆地の森で、黒檀の苗木を植えるノエル・ナケレ・ドボ・ンコウリさん。「これらの木は私たちの遺産です」(PHOTOGRAPH BY TIM MCDONNELL)
アフリカで深刻になる森林伐採、米ギターメーカーが再生支援
アフリカ、カメルーン南西部にあるコンピア村の熱帯雨林。ノエル・ナケレ・ドボ・ンコウリさんがなたを振り回し、生い茂るつるを切って道を開いていく。ンコウリさんは数メートルごとに立ち止まると、赤土に穴を開けて黒檀(コクタン、エボニー)の苗木を植え付ける。黒檀は、彫刻やピアノの鍵盤、家具のアクセント、弦楽器の指板(ネックの表面に張った板)として珍重されている漆黒の木材だ。
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ンコウリさんをはじめ、一帯の村人たちは2018年から、5000本以上の黒檀を植樹している。木材として利用できる大きさに育つまでには100年かかるが、ンコウリさんは未来の世代のための投資と考えている。カメルーンのあるアフリカ中部では、農業や樹木の伐採が原因で、森林が急激に失われている。
ンコウリさんらの森林再生プロジェクトは、意外なパトロンの支援を受けている。そのパトロンとは、ミュージシャンのテイラー・スウィフトやジェイソン・ムラーズを顧客に持ち、アフリカの黒檀を大量に消費している米国のギターメーカーだ。
テイラー・ギターズは毎年16万本のギターを製造するメーカーで、すべてのギターの指板とブリッジにカメルーンの黒檀を使用している。そのテイラー・ギターズが、カメルーン内外の生態学者と提携し、2020年までに最大2万本の黒檀を植樹する手助けを行っているのだ。
プロジェクトの目的は、持続可能な木材調達に関するギター業界の意識の低さを改めること。2012年、ギターのトップメーカー、ギブソン・ギターは、マダガスカルとインドから黒檀と紫檀(シタン、ローズウッド)を違法に輸入したとして、米魚類野生生物局から60万ドル(約6500万円)超の罰金を科されている。今回のプロジェクトはカメルーンを代表する自然資源でありながら、大きな脅威にさらされている黒檀を復活させるためのモデルケースとして、世界資源研究所、米国務省、世界銀行の森林専門家たちにも注目されている。
「これらの木は私たちの遺産です」とンコウリさんは話す。「両親の世代は自由に伐採し、心配することなどありませんでした。しかし、私たちは気付いたのです。私たちが植樹しなければ、子供たちに何も残してあげられないかもしれないと。私たちはカメルーンの森の未来をとても心配しています」
アフリカの森が危ない
アフリカ中央部では森林伐採が急増している。国際林業研究センターによると、このままのペースだとカメルーンは2035年までに2万平方キロメートル(四国より大きい)もの森林を失うという。カメルーンでは、森林がパーム油やゴム、ココアのプランテーションに変わり、小規模な焼き畑農業も行われている。アジアや欧米からの木材需要も、合法、違法にかかわらず伐採を促している。さらに、カメルーンは、木材輸出のための巨大な港も建設しようとしており、中国がそれを支援している。
しかし、カメルーンの森林管理政策は、そうした問題への対応が遅れている。原因は資金不足や信頼できるデータがないこと、それに汚職のまん延にあると専門家は指摘する。
カメルーンの首都ヤウンデでNPO環境開発センターの指揮を執るサミュエル・ングイフォ氏は「持続可能とは程遠い状況です。だからこそ森が消えているのです」と語る。「森林伐採によって得られるものなど、失うものに比べたら何でもありません」
黒檀が、そうした悪い流れを変えてくれるかもしれない。コンゴ盆地に自生する黒檀「Diospyros crassiflora(通称アフリカン・エボニー)」は15世紀、ポルトガルからやって来た入植者によって、象牙、奴隷とともに初めて取引された。きめが細かく、自然な光沢をたたえるため、木材の宝石と評価されたが、建築にはあまり適さない。そのためカメルーンの木材輸出は現在、加工しやすい他の木材が主流で、黒檀が占める割合は全体の0.1%にも満たない。
それでも、黒檀の価値は変わらず、今でもギタリスト、バイオリニスト、ピアニストといったミュージシャンの弦や指に酷使されている。ボブ・テイラー氏は米サンディエゴに拠点を置くギター製作の第一人者だ。1980年代、手づくりのギターがニール・ヤングに愛用されたことをきっかけに、カルト的なファンを獲得し、数百万ドル規模の会社を築いた。以来、テイラー氏は業界の中心人物であり続けている。テイラー氏は2011年、ヤウンデ郊外で廃業した黒檀の製材所が売りに出されていると聞き、不安定な供給を改善するチャンスだと思った。
高級ギターには5種類以上の木材が使われることもある。黒檀、紫檀、マホガニーなど、過剰伐採や気候変動といった脅威にさらされている種も含まれる。テイラー氏によれば、これらの木材は近年、価格が高騰し、入手困難となり、しばしば国際取引規制の対象にされるという。
「間違いなく、ギブソンの一件が警鐘になりました」とテイラー氏は話す。「ギターメーカーはそれまで、木材がどこから来るかなど気にしていませんでした。しかし今、その木材が消え去ろうとしているのです」
ヤウンデ郊外の製材所を購入して間もなく、テイラー氏は現地の黒檀業界が腐敗していることに気付いた。森から製材所まで木を運ぶ道中、地元の当局者や警官に賄賂を渡すのは日常茶飯事。製材所に運ばれてくる木の正しい原産地を追跡することはほぼ不可能だった。さらに、年間300本ほど運ばれてくる木のうち、一部は廃棄処分となり、森に放置されていた。内部の黒さが足りないと判断されたためだ。
そこで、テイラー氏は製材所を刷新し、疑わしい木材調達を取り締まることにした。テイラー氏は米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)コンゴ盆地研究所の所長トム・スミス氏と会った。スミス氏は数十年にわたってカメルーンで働いた経歴を持ち、テイラー氏がギターに詳しいのと同じくらい、森林生態学に精通していた。
スミス氏とテイラー氏は、ギターという魅力的な楽器に使われている木材なら、森林再生のケーススタディにぴったりだと判断した。
「ギターが熱帯雨林の消滅を引き起こすことはありませんが、人々の関心を引き、木材製品に対する意識を高める手段になります」とスミス氏は説明する。「黒檀のプロジェクトは、熱帯雨林そのものの持続可能な再生方法を開発するための入り口です」
黒檀の森を再生するには
黒檀の実がなるのは雌株のみで、しかも1年のうち1カ月のみだ。そのため大規模に森を再生するには、大量に複製する方法が必要となる。スミス氏はアフリカを代表する非営利の研究機関「国際熱帯農業研究所(IITA)」に協力を求めた。ヤウンデにあるIITAの研究所では、植物学者のチームが、選りすぐりの成木の小さな試料から何万ものクローンを培養する技術の開発に取り組んでいる。
森林研究のベテランである地元カメルーンのザック・ツォウンデュ氏は、農家への金銭的なインセンティブとして、黒檀とともに価値の高い果樹を渡すことを提案。コンピアを含むモデル集落を選び出し、生産設備を整え、苗木の植え方と育て方を教えた。ツォウンデュ氏が目を付けたのは、コミュニティーが管理する公有林。林業や農業によってすでに傷つけられており、森林再生に最適だったためだ。
IITAで黒檀の研究を率いる生態学者のビンセント・デブラウエ氏は「黒檀が増えれば、森の価値が高まり、保護される可能性も高まります」と話す。
IITAの科学者たちはカメルーンの黒檀を1000本以上調べ、黒檀がコンゴ盆地の生態系にどう溶け込んでいるかをより深く理解しようとしている。これまでの調査でわかったことは、黒檀の運命がアフリカゾウ、レイヨウなどの哺乳類と密接に結び付いているということだ。これらの哺乳類は黒檀の実を食べ、種子を散布する役割を果たしている。これらの哺乳類はしばしば狩猟の標的になる。
これまでの調査結果には朗報も含まれる。1998年以降、Diospyros crassifloraは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで「絶滅危惧種(Endangered)」と評価されていたが、デブラウエ氏らは2017年、過去の評価時に存在しなかった衛星データなど、コンゴ盆地に最大3000万本の黒檀が分布する証拠を提示した。それまで把握されていたよりはるかに多い数字だ。
その結果、Diospyros crassifloraの評価は3月、「危急種(Vulnerable)」へと引き下げられた。いまだ乱獲されているマダガスカルやスリランカに比べ、コンゴ盆地の黒檀の未来が明るいことを意味する。
それでも、カメルーンなどが国家レベルで、違法伐採をはじめとする脅威に立ち向かわなければ、数千本の植樹でコンゴ盆地の森を救うことはできないだろう。こう語るのは、米ワシントンD.C.にある世界資源研究所で地球回復イニシアチブの責任者を務めるショーン・デウィット氏だ。
「植樹の効果は微々たるものです」とデウィット氏は指摘する。「ただし、彼らは最初から、応用可能なモデルをつくることに注力しています。そのため、ほかの企業やサプライチェーンに良い影響を与える可能性は十分あります」
22世紀の音楽愛好家たちが木の楽器の上質な音を楽しむためには、今すぐ木を植えなければならないと、テイラー氏は呼び掛ける。
「100年後も人々が今のようにギターを弾くことができるよう願っています。私たちはカメルーンで行動を起こすチャンスを与えられているのです」
文=TIM MCDONNELL/訳=米井香織